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国王陛下の溺愛花嫁~屋根裏令嬢の結婚事情~

熊野まゆ

序章 青年王レナードの花嫁候補 (2)

「これは、議会のたびにレディの絵姿が増えていきそうですね」
 執務机の前にいたボビーがあっけらかんとして言った。
「目を(つぶ)って、探り当てたレディと結婚なさるというのはいかがですか?」
「ボビー、おまえ……他人事だと思って」
 (にら)み上げると、ボビーは両手を顔の両側まで持ってきてヘラリと笑った。
「ほんの冗談ではありませんか。むろん、他人事などとは思っておりません。そうですね……明日には打開策をご提案いたしましょう」
 いやに(うやうや)しく礼を尽くし、ボビーは部屋を出て行く。
(さて、どうしたものか……)
 ボビーはああ言っていたが、この件を彼にすべて任せるのはどうかと思う。
 婚姻により、自分自身のこれから――王として歩む道――が左右される。決して容易(たやす)いことではない。王の妻となる結婚相手の人生をも大きく変えてしまう。
 ボビーの先ほどの冗談は少しも笑えない。いい加減な気持ちで妻を選ぶつもりは毛頭ない。
 だからこそ、まだ新体制の整わぬいまのうちに決められることではないのだ。
 この考えを、どうにかして議会で主張できないものかと考えたが、名案が浮かばない。
 大臣たちは典型的な『ああ言えばこう言う』生き物なのだ。なにも言っても話を切り返せる手腕は見事だが、意見が食い違ういま、とてつもなく厄介に感じる。
 執務室で一人きりなのをいいことに、レナードは机の上に肘をつき、黒髪を両手で盛大に乱して頭を抱えるのだった。


 早朝の鍛錬場には清浄な空気が満ちていた。
 レナードは近衛兵に交じって剣を振る。その後は鍛錬場の端――半屋外の弓場で的に向かって弓を引くのが日課である。
 王が近衛兵とともに剣を振るのは、他国の王と比べれば常軌を逸しているかもしれないが、レナードはもう十年以上そうして近衛兵と一緒に鍛錬をしている。
 常日頃、どこへ行くにも大勢の護衛を引き連れて歩く父を見て、レナードは『自分一人の身は自分で守れる程度の剣技は身に着けよう』と幼少期に決めて剣や弓の稽古に励み、最近になってようやく近衛隊長のお墨付きを(もら)った。
 父のまわりにはいつも護衛がいたせいか、彼とはあまり会話らしい会話をしたことがない。王が多忙だということももちろんあるが、二人きりで話をしたことはほとんどなかった。
(俺は、そうはなりたくない)
 王族とはいえ、できるだけ家族らしく在りたい。それは、たくさんの子宝に恵まれ幸せそうに過ごすボビー一家を見ていて思ったことだ。
 レナードは弓の(つる)を引いていた手をパッと開く。矢は的を射たが、中心からは大きく外れていた。
「レナード様、今日は調子がよろしくないようで」
 近くにいた、顔なじみの近衛兵が言った。
 レナードのことを「陛下」と呼ぶ者はあまりいない。強いて言えば、仰々しく「国王陛下」などと呼びかけてくる者は気心の知れぬ相手ということになる。
 レナードが苦笑して「ああ」と答えると、また別の近衛兵が「いつもは真ん中にバシバシと矢を射られるのに」と言って首を(かし)げた。
 レナードは的を見据えて弓矢を構える。
 昨夜はレディの絵姿に追いかけられる夢を見てうなされた。己の不甲斐(ふがい)なさに嫌気が差してくる。
 ビュッ、と風切り音が響く。
 放った一矢はやはり、中心には当たらなかった。


「――屋根裏令嬢?」
 昼下がりのこと。ボビーは宣言通り『名案』なるものを持って執務室にやってきた。
 行動の早い側近は満面の笑みで紙束を手渡してくる。レナードはそれを受け取り、目を通した。
「ああ、ブルフォード公爵令嬢のことか」
「ご存知でした?」
「公爵のことは知っている。だが彼の娘の名や、何人いるのかということまでは知らなかった。……ブルフォード公爵の四女が、屋根裏令嬢と呼ばれているのか?」
「ええ、そうです。だだっ広い公爵邸だというのにわざわざ屋根裏部屋を造らせて、そこを居室にしていることからそんな通り名がついたそうです」
「へえ……。それで、この令嬢を花嫁候補に立てる理由は?」
 その理由に察しはついたが、一応、ボビーの意見を伺う。
「理由は二つあります。ご存知の通りブルフォード公爵は老齢で、国政には参画していませんよね。まずそれが一つ目の理由です。城の大臣たちとは何のしがらみもないので波風が立ちにくい」
 そこまでは、レナードは納得した。(うなず)いたあとで、「二つ目の理由は?」と話の続きを促す。
「屋根裏部屋を居室にして社交界に一切顔を出さない令嬢ならば王との婚姻に消極的だと思われます。ゆえに、後々花嫁候補から降ろしたとしても文句を言われないでしょう。それが二つ目の理由。総じて、結婚を先延ばしするための盾として屋根裏令嬢を擁立しても、何の差し障りもない」
「いや、差し障りはあるだろう!」
 レナードは執務机を両手でタンッと(たた)いてボビーに物申す。
「ブルフォード公爵家と令嬢に失礼だ。婚約までいかないにしても、こちらから花嫁候補を取り下げたとあっては、公爵令嬢のこれからの結婚に関わる」
「いえ、ですから、現状としてすでにその令嬢には問題大アリなんですよ。十八歳で、適齢期だというのに縁談の一つもないんですから。むしろ、レナード様の花嫁候補に挙がることで箔が付きますって。花嫁候補から外せばすぐにでも縁談の申し入れがあるやも。ですから、これは屋根裏令嬢にとってもよいことなのです」
「本当にそうか……?」
 レナードは机の上に両肘をついて手を組み、そこへ顎を載せた。怪訝(けげん)な顔でしばし悩んだあとで「わかった」と言う。
「とはいえ、まずはその令嬢に花嫁候補として立てる旨を伺う手紙を出そう。あちらの了承を得なければ進められぬ」
「ああ、もう出しておきました。令嬢の父親――ブルフォード公爵からは二つ返事でオーケーを貰えましたよ」
「なんだと!?
 レナードは驚きのあまり椅子から立ち上がった。机の上に両手をついて身を乗り出す。
「花嫁候補とするが、後に反故(ほご)するつもりだと(しら)せたのか?」
「まさか! 花嫁候補としますがいいですか、ってことだけです。でないと、新王陛下は結婚する気が(はな)からないのにお戯れになるつもりだ、と吹聴(ふいちよう)されかねないですから」
「それは、そうだが……やはり()に落ちないな。ブルフォード公爵とその令嬢を(だま)すようなものだ」

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