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地味な剣聖はそれでも最強です

明石六郎

良縁 (2)

「然りだ、お前もこの五百年の修行で、世間一般では十分最強と言えるだけの実力が備わっておる。この赤子を一人前に育ててみよ、それも修行と思え」

 つまり、俺が一定の段階に達していると師匠に認められたということだった。

 師匠は女性の遺体を弔い、そして、布に包まれた赤ん坊を俺に託した。

「案ずるな、お前は儂の自慢の弟子。お前に教えた剣を活かすならば、赤ん坊一人育てるなど造作もあるまい」

「はい、師匠! この子を立派に育ててみせます!」

「うむ、我らにとってはまばたきのようなものだ。それまで戻るでないぞ」


 そうして突然赤ん坊を養育することになった俺だが、霞を食って生きている俺では赤ん坊に何かを食べさせることもできない。

 とりあえず人里を探すしかなかった。森を出た俺は赤ん坊を抱えて走っていた。

 見つけた道をひたすら走っていると、人がいる場所に辿り着いた。段々人通りが激しくなってきて、馬車などが混雑してちょっとした渋滞なども起きていた。その先に城壁に囲まれた大きな街が見えていたことで、俺の気がはやってしまったことは、正直否定できない。とにかく先へ進もうと、思わず馬車をひらりと飛び越えてしまったのだ。

「そこの者、止まれ! いくら赤ん坊を抱えているとはいえ、どこの家の馬車を飛び越えたと思っている!」

 馬車を飛び越えてそのまま道を走る俺を、その馬車を護衛していた少女が飛翔して追いかけてきていた。

 仙術ではない別の力によって、彼女自身の体から風が吹き出している。その速度は、俺が走る速さよりずっと上だった。

「その格好を見るに、この近辺の出身ではないだろうが、あろうことか我が主の馬車を飛び越えるなど、知らぬ存ぜぬでは許されぬ!」

 森を出て早々に揉め事を起こしてしまった。しかも全面的に彼女の言葉が正しい。乗っている馬車を飛び越えられて、いい気分になることはないだろう。

「本来なら腕の一本ももらうところだが……赤子を抱いているのだ、その都合は察するに余りある。我が主へ謝罪をするのであれば、慈悲もあるだろう。もちろん、抵抗するのならば腕の一本では済まさないが」

「いえいえ、ちゃんと謝らせていただきます」

 俺の外見よりもさらに幼い少女からの指示だったが、俺が悪いと自覚もあったのでおとなしく連行される。ほんの少し道を戻って、馬車の前で地べたに正座した。

「さあ、申し開きをするがよい」

 馬車の中でこちらを待っていたのは、正に貴族といった服装をした少女だった。

 怒っているというよりは、俺に対して好奇心を抱いているようである。

「すみません。知らないとはいえ貴女の馬車をまたいでしまいました」

「……いいわ、礼儀を知らないとはいえ、謝罪をしたのだもの。これに懲りたらこの家紋に無礼はしないことね。赤ん坊に感謝しなさい」

 赤ん坊を連れていたこともあってか、とても寛大だった。鞭で打たれることも覚悟していたが、俺が謝罪するとすんなり受け入れてもらえた。

「ありがとうございます」

 ここで機嫌を損ねられてはたまらない。俺は平伏し、許してもらったことへ感謝していた。

 そうしていると、何やら彼女はうれしそうに笑っていた。

「ねえブロワ。この野蛮な礼儀知らずも、おべべを着せて飼いならせば面白いかもしれないわね。見たところ、愚鈍でもなさそうだし……」

「ですが、このようなものを栄光ある……」

「ブロワ、私が決めたことよ」

「……承知しました」

 どうやら、俺は見た目相応の子供として扱われているらしい。嘘をつきたくはないが、年齢が五百歳とか言っても信じてもらえないだろう。ここは黙るのが大人の対応である。

「貴方、名前は?」

「白黒山水、と申します」

「シロクロ・サンスイ……確かに聞かない名前ね。いいわ、貴方を試してあげる。見たところ明日の暮らしもままならないんでしょう? 私の屋敷に来て試験に合格したら、そのまま雇ってあげるわ」

「いいんですか!?

「ええ、赤ん坊を抱えているし、そうそうにはね。それに、あくまでも試すだけ。簡単ではないから覚悟なさい」


 しかしそれが縁となって、良家のお嬢様に雇用してもらえることになったのだった。とはいえ、その経緯が穏当なものだったわけではないのだが。


「我が家に仕えるのであれば相応の荒事には対応できねば困る。一切の言い訳も許さぬ故に、試験は厳しいと知れ。無論、よい成果を出せば厚遇することもいとわん。案ずるな。貴様にもしものことがあれば、その赤ん坊もそれなりには面倒を見てやる」

 お嬢様に連れられ、屋敷に出向くと、お父様やお兄様から悪い虫扱いをされ、試験という名目で殺されそうになったのである。具体的に言うと、お父様はお兄様へ俺を殺すよう命じていた。

「よいな、あの子が止める前に殺せ。一撃でな。よいか、苦しめて殺そうと思うなよ」

「ええ、妹に手を出した汚い男には、後悔する暇も与えません……!」

 極力怪我をさせずに双方を抑えると、嫌々ながら実力を認められて護衛として雇われることが許されたのだ。


 拾った赤ん坊は俺の娘ということにしてレインと名付け、雇用者である貴族のソペード家からそれなりの教育をしてもらい、なんとか五歳までは不自由を味わわせることなく育てることができていた。その分仕事はとてもハードなのだが。

 お嬢様の護衛として日々無茶ぶりをされているし、お兄様がお父様の後を継ぐときのパーティーでは、余興として王家に仕えている近衛兵全員と戦わされることにもなった。

 おかげで王家とは因縁ができてしまったし、周囲からは特別視されてもいる。仙人になる前だったら喜んでいたかもしれないが、今の俺としてはあまり好ましくない事態だった。

 しかし、それも仕方がないのかもしれない。なにせ、人の世界で生きていくとはそういうことなのだから。


×   ×   ×


 そうして雇われてから五年が、近衛兵全員と戦って三年ほどが経過した。俺は相変わらずソペードの元で仕事をしていた。

 今はお嬢様が王家直轄領地に引っ越し、その近くにあるアルカナ学園へ通うということで、ソペード領地から王家直轄領までの道中及び滞在中の護衛を行っているところである。

「ねえサンスイ、この近くに山賊とか盗賊とか、殺してもいい輩っていないかしら」

 俺の護衛対象であり、直接の雇用者であるドゥーウェ・ソペード。

 移動中の馬車の中で退屈そうにつぶやいたひと言が、彼女の人柄の全てを表していると言ってもいいだろう。

 五年の付き合いの間で美少女からそろそろ美女になるであろう彼女は、性格の悪い貴族の令嬢を地で行く女性だった。急にこうなったわけではなく、五年前からこうだった。

 もちろん、退屈だという言葉にはそれなりに理解が示せる。特に読書が好きでもないお嬢様にしてみれば、のどかな道をひたすら馬車がトコトコ進んでいくというのは、さぞ退屈だろう。仙人になる前なら、俺もきっとそう思っていたはずだ。

「やっぱり馬車って退屈よねえ、刺激がないとやってられないわ」

 自分の手勢で盗賊や山賊を壊滅させる。貴族としては立派だと思うのだが、退屈しのぎで壊滅させられる山賊たちもなかなか哀れである。

「お嬢様、予定ではこの先の宿で一泊となっております。回り道を通るとなると、どうしても馬車の中でお休みいただくことになってしまいます」

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