誰にもいえない花嫁修業~甘い蜜の館~
第一幕 キスからはじまる花嫁修業 (3)
「心配するな。俺様がとっておきの教育係を斡旋してやる。――ジーク」
「はっ」
靴音も涼やかに歩み出た青年が、ヴィルジェニーを見てにこりと微笑む。
(――あ……)
優しい笑みに、とくんと胸が鳴った。それは王子とはまったくタイプは異なるものの、魂を抜かれるほど見目麗しい青年だった。
女顔の王子と違って、清冽で涼やかな男らしい美青年だ。艶めく漆黒の髪。瞳は澄んだ渓流を思わせる翠緑玉。すらりと背が高く、肩幅が広い。王立軍の精鋭であることを示すセルリアン・ブルーの軍装がピタリと決まっている。
健康そうな肌色で、唇がほんのり薔薇色をしているのが何ともいえずセクシーだ。
薄すぎず厚すぎず、絶妙なバランスの唇が優雅な微笑を浮かべるのを、ヴィルジェニーはほけっと眺めた。
「おい。婚約者の前で堂々と他の男に見惚れるな」
王子が不機嫌そうに鼻を鳴らし、ヴィルジェニーはハッと我に返って赤面した。
「すすすみませんっ」
「まぁ無理もない。ジークは確かに佳い男だ。俺も時々惚れ惚れする」
自慢げにそっくり返る王子に苦笑し、青年は胸に手をあてて一礼した。
「お初にお目にかかります。ジークリート・キュンツァーと申します」
「ジークは俺の秘書官だ。憎らしいほど有能だぞ。なんでもできるヤツだ。ついでに言えば結構な土地持ちの伯爵でもある」
「――あ。ヴィルジェニーです、どうぞよろしく……」
思い出しておずおずと差し出した手に、ジークリートは恭しく唇を寄せた。
礼儀正しく、キスする真似だけ。初めて顔を合わせた貴婦人の手に実際に唇を押し当てるのは、むしろ不作法とされる。

完全に作法に則っているのに、何だか残念な気がした。彼の綺麗な唇が手の甲に触れたら、どんな感触がしたのだろう……。ふと想像して顔を赤らめると、王子がいきなり立ち上がり、後ろからヴィルジェニーの腰に手を回して引き寄せた。
「いい度胸だな。俺の目の前で他の男に見惚れたうえ、恥ずかしそうに頬を染めるとは」
「え。あの、そ、それは……っ」
何と答えていいかわからず口をぱくぱくさせていると、美女たちがくすくす笑った。
「あらあら。殿下がお悪いのですわぁ」
「だからわたしたちはご遠慮しますって言いましたのに〜」
「殿下がおひとりで、にっこり笑って手を取れば、ヴィルジェニー様だってゆでだこのように真っ赤になったはずですわ」
「ほう、そうか。ではキスしてやろう」
「えええ!?」
唇――ではなく唇ギリギリの頬にキスされて、ヴィルジェニーは赤面した。
それを見て美女三人がキャアキャア騒ぐ。
「見て見て! ウサギさんがゆでだこさんになったわ!」
「キャー、可愛いっ」
「なんてウブなゆでだこさん!」
(いったい何なのこのひとたちはーっ)
どう見ても王子の愛人なのに、お妃つまりは正妻候補であるヴィルジェニーをまったくライバル視しようともしない。それとも、ライバルになどなり得ないと自信満々なのか。
確かに三人とも目鼻立ちのくっきりした華やかな美貌の持ち主だ。
胸は豊かに盛り上がり、ウエストはきゅっと引き締まり、腰は誇らしげに張り出している。同性ながら羨ましいほど抜群のスタイルだ。
「――何を泣きそうな顔してるんだ。おまえは王子の婚約者だぞ。もっと堂々としろ」
「す、すみません……」
後ろから肩ごしに睨まれて、ヴィルジェニーは口ごもりながら詫びた。
王子の顔がすぐ側にある。
(あ……。背はあまり高くないのね……)
ヴィルジェニーよりは高いが、男性としてはむしろ小柄なほうだろう。
小作りな顔立ちやすらりとした手足、王子らしく堂々とした立ち居振る舞いから『小さい』という感じは不思議としないが、並んで立てば実感する。
ヴィルジェニーをしげしげ眺め、ルドヴィク王子は顔をしかめた。
「それにしてもおまえ、小さいなぁ」
(あ、あなたに言われたくないんですけど……!?)
