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王の獲物は無垢な花嫁

夏川まどか

第一章 さらわれ、そして奪われ (2)

 腰まで伸ばされたまっすぐな銀色の髪。ほとんど灰色に近い青灰色の瞳。ぬけるように白い肌。ほっそりと小柄な体に清楚(せいそ)な衣服をまとったその姿は、まさしく白い鹿の化身のようだ。
「この娘を白い鹿にみたてて、狩りをすればいいではないか」
 アデルバートが言った。
「法律書には、獣の鹿とは書かれていないのだろう? ならば人でもいい。この娘を捕らえ、妻とした者が王となる。それでどうだ?」
 大臣たちは顔を見合わせ、ほっとしたようにうなずいた。
「たしかに、獣の鹿でなければならないという記述はございませんな」
「白い鹿の象徴として、この娘を狩りの獲物としても、さしつかえないでしょう」
「さすがでございます、アデルバート殿下」
 だが、一同がその提案に飛びついたところで、異議の声が上がった。
「お待ちください」
 クレメントだった。
「この娘を白い鹿にみたてるという点では、異存はありません。ですが、力ずくでは私のほうが圧倒的に不利。ここは一つ、条件を追加していただきたい。この娘の愛を勝ちとり、進んで妻となってもらった者が、王位に()くというのではいかがでしょう?」
「おもしろい」
 アデルバートの目が急にきらめいた。
「その勝負、乗ったぞ」


   ◇ ◇ ◇


「オルガ。今日のおまえは本当にきれいよ」
 母に言われ、オルガ・ステレアは無意識に目を上げて鏡を見た。
 鏡の中から、美しく装った花嫁がこちらを見ている。整った小さい顔を縁どる、まっすぐな銀色の髪。長い睫毛の下の、けぶるような青灰色の瞳。薄く色づいた控え目な唇。いつもと違う化粧をした顔は、まるで別人のようだ。
 自分の婚礼の日だというのに、他人事のような気分だった。
 夫となる相手のことを、よく知らないせいかもしれない。
 新郎のベネディク・カーロイは、下級とはいえ由緒ある家柄の貴族だ。一方オルガは、地主の家系で多少の資産はあっても、一介の平民。本来なら釣り合わない二人が結婚することになったのは、たまたまオルガがベネディクに見初められたからにすぎない。
 この結婚をいちばん喜んでいるのは、オルガの両親だった。オルガに決まった相手がいなかったのをいいことに、親同士で勝手に話が進められ、気がつけば今日、こうして婚礼衣装を着てここにいる。
 とはいえ、オルガ自身も、とくに不満があるわけではなかった。ベネディクは実直な好青年で、世間の評判もよく、オルガに好意をいだいている。手に職もなく、とくに取り柄のない自分にとっては、これ以上望めないほどのいい話だ。
「さあ、そろそろ時間よ」
 ヴェールを整えられ、軽く肩を抱かれて、オルガは小さくうなずいた。


 父に手を引かれ、ウェディング・アイルをしずしずと歩く。
 ヴェールで視界が(さえぎ)られているので、参列者の様子はよくわからない。
 進むうちに、祭壇の前で待つ新郎の姿が大きくなる。正装したベネディクは、少し緊張した面持ちで、期待に満ちた笑みを浮かべている。
 祭壇までたどり着き、父親から新郎へと引き継がれようとした、そのときだった。
 突然の轟音(ごうおん)にオルガが振り返ると、開け放たれた扉から、一頭の黒い馬が教会の中に躍りこんでくるのが見えた。
 馬上には若い男の姿。
 騎馬の男はまっすぐウェディング・アイルを駆け抜けると、オルガに向かってすばやく手を伸ばしてきた。
「きゃああっ!!
 やすやすと抱え上げられ、荷物のように膝に乗せられてしまう。
「邪魔立てはするな!」
 朗々とした声が教会内に響きわたった。
「私はフェノビアの王子、アデルバートだ! この娘は、今日から国のものとなる!」
 何が起こったのかわからなかった。
 悲鳴。怒号。入り乱れる足音や、物のぶつかりあう音。馬のいななき。激しく揺れる視界。腰にまわされた力強い腕の感触。
 駆け寄ろうとするベネディクの顔が見えたのを最後に、オルガの意識はぷつりと途切れた。


 目を開けると、豪華な模様の描かれた壁が見えた。
 壁ではない、天井――いや、天蓋だ。
 天蓋つきの寝台の上だった。
 恐るおそる身を起こしたオルガは、あたりを見回して思わず息を呑んだ。
 贅沢にしつらえられた広い室内。高い天井からは精緻(せいち)なシャンデリアが下がり、床には毛足の長い上等な絨毯(じゅうたん)が敷かれている。一方の壁には、浮き彫りの施された木製の重厚な扉。反対側の壁には大きな窓があって、外にバルコニーが見える。窓辺には優雅な意匠のテーブルと椅子が並べられ、そのテーブルの上では、大きな花瓶いっぱいに活けられた白い花々が、日射しを浴びてみずみずしく咲き誇っている。
 オルガが寝かせられていた寝台も、気後れするほど高級そうだった。天蓋の支柱や寝台の頭板は繊細な彫刻で飾られ、マットレスはほどよい硬さで、上掛けの生地やシーツはすべて絹のようだ。
 そこで初めて気づいたが、オルガはまだ婚礼衣装のままだった。ヴェールや靴は、どこかで落としてしまったのか見当たらない。だがドレスに乱れはなく、両手にグローブもしっかりはめている。
 そのことに少しほっとしたとたん、オルガは急に現実に引き戻された。
 ――いったいあれは、なんだったの? ここはどこ? あれからどのくらい時間がたったのかしら?
 不安に駆られて寝台から下りようとしたちょうどそのとき、扉が開かれ、侍女らしき女が盆を持って中に入ってきた。
「お茶をお持ちいたしました」
「あ、あの――」
 声をかけようとするオルガにかまわず、侍女は慣れた所作で部屋を横切ると、テーブルに軽食の支度を整え、すぐまた出ていこうとする。
「待って! 待ってください!」
 オルガは急いで寝台から飛び下り、侍女を追って扉に駆け寄った。
 だが、部屋から出ようとしたところで誰かにぶつかり、抱きすくめられるような格好で中に押し戻されてしまう。
「……っ!」
 射貫(いぬ)くような鋭い目が、はるか高みから見下ろしていた。
 きらめく金色の髪に、同じく金色の眉と金色の睫毛。その睫毛の間にある、底知れない緑色の瞳。彫りが深く、見事なまでに均整のとれた美しい顔立ち。上背も肩幅もあるが、豪奢なローブをまとった体には、無駄な肉は何一つついていないように見える。まるで野生の(ひょう)のように、しなやかで荒々しく、神々しい。
 つかのま目の前の青年に見とれていたオルガは、相手が教会に闖入(ちんにゅう)してきた賊だと気づき、慌てて逃れようとした。
「はっ、放してっ!」
 青年は素直に手を緩めた。
 オルガは寝台に駆け戻ると、身を守るように天蓋の支柱にしがみついて、震える声で問いかけた。
「――あ……あなたは、誰……? ここはいったい、どこなんですか?」
「教会で名乗ったが、聞いていなかったのか」
 青年は静かに扉を閉めて言った。
「私はこの国の王子、アデルバート。そしてここは、私の館だ」
「……王子……アデルバート……殿下……?」

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