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王弟殿下の甘い執愛~恋の匂いに発情中~【SS付電子限定版】

月城うさぎ

第一章 (2)

 国中の令嬢の憧れであり、一夜の夢を見させてほしいと懇願する貴族令嬢が後を絶たないほどの色男だ。社交界では常に(うわさ)の的であり、数々の浮名を流してきたとも言われているが、意外なことに婚約者がいたことは一度もないらしい。
 本気の恋はしないのだと宣言していた男が、とある令嬢を見初(みそ)め、短期間で婚約にまで至った。今社交界で最も熱い話題である。しかもその幸運な令嬢というのが、地味で目立たないベルモンド伯爵家の出がらし令嬢だ。注目を浴びるのも致し方ないが……ジゼルはいろいろと早まったとしか言いようがない。
「今日は疲れただろう」
「あ……はい、少々疲れました」
 朝早くから支度をさせられ、盛大な婚約式を終えた後の晩餐会(ばんさんかい)に参加し、ようやく帰れるかと思いきや。いつ決まったのか、今日からこの城がジゼルの家だと告げられた。すでにジゼルの父、ベルモンド伯爵にも了承済みである。
 身ひとつで滞在を余儀なくされ、混乱の中疲労感に襲われても仕方ない。
 素直に疲れたと認めたジゼルを、シルヴィオは甘く見つめてくる。
 ルランターナ国王の精悍(せいかん)で屈強な見た目と違い、シルヴィオは端整で甘い顔立ちをしている。均整の取れた体躯(たいく)は国王と並ぶと細身だが、母親譲りの美貌に柔らかな微笑は女性を一目で(とりこ)にするほど(うるわ)しい。
 優雅に近づいてくるシルヴィオの姿を見て、彼もまた湯浴みを終えたのだろうと推測した。夜も深い時間なのに、彼の顔に疲れは浮かんでいない。人前に立たざるを得ない人は、隙を見せないものなのだろうか。
「疲れているのに待たせて悪かったね」
「いえ……」
 ──大丈夫です、待っておりません。
「ひとりで寂しくなかったか?」
 ──できればもう少し長くひとりの時間を味わいたかったです。あとほんの数ヶ月くらい。
 ……とは声に出せないので、ジゼルは小さく「大丈夫です」と答えた。もしなにか困った質問をされたら、小首でも(かし)げておこう。確かイルマが、困ったときは殿方に小首を傾げて微笑(ほほえ)んでいればいいのよ、と言っていた気がする。
「私のことはお気になさらず。殿下もお茶いかがですか?」
 ジゼルはたっぷりとお湯の用意をしてくれた侍女に感謝し、とりあえず自分が飲んでいる薬草茶を勧めてみた。なにかを飲まないと間が持たないからである。
「ジゼルが()れてくれるお茶ならいくらでもいただこう」
 ジゼルの向かい側の椅子に座るのかと思いきや、彼はジゼルが座る長椅子の隣に腰を下ろした。距離感ゼロの積極性に、ジゼルの(のみ)のような心臓が一瞬ですくんでしまう。
「……っ、かしこまりました」
 甘く見つめてくる眼差(まなざ)しの奥に、言葉にできない熱を感じ取る。それを向けられているのが自分だという事実を、ジゼルはまだ受け入れられない。
 王家に遺伝するアメジストの瞳で見つめられれば、失態は犯せない。緊張から手が震えそうだが、自分用に淹れたのと同様にカップへお茶を注いだ。
「いい香りがするね」
「はい、女性に人気の薬草茶だそうです」
 肩と肩が触れ合いそうなほど近くで、シルヴィオの声が届く。鼓膜を震わせる魔性の美声は、必要以上にジゼルを緊張させた。
「うん、おいしい」
「……っ! よかったです」
 ──うう、いちいち声が腰に響く……!
 低すぎず高すぎない、耳触(みみざわ)りのいい美声。とろりと脳髄(のうずい)を溶かされてしまうような、天鵞絨に似た滑らかな声だ。
 何故(なぜ)だか腰がそわそわして落ち着かなくなる。耳のいい人間にとって、好みの美声というのは毒にもなり得るのかもしれない。
 かちゃん、と陶器が擦れる音が小さく響いた。ティーカップをソーサーに置いたのを見て、もうお茶を飲み干してしまったのだと気づく。
 ジゼルはこの後の展開が想像もつかない。もう一杯お茶を勧めるべくシルヴィオの顔を見上げた。