王子はいきなりヴィルジェニーの胸を鷲掴んだ。
「これではちょっと、いや、かなり物足りんぞ」
(ち、小さいって胸のこと……!?)
自分でもちょっと気にしているささやかな盛り上がりをむにむにと押し揉まれ、ヴィルジェニーは絶句した。平手を浴びせそうになる衝動を必死で押さえ込む。
(我慢! 我慢するのよ、ヴィルジェニー! 相手は王子、しかも世継ぎよ!? 平手打ちなんかしたら首が飛ぶわ! お父様まで打ち首獄門よ!)
屈辱と恥辱に全身全霊で耐えていると、美女たちが軽やかに笑った。
「大丈夫ですわ、王子様。これからどんどんお育ちになりますわよ」
「そうですわ。毎日コツコツ刺激を与えればよいのです」
「面倒だなぁ。俺は果実を食べるのは好きだが、育てることに興味はないんだ」
「わたしたちはちょうど食べ頃ですわ〜っ」
きゃあんと叫んだ美女三人が王子に抱きついて腰をくねらせる。あまりにあけすけすぎていやらしさを遥かに突き抜けてしまっている。ヴィルジェニーはただただ唖然とした。
「そうだ、ジーク。おまえがやれ」
「は?」
面食らった顔の秘書官に、こともなげに王子は命じた。
「おまえがヴィルジェニー嬢の胸を育てるのだ」
「なっ、何をー!?」
真っ赤になってヴィルジェニーは叫んだが、王子は意にも介さない。
「ついでに身体もよーく仕込んでおけ。俺は初夜からフルコースで目一杯愉しみたい。めそめそ泣かれては興ざめだし、丸太を抱く趣味もないぞ。それに毒味も必要だよなぁ?」
「……本気ですか」
「俺はいつだって本気だよ。知ってるだろ?」
ニヤリ、と王子は天使の美貌に小悪魔の微笑を浮かべる。
ジークリートは呆れたように眉根を寄せ、小さく嘆息した。
「御意」
「ええっ」
よくわからないが、何だかとてもまずいような気がしてヴィルジェニーは慌てた。
「ちょ、ちょっと待ってください。む、胸を育てるって何ですかっ」
「案ずるな、揉むだけだ。可哀相だから痛くするなよ。じっくり育ててやれ」
傍若無人な命令に、美貌の秘書官は慇懃な礼を返した。
「かしこまりました」
「なな何を言ってるんですかっ、わたし胸を揉まれたくなんかありません! そんなっ、夫でもない方に、か、身体に触れさせる……なんてっ……、ふ、不道徳ですわっ」
「まぁ、なんて清らかな方……!」
美女たちが感嘆して目を輝かせる。皮肉抜きの純粋な賛辞にヴィルジェニーはますますわけがわからなくなった。
酸素不足の魚のように口をぱくぱくさせるヴィルジェニーに秘書官がそっと耳打ちする。
「ヴィルジェニー様、ここは抑えて。下手に逆らわないほうがいい」
「ぅ……」
なだめるような顔で見つめられ、ヴィルジェニーは仕方なく頷いた。
確かにあまり頑固に逆らうと不機嫌になった王子が何を言い出すかわからない。
(きっと、この方がうまく取り計らってくれるわ……)
いくら主君に忠実だろうと、こんな無茶苦茶な命令に唯々諾々と従うはずがない。それとなく誤魔化してくれるだろう。
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