王弟殿下の甘い執愛~恋の匂いに発情中~【SS付電子限定版】
第一章 (3)
「婚約者を抱きしめるのが不適切だなんてはじめて知ったな」
「あの、その婚約者というのも、殿下……」
不自然にジゼルは言葉を切った。「ん?」と呟かれながら顔を覗き込まれたため、言葉が続かなかったのだ。
慌てて「シルヴィオ様」と言い直す。少しだけ彼の顔は離れたが、身体は密着しているままだ。
「その、シルヴィオ様はつまり、扱いやすそうだから私に縁談を申し込んだわけではない、ということですか」
「あなたは大人しそうに見えるけど、案外言いにくいことも正直に言うな。そういうところも気に入っているが」
指先でスッと頬の輪郭を撫でられた。ぞわぞわした悪寒のような震えが背筋を駆ける。至近距離から漏れる吐息が艶めかしい。何故だか熱を帯びているようなシルヴィオの呼気を感じ、ジゼルの警戒心が高まってしまう。
「ああ……あなたの匂いはたまらないな……」
──ん? 今なんて……?
独り言のように紡がれた台詞は、聞き間違えだろうか。
湯浴みを終えて、まだ少し湿っているジゼルの黒髪を、シルヴィオの手が撫でる。艶やかな髪の感触を確かめるようにゆっくりと。
少し乱れた呼吸音が気になるが、落ち着かせるように頭を撫でる手に意識が持って行かれた。
ふいに撫でる手が止まり、顔を上げたジゼルはじっと自分を見下ろす彼を見つめ返した。
「私は、結婚するならあなたがいいと思ったから、少々強引な手を使ってまで縁談を申し込んだんだ」
「え?」
「周囲がなにを吹き込んだのかは想像がつくけれど、私の言葉が真実だ。ジゼルの傍にいると、こんなにも高揚した気分になる。ずっと見つめていたいし、こうやって存在を確かめていたい」
「あの、でも、まだ出会って間もないですし」
「恋に落ちるのに時間はかからない」
「恋……」
「そうだ。私はあなたに一目ぼれをしたんだ。そういう現象があるというのは知識としては知っていたが、まさか自分に起こるとは思わなかったよ。一生独身でいいと思っていたのに、一瞬で自分の考えを覆させられる存在がジゼルだ」
──さすがに思い違いでは……。
一目ぼれなどしたこともされたこともないし、想像がつかない。
数々の浮名を流してきた王弟殿下が、自分のような平凡な娘に惚れるなど、どうも信じられない。年齢だって十四も離れている。女性らしく肉感的な身体をしているわけでも、華やかな美貌を持っているわけでもないのに。
──一目ぼれされることは多そうよね。
女性を虜にさせる微笑は彼の武器でもあるが、その分厄介ごとも多く舞い込んでくるだろう。国王陛下はいい加減弟君が苦労するのを見かねていたのかもしれない。
「まだあなたの心が私に向いていないのはわかっている。なにせ私の気持ちも伝わっていなかったんだから仕方ない。……でも問題ない」
声に潜んだ不穏な気配を感じ、ジゼルは僅かにたじろいだ。
なにを言い出すのかわからず、内心身構えてしまう。
びくびくするのを気づかれないように黙っていると、シルヴィオは極上の微笑をジゼルに見せた。
甘い蜜のような声で、ジゼルに命じる。
「半年後の婚姻式までに、あなたが私に恋をすればいい」
「…………え?」
「私たちは正式に婚約した。私はジゼルが好きだが、ジゼルはまだその気持ちを返せるほど私を知らない。ならば実際に夫婦になるまでに、あなたが私を深く知り、恋をしたらいい」
「ま、まさかそのために、私を強引にシルヴィオ様の城に住まわせるようにしたんですか」
「もちろんだ。婚約したのに離れ離れに住むなんて耐えがたい」
──なんて人なの……。
おかしいと思ったのだ。婚約式を終えた後に、相手の家に住まなければいけないなんて聞いたことがなかった。
王族関係者は作法が違うのかもしれないと納得させていたが、単純にシルヴィオが無理を通しただけだった。
なにも知らされていなかったジゼルは、婚約式の後、ベルモンドの屋敷に帰るつもりでいた。私物を一切持ち込んできていないのだ。もちろんジゼル付きの侍女や家族にも挨拶ができていない。
「一応お聞きしますが、私が望めばベルモンド領に帰らせてもらえるんですか」
「いいよ、でも数日以内に戻ってきてもらうけどね」
──戻るのは実家であってここではないのだけど……。
まだ正式に嫁いだわけではないのだから。
いろいろと性急すぎて、ジゼルは深々と溜息を吐きたくなった。一旦屋敷に戻ることは可能だと聞けただけでも良しとしよう。
「私はあなたが私を愛せるように最大限努力しよう」
「先ほどは恋をしろと仰っていませんでしたか?」
「第一段階は恋に落とし、第二段階で愛を芽生えさせるのが最終目標だ」
「ひっ……」
──なんか怖い!