「あの、殿下」
「ねえジゼル、私のことを他人行儀に呼ぶのはやめないか」
「え?」
「あなたは私の婚約者だろう?」
 すかさず手を取られ、指先に口づけられた。
 触れるだけならまだしも、生々しく湿った感触を感じ取る。リップ音が響き、唇を離したシルヴィオからは、(あや)しい色香がこれでもかと振りまかれていた。彼の色香に色がついていたなら、きっと薄桃色に煽情(せんじよう)的な紫色が混ざった色合いだろう。霧のようにふわりと舞っているのを想像し、ジゼルは思わず吸い込むものかと息を止めた。
「……っ!」
 唇を真一文字に引き結ぶジゼルの様子を見ても、シルヴィオは(つな)いだ手を離さない。むしろさらにギュッと手の中に包み込んでしまう。じんわりとした温かな体温が伝わるが、ジゼルの手足は冷えていく。
 心臓の鼓動がバクバクと激しい。自分の顔が赤いのか青いのかもわからない。
「あの、あの……!」
 耐えきれずにようやく振り絞った声は、情けなくも(かす)れていた。
「なにか?」
「私、……シルヴィオ様は、形ばかりの結婚を望まれているのだと思っていたのですが、違うのでしょうか」
「形ばかりというのは、私はあなたがちょうどいい人材だったから、婚約者に選んだと思われているということか」
 まったくもってその通りである。
 兄に連れられて王家主催の舞踏会に参加し、未婚の男女が歓談を楽しんでいる間、ジゼルは滅多(めつた)に見られない美術品の数々に魅入られていた。その様子に興味を抱いて声をかけてきた人物がシルヴィオだったのだ。とは言っても、そのときジゼルは相手が誰だったのかわからなかったが。何故ならその夜は仮面舞踏会──参加者は全員顔を隠す仮面をつけるのが服装規定(ドレスコード)だったのだ。
 名前も知らなかった人物がレオンカヴァルロ公爵だと知り、再会したとき。彼は『君が望むなら、好きなだけ閲覧規制のある国宝級の美術品を見せてあげようか?』とジゼルを誘惑してきた。
 ジゼルは芸術の才能はなくても、美術品に目がない。当然その魅力的な誘いに(あらが)えるはずもなく、目を輝かせた。ベルモンド家に流れる血を強く自覚した瞬間でもあった。
 だが、うまい話には裏があるという言葉を失念していたらしい。
 おいしい(えさ)に食いついてしまった後、見返りが自分の人生だったと気づいたときには手遅れだった。周囲から固められ、父親へ縁談の話も通ってしまっていたのだ。
 そもそも相手が高位貴族であり王族ならば、伯爵家が逆らえるはずもない。ジゼルに好きな男性がいたら少しは抵抗の余地もあったかもしれないが、それすらなかったのだ。断ることなどできるはずがなかった。
 これはあれだ、弟君の縁談に頭を悩ませていた国王(あに)からの圧力に耐えられなくなり、一番無害そうな自分を選んだだけに違いない。
 地味で目立たないからこそ扱いやすいということもある。特に、他の貴族令嬢と比べて自己主張が激しくないところなど、都合がいいのだろう。ベルモンド家の血筋は一芸に秀でて変わり者が多いが、裏を返せば各々が没頭できるものを与えていれば御しやすい。
 芸術家肌らしく好きなものをとことん追求するため、出来上がる作品も素晴らしいが、他の関心が薄いのだ。権力にも興味がなく、長年中立の立場を貫いている。
 シルヴィオが自分を選んだのは無害で扱いやすそうだから、餌を与えておく代わりに夫のすることには口を出させない。求められているのは仮面の夫婦を演じること──そう理解していたのだが……なにやら認識にずれがあるらしい。
 ジゼルの表情からすべてを読み取ったのだろう。シルヴィオが一層笑みを深めた。察しが良すぎると隠し事もできなくて困る。
 ジゼルは己の失言を悟り、腰を浮かせて逃げようとするが、すぐさまシルヴィオの腕が伸びて来る。
 そのまま腰を引き寄せられ、ジゼルの身体はすっぽりとシルヴィオに抱きしめられてしまった。
「こ、これは不適切な距離では……」

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