誰にもいえない花嫁修業~甘い蜜の館~
第一幕 キスからはじまる花嫁修業 (2)
「はーい、はーい、殿下! わたくし聞きましたぁ。殿下は百貫デブで両側から支えがないと歩けないんですってー」
「ほう」
「あたくしも聞きましたわぁ。殿下はおみ足が不自由でダンスが踊れないから舞踏会に一度も顔を出さないんですってー」
「ほほう」
「わたしも聞きましたわっ。殿下は昔の落馬事故のトラウマで馬恐怖症になってしまい、狩りに出られないんですってー」
「なるほど! そうだったのか!」
カラカラと王子は笑った。美女たちも一緒になって笑いだす。
「おっもしろーい! 殿下はこんなにスリムでスマートですのに」
「眩暈がするくらい、ダンスもすっごくお上手だし〜」
「馬を全力疾走させながら的を射抜けるくらい、乗馬も射撃もお得意ですのにねぇ」
変ですわぁ、変ですわぁ、と美女たちが騒ぐ。
「はっはっは。大方どこぞの王妃の差し金だろう。もう十年ばかり会っていないがな!」
「あたくしたちは殿下の本当のお姿を知っていましてよ〜」
「うん、うん。おまえたちが知っていればよい。宮廷雀など好きに囀らせておけ」
ルドヴィク王子は美女たちの髪を撫で、頬に音をたててチュッチュとキスした。
ヴィルジェニーはふたたびあんぐりと口を開けてしまった。
確かに、美女たちの言った噂はヴィルジェニーも聞いていた。仮にそれが本当だとしても、今さら断るわけにはいかない。そんなことをしたら父の立場が危うくなる。
それにしても、太っていて脚が不自由で馬恐怖症という噂はあったが、女好きという噂だけは一度も聞いたことがない。
それこそいいゴシップネタだろうに、いったいどういうことだろう?
「ん、どうした? ――ああ、こいつらが気になるのか。別に気にせんでいいぞ。こいつらは俺専属の女官どもだ。名前はフィーネ、エルナ、ローレ」
右の金髪美人、左の茶髪美人、後ろの赤毛美人、の順番にそれぞれがウフンと笑ってウィンクする。女官だなんて取り繕ったところで、どう見ても愛人だろう。
「それから、そこにぼさっと突っ立ってるのがパウラ」
(えっ、三人じゃなくて四人!?)
くいっ、と指さされて初めて気がついたが、王子の背後からしなだれかかる美女の斜め後ろには、やけに背の高い女性がひとり控えていた。異国風のヴェールで頭髪と鼻から下を覆っているので顔立ちがよくわからない。ヴェールの隙間から覗く瞳はハッとするほど鮮やかな空色だ。肌色が若干濃いようだし、もしかしたら外国人なのかもしれない。
「無愛想な奴だが、こう見えて閨では一番スゴイんだぞ」
王子が人を食った笑みを浮かべると、たちまち巨乳美女たちが体をくねらせて抗議する。
「ひっどぉーい。マッサージはフィーネが一番上手ですのに〜」
「エルナの寝技、褒めてくださったのは嘘ですのぉ?」
「嘘をつくお口はローレが毟っちゃいますわよ〜」
「はははっ、みんなかわゆいなぁっ!」
(……なっ……何……、何なの、この人……!?)
この人がリースフェルトの第一王子? 世継ぎの君!? わたしの婚約者……!?
妾を三人、いや四人もはべらせて高笑いしている、こんな人が……っ!?
唖然とするヴィルジェニーを尻目に、王子は三人の美女とイチャイチャしている。
その様子を、ひとりだけ離れたパウラが射殺しそうな目つきで睨んでいた。
(こ、怖い……っ!)
ヴィルジェニーは青ざめておののいたが、まったく気にせず王子は尋ねた。
「おい。何をそんなにぽかんとしているのだ」
「きっと、イメージのギャップにとまどっていらっしゃるんですわ」
左右と後方からしなだれかかりながら美女たちがくすくす笑う。
「そうか、俺は『偏屈な人嫌いで引きこもり』だそうだからな。うん、できることなら誰にも会わず、可愛いおまえたちと日がな一日寝室に引きこもっていたいぞ〜」
「いやぁん、殿下ったらぁ」
「そんなワガママおっしゃってはいけませんわ〜」
「わたしたちが国王陛下に叱られてしまいますぅ」
きゃらきゃらと美女たちが王子に抱きつく。
ヴィルジェニーは圧倒され、毒気を抜かれまくって眩暈がした。
(無理……。こんな人と結婚なんて、絶対無理……!)
頭がぐるぐるして立っているのもやっとのヴィルジェニーを眺め、美女たちはやけに無邪気にニコニコした。
「よかったですわねぇ、殿下。こんなに可愛い方をお妃にできるなんて」
「本当に可愛いわ。まるで小鳥のよう」
「あらぁ、ウサギさんよ〜。耳垂れウサギさんみたいに愛らしいわぁ」
「おお、ウサギは多産でいいぞ! ――しかし、そのわりに腰が張っていないな。こんな細腰では、子を産むときに苦労するのではないか?」
じろじろと腰回りを見られてヴィルジェニーは逆上した。
「そ、そんないやらしい目で見ないでくださいっ」
「「「きゃあっ、可愛いー」」」
三美女が黄色い声を張り上げる。ヴィルジェニーは頭が沸騰して倒れそうになった。
「ピンクゴールドの毛並みのウサギさんっ」
「緑がかった薄青色のお目目のウサギさんっ」
「ミルク色のすべすべお肌のウサギさんっ」
美女たちがいきなり迫ってきて、ヴィルジェニーはたじろいだ。
髪を摘まれ、瞳を覗き込まれ、肘丈の袖口から覗く腕をさすられる。
三人の巨乳美女は王子に向かい、嬉々として叫んだ。
「「「なんて素敵なお妃様! 殿下、おめでとうございます〜!!」」」
うむ、と王子は尊大に頷いた。
「おとなしげに見えて意外と気が強そうなのも可愛くて気に入った。しかし、いずれ王妃となるからには可愛いだけでは困るぞ。曲がりなりにも侯爵令嬢、女官として宮中に出仕していたくらいだ。そこそこ教養はあるはずだな。――おい、試しに歴代の国王と王妃の名前を上げてみろ。ついでに王妃の実家と嫁いだ当時の当主の名前もだ」
「えっ……、それは……」
国王だけなら何とか言える。だが、王妃のほうは全員は覚えていない。王は一代ひとりに決まっているが、王妃のほうは離婚や死別で複数いたことも多いのだ。
「それくらい立て板に水の勢いで答えられるようにしておくんだな。表面には出てこなくても、政治の水面下では妃方の系図が重要な意味を持っているのだぞ」
「はい……。申し訳ございません」
「おまえ、本当に世継ぎの王子の妃になる気はあるんだろうな?」
「も、もちろんです! 覚悟は決めました! だから、お妃教育と花嫁修業のために、デルブリュック公爵夫人のお屋敷に伺うつもりが、何故かこちらに……」
「当然だ。俺が迎えにやったんだからな」
「ええっ」
「馬車に王太子の紋章が入ってただろうが」
「あ、そういえば……」
婚約者だから疑問にも思わなかったが、よく考えれば確かに変だ。
「あんな化石ババアの躾けなんぞ受けんでいい」
フンと鼻を鳴らす王子にヴィルジェニーは目を剥いた。王子様のくせになんて口が悪いんだろう。仮にもデルブリュック公爵夫人は大伯母様にあたる方なのに!
非難の目つきをさっくり無視して、王子は背後を振り向いた。
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