王弟公爵は新妻溺愛病 ~旦那さまの秘密~
【第一章 プロポーズは突然に】 (3)
「……ど、どうかしたのかい……!?」
「あ、あの……そ、そんなに見ては駄目です……! ど、どうしたらいいのかわからなくなりますから……!!」
掌の下で真っ赤になりながら言うと、レオンは一瞬の沈黙のあと吹き出した。自分でもおかしなことを言っているとわかっているが、他に言い様がない。距離を置いてこちらを窺っている周囲の視線もあって、シャルロットは恥ずかしさで泣きたいような気持ちになってしまう。
レオンがシャルロットの手をそっと引き剥がした。
「笑ってごめん。君があんまりにも可愛いことを言ってくれるから、我慢できなくなっちゃって」
(か、可愛いって……!!)
憧れの存在からそんなことを言われたら、ますます顔が赤くなってしまう。レオンはそんなシャルロットに優しく微笑みかけると、言った。
「君の名前を教えてもらってもいいかな」

レオンが自分の手に触れていることにドキドキしてしまったものの、シャルロットは慌てて名乗った。レオンは何度かシャルロットの名を呟いたあと、笑った。どこか嬉しそうな笑顔はこれまで以上に魅力的で、シャルロットはぼうっとしてしまう。
「僕はレオン。レオン・ヴォーコルベイユ。ねえ、シャルロット。よかったら僕と友だちになってくれないかな」
友だちになって欲しいと言われた出会いのあと、レオンとは社交界でも何かと顔を合わせることが増え、言葉を交わすようになった。シャルロットは会うたびにレオンにドキドキしてしまって上手く話せているのか疑問だったのだが、彼はそんなシャルロットにいつでも紳士的に接してくれる。
自分が相手に与える影響も十分に理解しているようで、レオンは突然の友だち申請に戸惑うシャルロットに性急に接することはなく、紳士的に段階を踏んで焦らずに話しかけてくれた。レオンの心遣いが嬉しくて、憧れだった存在が近くなったことが夢のように思えた。
時折パーティーでダンスの相手もしてくれるようになり、それだけでもシャルロットは舞い上がってしまうほどに嬉しかったが、彼の名声や彼に向けられる異性の熱い視線や同性たちの憧れの視線などを知るたびに、自分などとは住む世界が違う相手なのだとしみじみと感じてしまっていた。だが、だからこそレオンと言葉を交わす相手として恥ずかしい存在にはなりたくないと、シャルロットは自分なりに令嬢としての勉強をおろそかにしないように努力している。
その努力は間違っていないようで、今のところレオンに不快感を与えることはないようだった。
ゆっくりとではあるがレオンと親交を深めていくシャルロットを、友人の令嬢たちはとても羨ましがった。時には自分を利用してレオンとお近づきになりたい者も出てきて、そういう相手はシャルロットの方で丁寧に断っている。自分のせいでレオンに煩わしい思いはさせたくなかった。
(本当に……人生ってどんなことがあるかわからないものだわ……)
馬車の心地よい揺れに身を任せながら、シャルロットは思った。
ビロード張りの柔らかな座席は、まるで高級ソファのように座り心地がいい。馬車の揺れはあまりなく、置かれた繊細な刺繍を施したクッションもシャルロットの身体を優しく受け止めてくれる。
壁紙は目に優しい模様と色合いのもので、小窓には白レースのカーテンがかかっている。真向かいにある座席まではゆったりとした間隔があり、膝がぶつかり合うこともない。実に豪華な馬車は、シャルロットのリヴェリエ家が持てるものではなかった。
シャルロットの真向かいの席には、クッションにもたれ、長い脚を優雅に組んだレオンが座している。他愛もない世間話をするシャルロットを楽しげに見返すレオンは、一瞬たりともこちらから目を逸らさない。
レオンは人と話すときは相手をじっと見つめる癖があるらしく、それなりの閉鎖された空間である車内だと余計に見つめられることにドキドキしてしまう。
変な期待をしたくないのに、もしかしてレオンが自分に異性としての好意を持ってくれているのではないのかと思ってしまいそうになるのだ。
(……そんなこと、思うだけでもおこがましいわ! レオンさまにはもっと身分が高くて賢くて、優しくて美しい女性がお似合いだもの!)
分不相応な願いを戒めるべく、シャルロットはフルフルと首を振る。レオンが不思議そうに――同時に心配そうに問いかけてきた。
「どうかしたかい、シャルロット?」
「……あ……いいえ! 何でもありません!」
「そう、何かあったのかと思ったよ。何もないのならよかった」
にこりと笑顔を浮かべられると、胸がきゅんっとときめいてしまう。
友人として親しくなれたからこそ気づけたのだが、レオンの笑顔は万人に向けるものと親しい者に向けるものとでは少し違っていた。もっと優しくて蕩けるように甘い笑顔を見せてくれるのだ。友人以上の思いなどないだろうとわかっていても、うっかり勘違いしてしまいそうになる笑顔だ。
「あ、そうだ、シャルロット」
「はい、何でしょう……か……」
レオンがシャルロットにそっと片手を伸ばしてきた。ドキンとして、シャルロットは言葉を詰まらせる。
(レ、レオン、さま……?)
長い指先が、シャルロットの金髪に触れた。レオンは肩口から落ちている髪先をそっと取り上げる。
「僕があげたリボン、使ってくれているんだね。嬉しいよ」
今日の髪型は、レオンがプレゼントしてくれた白いレースのリボンを編み込んだものだ。繊細なレースの細いリボンは、今日一緒に出かけるからと選んだものだった。
そんな些細なことでも、レオンはいつもこちらの小さな変化に気づいてくれる。自分のどのような変化も見落とさずに声をかけてくれることがとても嬉しくて、シャルロットは満面の笑みを浮かべた。
「はい。今日はレオンさまとのお出かけだったので、せっかくだからと思いまして……リボン、ありがとうございます」
「喜んでもらえているみたいでよかったよ。……うん、とてもよく似合ってるね」
シャルロットの髪の中に指先が潜り込み、リボンをそっと撫でた。生まれつきのふわふわとした曲線のかたちを確かめるように撫でられ、シャルロットは息を詰める。……いつ頃からだろう。レオンはこんなふうに触れてくるようになった。
だが、家族や兄弟がごく当たり前にする程度の触れ合いしか知らないシャルロットは、されるがままになってしまう。
「今度はこのリボンに合う……そうだな、帽子を贈るよ」
「いえ、そんな……!」
友人として気遣ってくれるのは嬉しいが、いつも何かにつけて贈り物をされているのだ。とても滑らかな書き心地のペン、型抜きが精緻で美しく味も絶品のチョコレート、繊細な花模様が刺繍された透き通るようなハンカチなど――シャルロットは気が引けてしまう。
「僕からの贈り物は、迷惑かな……だったら自重しないといけないね」
シャルロットの遠慮をレオンは拒絶と思ってしまったらしい。金茶色の瞳がそっと伏せられ、睫毛の影が憂いを与える。そんな憂いのある表情も思わずため息を零してしまいそうなほどに美しく、シャルロットはしばし見惚れてしまった。
「ごめんね、シャルロット。迷惑だったかな……」
レオンの瞳が、シャルロットを見返してくる。目尻に甘さが滲んでいて、シャルロットは思わずドキリとしてしまいながらもハッと我に返って言った。
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