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王弟殿下の甘い執愛~恋の匂いに発情中~【SS付電子限定版】

月城うさぎ

第一章 (1)


   第一章


 ジゼル・エヴェリーナ・ベルモンドは困惑していた。
 パイプオルガンの音色が歴史の古い大聖堂に響く。参列者の視線を一身に集めながら、ジゼルは今にも気絶しそうな心境で、ゆっくり歩みを進めた。
 王家に縁のある者にしか使用されない大聖堂を、貴族とはいえ伯爵家の娘が歩くだけでも(おそ)れ多い。緊張のあまり足がもつれそうだ。
 ずっしりと重い豪奢(ごうしや)なドレスは、気品を感じさせる薄い紫色。稀少(きしよう)な宝石が贅沢(ぜいたく)に縫い付けられており、汚したり傷をつけたりしないかひやひやする。ジゼルの髪や瞳の色とも違うドレスの色は、隣を歩く男の瞳に合わせていた。あなたの色に染まります、という女性の意思表示だと思うと、気恥ずかしさが増してしまう。
 薄いベールの下から、ジゼルは隣の男をちらりと見上げた。
 (まばゆ)い金髪、アメジストの瞳。高貴な身分に相応(ふさわ)しい容姿に、身長はジゼルより頭ひとつ分以上高い。微笑を浮かべながら荘厳な大聖堂を堂々と進んでいる。その美貌たるや、並の女性では(かす)んでしまうほどの存在感を放っていた。感嘆の吐息が方々から漏れている。
 ジゼルは自分に歩調を合わせる男を伺いながら、何度目になるかわからない(つぶや)きを心の中でこぼす。
 ──私、なんでこんなことになったのかしら……。
 遠い目をする少女の腰は、万が一にも逃がさないという男の執念が表れているかのように、がっしりと(つか)まれていた。この状況で逃げ出せるほど、ジゼルに度胸はない。
 (はた)から見れば、寄り添う姿が仲睦(なかむつ)まじい男女だと思われるだろうが、誤解である。
 完璧なエスコートをされ、つつがなくすべてが終わった頃。ジゼルの神経は極限まですり減っていた。まったくどうして、自分はここにいるのだろう。
 この日、ベルモンド伯爵家の末娘と王弟殿下の婚約式が無事に執り行われたと、国中が知ることとなった。