自分に恋をしろと命じた口で、シルヴィオはジゼルを恋に落とす気でいる。自発的に動かして、裏で彼も自分に惚れさせるよう画策すると宣言された。
他の令嬢なら目を輝かせる状況だろう。憧れのシルヴィオ殿下に熱烈に求められた! と自尊心を満たし高揚するに違いない。
が、ジゼルは抜けられない沼にどぼんと落とされた心地だ。
──初恋もしたことがないのに、一体どうやって……。
いろいろと衝撃的なことがありすぎて、今夜はとにかく疲れてしまった。難しいことはまた明日から考えればいい。
今考えても答えがでないなら、考えるのを放棄して寝てしまえばいい。もしかしたら半年後に、自分に対するシルヴィオの興味も薄れているかもしれないし、逆に彼に心底惚れているかもしれない。
先がわからない未来をあれこれ考えるより、目の前の危機から脱することが重要だ。
ジゼルは抱きしめられている身体をゆっくりと離そうとし……強固な檻にがっちり嵌っていることに冷汗を流す。
後頭部をぐいっと引き寄せられた。頭上になにかが触れる。
──え?
疑問の声が出るよりも先に、先ほど聞き流してしまった台詞が再度紡がれた。
「やはりあなたの匂いはたまらない。ずっとかぐわしい匂いで私を誘惑してくる」
「……ッ!!」
身体が硬直した。
頭に触れているものは、気の所為でなければシルヴィオの鼻先ではないか。
彼はジゼルの匂いがたまらないと言いながら、頭の匂いを嗅いでいる。匂いを堪能するように深く息を吸いこむ音まで間近で聞こえてきた。
──湯浴みをした後でもこれはちょっと……!
対処法がわからなくて動けない。こういうときイルマはなんて言っていたか。
頼りになる姉の教えを思い出すが、殿方から頭の匂いを嗅がれたときのうまい言い返しなど教わった記憶がない。足蹴にされると悦ぶ男の対処法ならかろうじて覚えているが、多分それには該当しない。
「……」
先ほどから気にしないようにしていたが、意識が違和感のあるところに集中してしまう。
密着した身体は強く抱き込まれているため、相手の体温どころか鼓動まで伝わりそうだ。こちらの動揺はもしかしたら伝わっているかもしれない。ネグリジェの上にガウンで身体の線は隠しているが、お互い薄着のため遮るものは少ない。つまり、ジゼルの下腹部に押し当てられる硬いものがなんなのか……気づかないふりをしていたが、そろそろ無視できなくなった。
「はぁ……」
零れた吐息がなんとも煽情的で、押し付けられている熱の塊がぴくんと動いた。ジゼルの脳内にけたたましい警報が響く。
──待って待って、婚約式を終えたばかりでも正式には婚姻していないから、契りを交わすことはないって話では……!
市井に住む市民たちは、婚前性交も大らかだが、高位貴族に嫁ぐ令嬢は初夜まで純潔でいることが望ましいと教育されてきた。
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