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王弟公爵は新妻溺愛病 ~旦那さまの秘密~

舞姫美

【第一章 プロポーズは突然に】 (2)

 それはシャルロットだけではなくアランも同じようで、息を詰めたままレオンを見上げている。
「だが、ちょうどよかった。実は君に話を聞きたいことがあってね、アラン殿。そのためにこのパーティーに顔を出したんだよ。どうだろう、付き合ってもらえないかい?」
 そういう理由があるならば、自分は立ち去った方がいい。シャルロットは(あわ)ててアランから離れ、レオンに向かって腰を落とす礼をする。
「で、では私はこちらで失礼いたします。御機嫌よう、レオンさま」
「残りの時間、楽しむといいよ」
 レオンから初めて声をかけられて、舞い上がってしまいそうになる。アランに迫られたことには不快感しかなかったが、レオンから一言だけでもこうして自分のためだけの言葉をもらえたことは嬉しい。
 シャルロットは笑顔で(うなず)き、名残惜(なごりお)しい気持ちを抑えてパーティー会場へと戻っていく。
 人々のざわめきと楽団の音楽、そして会場の明かりの中に戻ると、心底ホッとした。あのままアランと一緒にいたら、貞操の危機に(おちい)っていたのは間違いないだろう。レオンが声をかけてくれたことを、シャルロットは改めて感謝する。
「シャルロット! まあ、どこに行っていたの?」
 知り合いの令嬢たちがシャルロットの姿を見つけ、声をかけてきた。まさかアランに連れ出されていたなどと答えるわけにもいかず、無難な理由を口にする。
「ちょっと外の空気を吸いたくなってしまって……」
「大丈夫? 気分でも悪くなったのかしら?」
「いいえ、大丈夫よ。心配してくれてありがとう。それに……」
 レオンの姿を見れたから、と続けようとしたシャルロットは、慌てて口を(つぐ)んだ。
 どんな理由があるのかはわからないが、あの様子だとお忍びでこの屋敷にやってきたのだろう。ならば会ったことを不用意に口にするのはよくない。
「どうかしたの?」
「い、いいえ、何でもないわ」
 友人たちは不思議そうな顔をしたが、それ以上問いかけてはこない。シャルロットは彼女たちと他愛(たあい)もない話をしながら、先ほどのレオンの姿を思い返す。皆の憧れの存在であるレオンの姿を見られたことは、とても満ち足りた気持ちにさせてくれた。
 そのパーティーのあと、アランがいかがわしい組織に関わっており、それにより逮捕されたという話を聞かされて、シャルロットはとても驚いたのだった。


 ――憧れの存在とは遠くから見るだけで終わるものだと思っていた。だが偶然というものは思った以上に数奇なもので、数週間後、図書館に出かけたシャルロットはそこで再びレオンと出会った。何か調べ物をしているらしく、背表紙を(なが)めながらゆっくりと歩き、時折気になった本を手にとってはぱらぱらと開いていた。
 あまり光が差さない薄暗い奥まったところでも、その容姿と存在感が周囲の注視を招いている。声をかける者はまだいなかったものの、主に女性たちが隙あらばレオンと接触を持ちたいと虎視眈々(こしたんたん)と機会を狙いつつ、牽制(けんせい)もしている視線が空間を行き()っていた。
 あんな視線に(さら)されていたら、自分ならばうんざりしてしまうだろうが、レオンは気にしていない――ように見える。注目されることに慣れていて、気にすることもないのかもしれない。
(それはそれで何だか大変そうだけれど……)
 結局自分も他の女性たちと同じようにレオンの所作に見惚れてしまっていたことに気づき、軽く首を振って絵本の書棚へと向かおうとする。するとすぐ近くに心細げに周囲を見回している子供に気づき、シャルロットは声をかけた。
「どうしたの?」
「お母さまと、はぐれてしまって……」
 シャルロットは子供と目線を同じにするために身を(かが)め、笑いかけた。
「大丈夫よ。私と一緒に探しましょう。お母さまのお姿を教えてくれる?」
 子供は心強い味方を得て、満面の笑みを浮かべる。直後、シャルロットの背後からレオンの声がかかった。
「迷子かい? だったら手っ取り早い方法があるよ」
「……っ!?
 予想もしていなかったレオンの声に、シャルロットは驚いて言葉をなくしてしまう。慌てて立ち上がると、レオンはシャルロットに笑いかけながら子供に手を伸ばした。
「レ……レオン、さま……あの……っ」
「いいから。ここは僕に任せて」
 安心させるような柔らかい微笑は、シャルロットの心をきゅんっとときめかせた。誰もが憧れる存在が、手を伸ばせば届くほど近くにいることが信じられない。
 レオンは子供を抱き上げ周囲を見回すと、声を張り上げた。
静謐(せいひつ)の時間を壊してしまうこと、申し訳ない。この子の母親はどこにいるか知っているかい?」
 レオンの言葉を受けて、館内がざわつく。そのざわめきの中から探し人がやってきたのはそれからすぐのことだった。
 母親は子供を見つけてくれたのがレオンだったことにずいぶんと驚いて恐縮したが、子供を抱きしめて何度も頭を下げていく。それをレオンは微笑ましそうに見返しながら、手を振る子供に小さく手を振り返していた。
(優しい人……)
 噂に(たが)わず、レオンは誰にでも優しいのだ。自分の立場や容姿など関係なく、見知らぬ子供だって見捨てない。そんなレオンを近くで見ることができて、シャルロットは嬉しくなる。
 この機会を逃さないでレオンと知り合いになれるように頑張ればいいのかもしれないが、何だかそれも抜け駆けをしているような感じで気が引けてしまう。何よりも、レオンがそんな自分の都合だけを考えて接触を持つ者にいい思いを持つとは思えない。それに(まと)わりつくような真似をして、レオンの調べものの邪魔をするのも嫌だ。
 シャルロットはレオンに向かって笑いかけながら、礼を言った。
「助けてくださってありがとうございました。私ではあんなに早くあの子のお母さまを見つけることはできませんでした。さすがレオンさまですね」
「そうかな? たいしたことはないと思うよ」
 (おご)らない言葉はレオンらしくて、シャルロットは小さく笑う。レオンが少し不思議そうにシャルロットを見返した。
「僕は何か変なことを言ったかな」
「……あ……も、申し訳ございません……! た、ただ、お優しいレオンさまらしいと思っただけで……」
 気分を害してしまったかと、シャルロットは慌てて弁解する。レオンはシャルロットをじっと見つめて言った。
「僕って、優しいのかな?」
「はい。今だって見も知らぬ子供のために手を貸してくださいました。レオンさまは誰にでもお優しいと皆が答えると思います」
 そんな質問を返されたことにシャルロットは驚きながらも即座に答える。レオンは自分の顎先を指で軽く(つま)んだ。
「誰にでも優しいっていうことは、誰でもいいってことにならないかな。それって逆転させるとすごく冷たい男じゃないかな?」
 なるほどそういう見方もできるのかとシャルロットは妙に納得してしまう。だがシャルロットは笑って続けた。
「本当に冷たい人だったら、私にそんな話をしないと思います。冷たい人は自分のことを冷たいなんて言いませんもの。だからレオンさまは、冷たい方ではありません」
 レオンは少し驚いたように軽く目を見開いて、シャルロットをまじまじと見返してくる。透き通る金茶色の美しい瞳に注視されるとどうしたらいいのかわからなくなって視線を背けようとするが、レオンの端整な顔立ちに見惚れてしまってそれもできない。
 シャルロットは思わず反射的に両手を上げ、自分の顔を(おお)ってしまった。

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