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王弟公爵は新妻溺愛病 ~旦那さまの秘密~

舞姫美

【第一章 プロポーズは突然に】 (1)


   【第一章 プロポーズは突然に】


 ――最初、星が降ってきたのかと思った。
 雲一つなく晴れている夜空には見事な満月が浮かび、星が(またた)いている。パーティーの喧噪(けんそう)から離れた庭に人気(ひとけ)はなく、そこを意中の人と散歩でもしたらずいぶんとロマンチックな気持ちになれるだろう。
 だが実際のところ、シャルロットはここ何度か社交の場でアプローチされているアラン・ヴォートマン男爵に上手い具合にここまで連れ出されてしまい、屋敷の壁に追い詰められていた。とてもロマンチックからはほど遠い状況だ。
 知人のパーティーに参加したときに初めて会って以来、アランは何かにつけてシャルロットに話しかけてきていた。はじめは至って紳士的でよく面白い話を聞かせてくれたりもして、普通に知人として対応していたのだが――ここ最近は恋の駆け引きを仕掛けてくるような会話や仕草が多く、シャルロットも困ってしまっている。今夜のパーティーでもアランはシャルロットの姿を見かけるとすぐさま近づいてきて、他の男性との会話など一切させないとでも言うように(そば)を離れることはなかった。(うわさ)好きの者たちがこの状況を見てどういうふうに広めてしまうかと心配になるほどだ。
 彼が自分に好意を持ってくれていることは十二分に伝わってくるのだが、その口説き文句がいつも外見ばかりを()(たた)えるもので、自分の容姿にしか興味がないことがありありとわかる。どうやら彼は見た目にこだわる(たち)らしく、それはシャルロットの思い願う恋人像からはほど遠かった。
 同時にシャルロットに対する情欲を隠さないことも、彼に対して苦手意識を抱く理由の一つだった。事実、こうして壁際に追い詰めて(すき)あらばシャルロットと肉体関係を結ぼうとしている魂胆(こんたん)が見える。そうでなければこんなに顔を近づけず、こんなふうに腰を抱き寄せて身体を密着させたりはしないだろう。
 強引に押しつけられる体温は、気分を悪くさせる。
 アランはシャルロットの胸元をねぶるようにじっくりと見つめている。胸元が開いたデザインでなくてよかったと、シャルロットは強く思った。
「美しいシャルロット。今宵(こよい)の君も、可憐(かれん)な花のごとくとても美しい。パーティーに参加している貴婦人たちの中でも、ひときわ目立っていたよ」
「そんなことはありませんわ……」
(おのれ)を知らないとは、本当に困るね。よからぬことを(たくら)んでいる者に、言葉(たく)みに夜闇(よやみ)に誘われたりしたらどうするんだい? 君は気づいてなかったのかな。君の美しさを手に入れようとパーティーの男たちが()めるように君を見ていたのを……」
 そんなふうに見ていたのは彼だけだし、よからぬことを企んでいるのも彼だけだと言い返したいのをぐっと抑えて、シャルロットは顔を(そむ)ける。だがアランの方はシャルロットの抵抗にまったく気づいていないらしく、肩から落ちている髪の一房を手にとって軽くくちづけながらうっとりと続けた。
「この(やわ)らかな曲線を描く金の髪、宝石のように美しい透明な緑の瞳、ふっくらと柔らかそうな頬と唇……華奢(きやしや)なのに女性らしい素晴らしい身体の稜線(りようせん)……ああ、本当に素晴らしい人だね、シャルロット……君はとても私好みの姿をしている……理想通りだよ」
 ふりほどいて突き飛ばしたい気持ちを何とか(こら)え、シャルロットは愛想笑いを浮かべる。
 こんなところで大きな騒ぎになり二人きりでいるところを見られたら、どんな噂を立てられてしまうかわからない。穏便(おんびん)に逃げなければ。
「な、何を(おつしや)っているのかわかりませんわ、アランさま。あの……少し離れてくださいませんでしょうか……」
