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国王陛下の溺愛花嫁~屋根裏令嬢の結婚事情~

熊野まゆ

序章 青年王レナードの花嫁候補 (1)


   序章 青年王レナードの花嫁候補


 その城は色とりどりの花々に囲まれていた。小高い丘に位置しているので、一日を通して吹く風は強い。
 たとえ空がどんよりと曇っていても、アッシュローレル城の荘厳さは損なわれない。むしろ空が黒ければ、訪れる者に畏怖の念を植え付けることだろう。それほど、城は大きく立派だった。
 アッシュローレル城は三つの棟から成っている。
 天まで届く勢いの高い塔を有した中央棟には賓客を迎えるための応接室やダンスホールがあり、その上階に王族の居室がある。
 右の棟にはサロンやゲストルームなど、来訪者をもてなすための部屋が多数存在する。いっぽうで左の棟は、城に仕える者たちの居室や大臣たちの執務室が(しつら)えられている。
 アッシュローレル城はしばしば、鳥が翼を広げて飛び立とうとしている(さま)(たと)えられる。それにちなんで、中央棟はバーズハート(鳥の心臓)、左右の棟はそれぞれイーストフェザー(東の羽根)ウェストフェザー(西の羽根)と称される。
 三棟に囲まれた中庭はバーズネスト(鳥の巣)とされ、南側に面していて陽当(ひあ)たりがよく、城のどこからでも見渡すことができる。噴水や彫像が随所に散りばめられ、蔓薔薇(つるばら)のアーチは庭の隅々にまで連続している。見る者の目をどこまでも楽しませる広大な庭である。
 庭の突き当りには煉瓦(れんが)造の鍛錬場がある。近衛兵(このえへい)たちが日夜、剣の鍛錬に励んでいる。鍛錬場はトレーニンググラウンドとも呼ばれる。
 鍛錬場には石造りの円形議会場が隣接している。ここは一部の者たちにフィーディンググラウンド(給餌場)と呼ばれている。城の古参である大臣たちが他者を蹴落とすための餌を(あさ)恰好(かつこう)の場となっていることから、(ひそ)かにそう名付けられた。
 暗い曇天の(もと)、国王に即位したばかりのレナード・アッシュローレルは議会場へ続く外廊下を歩いていた。歩調は極めて早く、彼の多忙さを物語っている。
「大臣たちが最も議題に上げたいのはあのことだろう。俺は、早々に切り上げるつもりでいる」
 議会場への道すがら、レナードは側近のボビー・バイロンに向かって言った。
「左様でございますか。早々に切り上げ――できればよいですか」
 ボビーは口もとに(しわ)を作り、皮肉めいた笑みになる。
 今年で四十歳になる彼は、もともとは亡き先王――レナードの父親に仕えていた。ボビーはレナードがこの世に生を受けた二十五年前からこの城で働き始めた。その手腕を買われ王の側近となったのが十五年前のことだ。レナードにとってボビーは頼りになる兄のような存在である。
「先王が崩御してまだ間もないというのに、通常通りに議会を催せと強要する大臣どもの気が知れぬ。いや、だからこそ――なのか?」
 レナードは早足で歩きながら「うーん」と首をひねる。
「彼らの辞書に『配慮』という言葉はないのでしょう」
 微笑(ほほえ)みをたたえてボビーが言うと、レナードは「ははっ」と軽快に笑った。
「だが彼らは陰謀うごめく貴族社会で長く生きているだけに良くも悪くも知恵がある。無下にはできないとわかっているが――……」
 レナードは押し殺した声で、しかし憤りを(あらわ)に吐き捨てる。
「父が急逝して間もないというのに花嫁探しをせよとは!」
 つい、頭を抱えたくなったが、(おも)(とど)まる。周辺に人影はなくボビーと二人きりだが、どこでだれに見られているかわからない。新米とはいえ王が廊下で頭を抱えていたとあっては、国の行く末を悲観されかねない。
「うまくやり過ごしましょう」
 ボビーは歩きながら、さらりとそんな返答を寄越(よこ)してくる。彼はどちらかというと楽観的なほうだ。フットワークが軽く、何事に対しても判断が速い。
 レナードは大きく息を吐いて「そうだな」と相槌(あいづち)を打ち、議会場の入り口に立った。
 入り口の両端にいた近衛兵がレナードに向かって敬礼をする。レナードは「ご苦労」と声を掛け、議会場のなかへ入った。
 すでに着席していた大臣たちが一斉に立ち上がり、それぞれが王に対して敬意を示す。
 レナードは大臣たちに目配せをすることで応える。階段を上り、最も高い席に腰を下ろす。議長を務める宰相は一段低いところにいて、準備万端といったようすで構えていた。その反対側には尚書官(しようしよかん)だ。羽根ペンを手にして議会の始まりを待っている。
 レナードは議会場をぐるりと見まわす。
 天井近くに配されたアーチ窓から曇天が(のぞ)いていた。晴れの日には、その瀟洒(しようしや)な窓から陽光が()()み、大臣たちの禿()げ頭を煌々(こうこう)と照らすのだが、残念ながら今日はそれを目にすることができない。
 ボビーが末席に座ったことを確認したあとで、宰相に視線を送る。すると彼はコホンと咳払(せきばら)いをして鐘を鳴らし、「それでは開会いたします」と議会の開始を宣言した。
 宰相の進行で、各地を統括する大臣たちが農作物や輸出入の利益を報告し、その後は国家予算について話し合う。
 予定されていたすべての議題を終えて自由討論の場面になると、大臣の一人が「陛下にお目通しいただきたいものがございます」と言って(ふところ)から絵姿を取り出した。
「これ、抜け駆けはいけませぬぞ」
 するとまた別の大臣が、我こそはと絵姿を持ってやってきた。レナードは一瞬、眉を(ひそ)めたあとでボビーのほうを見やる。するとボビーは立ち上がり、大臣たちから絵姿を受け取った。
「先王が急逝したばかりだ。婚姻というような晴れ事はまだ早いと思うが?」
 不機嫌さを(にじ)ませてそう発言しても、大臣たちは一向に引かず「だからこそです。新体制を盤石にするため妻を(めと)られるべきです」と、父の死を逆手に取って進言してくる。
(なにが『体制を盤石に』だ。自分たちの娘や血縁を王族(つな)がりにしたいだけだろう)
 心の中で悪態をつき、レナードはそれきり黙り込んだ。
 ボビーが両手いっぱいに絵姿を抱えたところで、宰相はモノクルの端をクイッと上げて「本日はこれにて閉会いたします」と言い、手元の鐘を小さく鳴らした。
 バーズハートの三階にある国王の執務室に、靴音を盛大に響かせながら憤然と戻ったレナードは侍女の給仕を断り執務机の前の椅子に腰掛けた。
「今日の議会はいつにもまして辟易(へきえき)した」
 (うな)るような声音で言葉を継ぐ。
「なんだ、この絵姿の量は!」
 執務机の上に所狭しと並べられた絵姿を見てレナードはため息をつく。

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