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秘書室室長がグイグイ迫ってきます!

佐倉伊織

室長はサイボーグ (3)

「本当にすみません!」

 さらに謝罪の言葉を重ねてうつむくと、「何時から並んだ」と聞かれ、ビクッと震える。

「……七時、です」

「寒かっただろ。お疲れだった」

「えっ?」

 たっぷりと罵声を頂戴するはずだったのに予想外の言葉をかけられ、拍子抜けして思わず顔を上げる。

「今日、俺は社長に同行する。聡さんのほうのフォローは広瀬に任せる」

 彼はそう言いながら、心なしか顔をしかめる。

「はい。承知しました」

 なんて偉そうなことを言ったけれど、まだ新米の私には大してできることなどない。でも、彼が任せてくれるということは、私にもできる仕事のはず。だから精いっぱいこなすだけだ。

「それから、着替えは置いてあるんだろ? 早く着替えてこい」

「はい。ありがとうございます」

 私たち秘書は、高畑さんに指示されて、スーツ一式を会社に置いてある。それは、来客の際、決して汚れた服装で応対してはいけないという配慮から。

 もしかしたら、コーヒーをこぼすかもしれない。通勤途中で、今日のように濡れてしまうかもしれない。そういう事態を想定したもので、初めて彼に言われたときには、そこまで徹底するのかと驚いた。だけど、実際こうして役立っているのだから脱帽だ。

 更衣室に駆け込みスーツを着替えたものの、体は冷えたまま温まらない。それに、濡れた髪もどうにもならなかった。

 仕方なく、髪をひとつに束ねて秘書室に戻ると……。

「ほら」

 高畑さんにアツアツのコーヒーを出されて焦った。一番下っ端の私がしてもらうようなことではないからだ。

「あっ、すみません。ありがとうございます」

 蓬庵の開店を待っている間がつらすぎて、こんなさいな優しさに涙が出てきそう。

 うつむいてコーヒーを口にすると、彼が頭をポンとたたくから驚いた。

 失敗したのに、私。今日はどうしてこんなに気遣ってくれるのだろう……。

 それから席に戻り書類を片付けていた高畑さんは、十分ほどして立ち上がった。

「それじゃあ、あとは頼んだ」

「はい」

 いちご大福を持ち社長室に向かった彼を見送り、私はすぐに玄関に走る。そして社長の車の前で待っていると、やがて社長と高畑さんがやってきた。

 突き刺すような風が、まだ濡れている私の髪に吹きつけてきて凍りそうだ。我慢しているつもりなのに、体がガタガタ震えてしまう。

「行ってらっしゃいませ」

 後部座席のドアを開け頭を下げると、まずは社長が車に乗り込み、高畑さんが続く。すると彼はドアを閉めようとする私の顔を見て口を開いた。

「広瀬、すぐにメイクを直してこい」

「えっ?」

「さっさと行け」

 さっき着替えるときに直したつもりだったけど……。

「はい。すみません」

 いつもなら、車が見えなくなるまで頭を下げてから引き上げるけれど、高畑さんに急かされ、すぐに社屋に入った。

 それからトイレに駆け込んだものの、特にメイクは変じゃない。

「あっ……」

 もしかして、震える私に気がついて、中に入れてくれようとした? でもまさか、あの高畑さんが……。叱られた覚えしかない高畑さんにそんな優しくされるなんて、ありえないよ、ね……。

 これから専務に来客がある。その用意をしなければならない私は、首をかしげながらとりあえず秘書室に戻った。

 来社されるのは、以前専務が担当していた、とあるスーパーのトップだという。強固なコネクションが欲しいのか、あちらからアポイントを入れてきたけれど、専務は乗り気ではなかった。権力にすがりつく人が好きではないようだ。

 ――トントントン。

「どうぞ」

 専務にコーヒーを持っていくと、彼は難しい顔をして書類を読んでいた。

「コーヒーをお持ちしました」

 彼はとても優しい人で、私がコーヒーを持っていくとわざわざ視線を合わせて「ありがとう」と受け取ってくれる。

「高畑室長が社長に同行しましたので、本日は私が業務につきます。よろしくお願いします」

「うん、よろしく。高畑さんからたまに離れないと、息がつまる」

 彼は苦笑している。

「あはは……」

 たしかにずっと一緒は疲れそうだけど、高畑さんの仕事には隙がなく、専務は全面的に信頼している。きっと私の緊張をほぐそうと、そう言ってくれたのだろう。

「本日は『ヨクイどう』の社長が十三時にいらっしゃいます」

「うん。あれ、用意してくれた?」

「はい。でも、本当によろしいのですか?」

 専務の指示で、彼が勤めていた『プレッスルしょくひん』のバームクーヘンを用意した。といっても、スーパーに並ぶような商品で、大切なお客さまにお出しするのは……と戸惑いを覚えている。

「うん。あれは俺の友人が開発した商品なんだ。せっかく来てくれるんだから、営業するよ」

 取締役がいち商品の営業をするなんて驚いた。でも、通り一遍の挨拶しかしない他の取締役とは違う彼らしい。

 やがて十三時になり約束通りヨクイ堂の社長が訪れたので、コーヒーを準備する。

 社長には砂糖をふたつ。これは高畑さんの指示だ。

 既に話が弾んでいるところにコーヒーを持っていったあと、専務のうしろに立ち、会話を見守る。

「広瀬、パンフレットある?」

「はい、こちらに」

 バームクーヘンが載っているパンフレットは、当然準備済み。念のため、傘下のプレッスル食品から納入価の一覧表も取り寄せてあったけれど、それはどうやら彼の頭に入っていたようだ。さすが元トップセールスマン。

 話はとんとん拍子に運び、大口の注文まで取りつけた専務の力量には驚かされた。

 面談が終わりヨクイ堂の社長を玄関までお見送りしたあと、コーヒーカップを片付けに取締役室に戻った。

「お疲れさまでした」

「さすがだね。パンフレット、助かったよ」

 椅子に座った宮城専務は、私に笑顔を向ける。

「いえ、高畑室長の指示です」

 専務にバームクーヘンを用意してほしいと頼まれたタイミングで、高畑さんはすぐにパンフレットも取り寄せるように私に指示を出した。

「砂糖ふたつも?」

「はい」

「あの人はすごいな。頭が下がるよ」

 専務は、実力がある人には素直に首を垂れる。そういうところに親近感がわく。

「はい。私も室長に近づけるように頑張ります」

「いいよ。広瀬さんがあのサイボーグみたいになっちゃったら、魅力半減」

 彼は大げさに肩をすくめてみせた。

『サイボーグ』って……。でも、その通りかも。高畑さんはどんなときもほとんど表情を崩さない。

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