「つれない人だ。私は君のことをこんなに(いと)おしく思っているのに、どうしてそんなにいつもつれなくするのだろう?」
 背けた頬に彼は唇を近づけ、くちづけようとしてくる。後ろは壁、片腕で腰を抱き寄せられたこの状態で逃げようと思っても、もがくことしかできない。シャルロットは渾身(こんしん)の力を込めて逃げようとしているが、小柄な身体では大の男を押しのけることがまったくできなかった。
 アランはそんなシャルロットの反応を楽しむかのように喉の奥で低く笑うと、耳の近くの髪にくちづけてくる。吐息が肌に触れて嫌悪感で全身に鳥肌が立ち、シャルロットは青ざめた。
「……ああ、君はいい香りがするね。こういうところもとても好みだ。もっと君の香りを知りたいな……」
「……い、や……っ!」
 シャルロットはアランの胸を強く押して、自分から引き()がそうとする。だがシャルロットの力ではびくともしない。こちらのそんな反応すらも楽しむかのように、アランが下卑(げび)た笑みを浮かべた。
 ――直後、アランの頭に星が降ってきたのだ。
(……え……!?
 キラキラとした輝きが、アランの頭上に降り注ぐ。これはいったいどういうことだと軽く目を(みは)ると、アランの髪が濡れてきらめきの(しずく)が頬から顎先(あごさき)まで(したた)り落ちた。
 フルーティーなアルコールの香りから、降ってきたものがシャンパンだと気づく。怒りの表情でアランが顔を上げるのと一緒に、シャルロットも彼の頭上を見上げた。
 ちょうど上はバルコニーで、そこから一人の青年が手すりから少し身を乗り出し、グラスを(かたむ)けていた。
 無礼な態度に文句を言おうとしていたアランは、しかしながらその姿を認めて絶句する。シャルロットも驚きに言葉を失った。
 白銀の柔らかな髪は、今宵の月の光を受けて淡く輝くようだ。こちらを見下ろす切れ長の瞳は金茶色で、月光を受けてますます透明度を増している。
 だがそこに浮かぶ光は侮蔑(ぶべつ)のそれで、見られたこちらが身を(すく)めてしまうほどに冷たく(するど)い。
 この美しく整った面を貴族階級で知らない者はまずいないだろう。シャルロットのような男爵令嬢ですら、彼の姿を滅多(めつた)に見ることがなくとも知っている。
(レ、レオンさま!?
 ――レオン・ヴォーコルベイユ。このデルヴァンクーラ王国国王の年の離れた弟だ。第二王妃の子で王位継承権第二位でありながら成人前に早々にそれを放棄(ほうき)し、ヴォーコルベイユ公爵家の養子となり、兄王の側近となっている。
 文武両道で、決して自分の力をひけらかすことなく、物腰も柔らかな人物で男女問わず人気が高い。シャルロットはそう頻繁(ひんぱん)に会うことはない高位の存在だったが、それでも社交界で会えれば密かに乙女らしい(あこが)れを抱く相手でもある。
 一度彼と一緒にダンスを踊れたらいいなと夢想したことは何度もあった。……無論、声をかけてもらうことなど今まで一度もなかったのだが。
 今夜のパーティーにレオンが参加しているとは聞いていなかった。いや、彼の姿はパーティーの中でちらりとも見なかった。
 もしも彼の姿が目撃されれば、女性たちが必ず騒がしくなるはずだ。まだ未婚で婚約者を定めていない彼の恋人になりたいと願う貴族女性は、数えきれないほどいる。
 レオンはグラスを手すりに置き、こちらを見下ろして微笑みかける。柔らかな微笑は美しく、誰もが見惚(みと)れてしまう。シャルロットは思わずぼうっと感嘆の吐息を漏らした。
「邪魔をしてしまったみたいだね。すまない。このシャンパンが口に合わなくて、どうにも困ってしまったものだから……こんな暗がりでご令嬢と紳士が一緒にいるなんて思わなかったんだよ」
 レオンの金茶色の瞳が、柔らかく細めれられる。(おだ)やかな物腰は変わらないのに、その瞳は射貫(いぬ)くように鋭くて、一瞬身が竦んでしまうほどだ。

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