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イジワルな旦那様とかりそめ新婚生活

滝井みらん

愛を誓えますか? (3)

 恋人同士って感じじゃないとは思ったけど、融資って……政略結婚だったのか。だとしても、うちはともかく、天下の鷹司家になんのメリットがあるというのだろう?

 それに、よくあのお姉ちゃんが政略結婚なんて了承したものだ。私なんかよりずっと美人で頭もいいけど、ワガママで自分勝手な人だし……。きっと鷹司さんのお金目当てでオーケーしたのだろう。

 お姉ちゃん、最初から指輪もらって逃げるつもりだったでしょう?

「グズグズしている暇はないぞ。早く着替えろ、桜子」

 不意に鷹司さんに名前を呼ばれて身体がビクンと反応し、金縛りにあったかのように動かなくなる。

 鷹司さんと目が合うが、彼のメガネの奥の瞳がキラリと光ったような気がした。

 名前を呼ばれたのは初めてのはずだ。しかも呼び捨て。でも……その声の響きが懐かしい感じがするのはなぜだろう。

 なんだか……呼び慣れてない?

「桜子、時間がない。一家揃って路頭に迷いたくなければ、早く仕度をしろ」

 冷たい口調。

 主導権は完全にこの男にある。うちの財政状況は知らないけど……父が黙ってしまったということは……かなりヤバいということなのだろう。

 私はいいとして……優雅な生活しか知らない両親が路頭に迷ったら……。想像するだけで怖い。今は私が家事を全部やっていて、お嬢様育ちの母は料理も洗濯もしたことがないし、働いたことすらない。

 父だってプライドがあるし、五十を過ぎて今さら人の下で働けるはずがない。

 姉は父の会社の役員だけど、肩書きだけで毎日遊んで暮らしているし……。

 今だけ私が花嫁のフリをすればいいのよね? 式が無事に終われば、あとはお父さんたちがお姉ちゃんを連れ戻してなんとかしてくれるはず……。

「……わかりました」

 私が覚悟を決め、鷹司さんを見据えて返事をすると、彼はフッと微笑して秘書の榊さんと一緒に部屋を出ていった。

 私はすかさず、思い切り深呼吸した。この数分間、息を吸うのにも気を遣って生きた心地がしなかったのだ。だが、ここでホッとしている場合じゃない。結婚式の時間が迫っている。

「まさか、私がこれを着ることになるなんてね……」

 私は盛大なため息をつくと、ハンガーにかけられた純白のウェディングドレスに目を向けた。

 フランスの有名デザイナーに作らせたというこのドレス。流れるようなドレープも、胸元の開いたデザインも素敵だけど……自分が着るとなると話は別。

 姉は胸もあるし、身長も百五十八センチの私よりも十センチも高くてスタイルもいい。でも、私が着たら……ドレスがずり落ちそう。

 ハーッともう一度深いため息をつくと、私は覚悟を決めてドレスを手に取り、フィッティングルームに入る。

 自分が着ていたピンクのワンピースを脱いで、ウェディングドレスに着替えるが、悲しいことに、予想以上に胸がブカブカ。

 私はフィッティングルームのカーテンから顔だけ出し、そばで控えていた着付け師に遠慮がちに声をかけた。

「……すみません。胸がブカブカで……」

 着付け師は何も言わずに、素早く私の胸元に何枚かパッドを入れる。

 ……無言でされると、余計に屈辱的。

 恥ずかしくて顔が赤くなる。

 ところどころピンでとめてサイズを調整すると、今度はヘアメイク。ローズ系の口紅やマスカラ、チーク……普段しない化粧を施される。

 皮膚呼吸できるんだろうか。

 そんな心配をしながら、メイクが終わるのをじっと待つ。

 ……役者みたいな仕上がりになっている気がしたが、よくよく鏡を見ると、そこには知らない自分がいた。

 子供みたいに真ん丸の目は、茶系のアイシャドーの効果で大人っぽく見えるけど、まだまだ子供が化粧されている感じ。姉に似ているような気がするけど……やっぱり姉みたいに綺麗にはなれない。

 それからセミロングの髪をアップにされ、白とピンクの花飾りをつけられる。メイクが終わった私を見て、母が「綺麗よ、桜子」と連呼した。

 親にお世辞を言われると、なんだか自分がむなしくなってくる。

 なんだろう、この茶番。悪夢でも見てるのかな?

 暗い気持ちでチャペルに向かい、父と一緒に足取り重くバージンロードを歩いた。

 姉のためにオーダーメイドで作られた有名ブランドの靴は、詰め物をしても歩くたびにカプカプして、優雅とはほど遠い歩き。うつむきながらペンギンのように歩く私の姿は、参列者の目にもきっと無様に映っているに違いない。

 姉じゃないってバレたらどうしよう。人から私と姉は顔が似てるなんてよく言われるけど、自分では全くそうは思わない。どうかバレませんように――。

 私は小さい頃から美人の姉と比較され、『地味な桜子』と陰で言われ続けてきた。きっと、鷹司さんもそう思ってるはず。私を代役に選んだことを後悔しているだろう。

 十数メートル先にいても、彼の視線を強く感じる。

 ふと顔を上げると、私の視線の先にいる彼は、冷めた表情で私をじっと見ていた。

 きっと姉のほうがよかったと思っているに違いない。

 私もこんな風に結婚式なんてやりたくなかったよ。私にだって……それなりに夢はあったのだ。

 好きな人とふたりだけでひっそりと結婚式をして……新婚旅行はイギリスで古城と美術館巡り。

 あ~あ、二十メートルのバージンロードが数百メートルにも感じる。みんなが地味な私を見ていると思うと……これはごうもんだ。きっと姉なら、王女様のように堂々と華やかに歩いただろうな。

 でも、幸いなことに『薫子じゃない』なんて声は聞こえてこない。今のところうまくごまかせている……そう思いたい。


 * * *


「では……誓いのキスを」

 最悪な結婚式の式次第を振り返っていると、神父のその声が突然耳に届いて、ハッと我に返った。

 え? キス? ええ~!

 うろたえずにはいられない。

 式の流れを思い出す前に、鷹司さんが左手で私の腰をつかみ、私のあごに手を添える。

 肝心なことをすっかり忘れていた。打ち合わせする時間なんてなかったけど、キスするフリだけだよね?

 少しおびえながら逃げ腰で鷹司さんを見ていると、かすかに彼のくちびるが弧を描いた。

 次の瞬間、彼の顔が近づいて私の唇に触れる。柔らかい感触がしたかと思ったら、フワッと甘い香りが漂った。

 う…そ……。本当にするなんて。

 私は驚きで目を見開いたまま、鷹司さんをぼうぜんと見つめる。

 彼は私と目が合うと、フッと微笑した。面白がっているようなその表情。

 この冷血メガネ男、何考えてるの? 姉が逃げたから、その腹いせに私をいじめて楽しんでるんだろうか? プライドが高そうだし、姉の逃亡は彼にとって、すごく屈辱だったはず。

 でも……何かが引っかかる。彼のこの余裕顔と今のキス。

 梅園桜子、彼氏いない歴=実年齢。

 人生初のキスは、微かに甘い桃の香りがした。

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