◆ ◇ ◆
 ベルモンド家の第三子、ジゼルは平凡な少女だ。
 一芸に秀でた者を多く輩出(はいしゆつ)してきたベルモンド家の中でも、特別な技があるわけでも、周囲の目を()く美貌があるわけでもない。伯爵家嫡男のマルクスのように、人々を陶酔(とうすい)させられる音楽を演奏することもできなければ、侯爵家に(とつ)いだ姉イルマのように、優れた色彩感覚を買われ、王族お抱えの宝石意匠(いしよう)に携わる才能もない。
 また、人目を惹く華やかさも兄姉が持って行ってしまった。個性の強いベルモンド家の中で、ジゼルはいたって平凡で地味と評されていた。
 もしも、亡き母親の美しい銀色の髪をジゼルも引き継いでいたなら、顔の造りが多少大人しくても、華やかな印象になっただろう。しかしジゼルの髪は父親そっくりの(からす)()()色だ。
 明るい髪色が美人の(あかし)と好まれるルランターナ王国では、金色の髪が富と美の象徴であり、暗色の髪色は地味だとたびたび(さげす)まれることもある。
 唯一ジゼルが好きなのは、エメラルドグリーンの瞳の色。瞳の色だけは兄姉共通だ。それ以外はまったく似ていない。
 美も才能も、兄姉の陰に隠れてしまうジゼルのことを、周囲は(ひそ)かに“出がらし”令嬢と呼んでいた。お茶を好む国民(ゆえ)の表現法だ。
 そのような言われ方にジゼルは劣等感を抱いているわけでもなく、兄姉とも仲がいい。
 たとえあまり容姿や芸術的な感性に恵まれなくても、美しい芸術品を見るのは好きだし、人より少し優れている耳もある。音楽を聴けば微妙な音程の違いがわかり、遠くでコインを落とした音だけで金、銀、銅の違いも聞きわけられるのだ。
 ささやかな特技が大して役に立たないことを理解している。ジゼルは己を平凡で大した特技もないベルモンド家の第三子で間違いないと思っていた。
 悲嘆に暮れることもなく、ジゼルは適材適所というものを利用し、ベルモンド家の血筋らしく好きなだけ美しいものを鑑賞できたら幸せだ。
 そんなジゼルは、昨年社交界デビューは果たしたが婚約者はなし。ルランターナは貴族も平民も恋愛を楽しむ傾向が強い国民性だが、ジゼルは年頃の少女のように恋をするより絵画や骨董品(こつとうひん)、美しい音色を(かな)でる楽器に囲まれた生活が好きだ。
 そのうち父親がそこそこ平凡で自分にちょうどいい男との縁談を持ってくるまで、のんびり悠々自適(ゆうゆうじてき)に今を楽しもうと思っていたのだが……、(よわい)十八にして、人生の選択を誤ったのではないかと思い始めていた。
「いいえ、確実に誤ってしまったと思うのよ……」
 牧歌的な伯爵領で自由に過ごしていた生活から一変。
 現在ジゼルは王城に見劣りしないであろう、広大な城の一室に滞在させられている。
 王都の隣に位置する、レオンカヴァルロ公爵領のアザレア城──豊かに咲く色とりどりのアザレアが美しいため、いつしかそう呼ばれるようになったと聞いたのは、ジゼルがこの城に連れて来られてすぐのこと。
 自室の倍以上の広さの部屋は、少女趣味だが品のいい調度品で(そろ)えられており可愛(かわい)らしい。壁紙は淡いクリーム色で、白を基調とした調度品は、緩やかな曲線が女性らしい柔らかな美を表している。
 天鵞絨(ビロード)の長椅子には繊細な刺繍(ししゆう)が施されたクッションが置いてある。目に入るすべてのものが芸術品のように美しく、職人の(こだわ)りを感じさせた。
 よくぞこの短期間に揃えたな……と感心するが、この城の(あるじ)なら国内外の価値ある美術品を蒐集(しゆうしゆう)しても、公爵家の財政が傾くことはないだろう。
「長い一日だったわ……」
 この日、ジゼルは婚約式を行った。
 人生ではじめての経験に喜ぶよりも、極度の緊張から(もよお)す吐き気と悪寒(おかん)に耐え続けた。美貌の婚約者の(きら)びやかな笑顔を直視しないよう気をつけ、ようやく一日が終えようとしていた。
 湯浴(ゆあ)みを終えて、レースとフリルをふんだんにあしらったネグリジェを身に着けている。給仕係の侍女は退室させ、長椅子に座りながらひとりで薬草茶を飲んでいた。
 薬草茶は、心を落ち着かせる効能と、美肌効果もあるらしい。公爵家の侍女に推薦され、恐る恐る試してみたが、とても飲みやすくておいしい。香りも味も、ほのかに甘味(あまみ)がありじんわりと身体の中から温めてくれるようだ。
「はあ、お茶がおいしい……。このままもう眠りたいわ……」
 適度に柔らかい長椅子は座り心地も抜群だ。繊細な刺繍が美しいクッションを抱き寄せ、眠りたくなる。
 身体が長椅子に深く沈みそうになる寸前、ジゼルの耳が扉の外から聞こえる足音を拾った。神経が扉の外に集中する。
 ぬるくなった薬草茶を半分ほど(すす)り、ジゼルは耳を澄ませた。
 誰かが部屋の前を通り過ぎる。足音の速さからして女性のものだ。近づいては遠ざかったので、自分には用がないのだろう。
 それから間もなくして、ゆったりとした歩き方の足音が近づいてきた。極力足音を立てないように訓練でも受けているのだろうが、どことなく優雅さが(にじ)み出ているようにも聞こえる。そんな風に歩く人物を、ジゼルはひとりしか知らない。
 予想通り、扉の前で足音がぴたりと止まった。コンコンと扉を(たた)く音がする。中にいるジゼルを驚かせないための配慮だろう。
 しかしこちらが応える前に扉が開いた。配慮はしても了承を得るつもりはないらしい。
 ──まあ、ここの主なのだから、私の返事を聞く必要もないわよね。
 先ほどまで自分の隣を歩いていた男が、眩い笑みを浮かべて声をかけた。
「やあ、ジゼル」
「……シルヴィオ殿下」
「ああ、そのままでいい。座って」
 立ち上がろうとしたジゼルを制し、彼はにこやかに近づく。
 アザレア城の主、シルヴィオ・エミリアーノ・レオンカヴァルロ。
 ルランターナ王国の王弟であり、レオンカヴァルロ公爵位を継承している。年はジゼルより十四歳も年上の三十二歳だ。

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