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イジワルな旦那様とかりそめ新婚生活

滝井みらん

愛を誓えますか? (2)

 チラッと壁時計に目を向ければ、時計の針は一時三十分を指している。式の時間は午後二時。開始まであと三十分しかない。

 壁時計の音はかなり小さいはずなのに、カチカチと大きな音で時を刻んで私にプレッシャーをかける。

 花嫁なしの結婚式なんてあり得ない。私はパニックになっていた。

 一方、母はあんぐりと大きく口を開けたまま放心状態。おっとりしていて脳内がいつもお花畑のような母は、こういう時全く役に立たない。

 私は黒いバッグからスマホを取り出して姉に電話をかけるが、電源を切っているのかつながらなかった。

「ああ~、もう~。お姉ちゃん、何やってるの!」

 いても立ってもいられなくて、私はスマホに向かって悪態をつく。

 念のため、その後も電話をかけたり、メールやLINEラインをしてみたけど、なしのつぶてだった。

「お母さん……お姉ちゃんと連絡取れない。どうしよう……」

 式の時間が迫っているのに姉と連絡がつかず、私は青ざめた。

 あたふたしている間に、担当のウェディングプランナーの女性もやってきた。

 着付け師から話を聞いていたのか「お式、少し遅らせますか?」なんて私たちを気遣う提案もしてくれるが、姉に戻る意志がなければ意味がない。

「すみません。ちょっと待ってください」

 私が決めてしまっていい問題ではない。

 ウェディングプランナーの女性に軽く頭を下げると、父の携帯に電話する。だが、繋がらず、姉が消えたので早く控え室に戻るようにとメッセージを残した。母は放心状態だし、とりあえず父を待つしかない。

 お父さん、早く戻ってきてよ!

 スマホを握りしめ、じっと父を待つ。その間、ウェディングプランナーはスマホで誰かと話して綿密に会場の最終確認をしていたが、その様子を見ているといたたまれなくなった。

 ウェディングプランナーだって必死だよね。今日の式の新郎がこのホテルの社長なんだもん。失敗は許されない。だけど、お姉ちゃんがトンズラした以上、式をやる可能性なんてないのだ。

 あわれ、ウェディングプランナー。恨むならお姉ちゃんを恨んでね。

 それにしても、お父さんはまだ? 一秒がすごく長く感じるんだけど……。

 背中に嫌な汗をかきながら壁時計の秒針を目で追っていると、バタンとドアが開く音がした。

「おい、薫子の準備はできたのか? 鷹司さんがドアの前で待ってい――」

 気まずい空気が流れるこの部屋に、父がドアを開けて入ってきた。そして、まずドアの前にいる私と母に目を向けると、次に姉の姿を探して辺りを見回し、最後にドレッサーの鏡を見て目を見開いた。

「これはどういう……」

 言葉を失い、絶句する父。どうやら私の電話のメッセージは聞いていなかったらしい。当然、そういう反応するよね。お姉ちゃん、逃げちゃったんだもん。

「お姉ちゃん、いなくなったみたい。スマホも繋がらない。……どうする、お父さん?」

 いまだにショックで声を発しない母に代わり、私は動揺しつつも状況を父に伝える。

「お父さん、もう時間がないよ。鷹司さんがチャペルに行く前に事情を説明して、中止ってつ――」

 伝えて……と、私が言いかけたその時、ゾクリと悪寒がして鳥肌が立つと同時に、ドアが勢いよく開いて冷血メガネ男が無表情で部屋に入ってきた。その動きは優雅で無駄がなく、彼の後ろにひるがえるマントの幻が見えるほど。彼の後ろには、さかきさんという二十五歳くらいの、茶髪で長身の男性秘書がいる。

 冷血メガネ男はドレッサーの鏡に目をやると、その形のいい目を細め、私を見た。

 ひょえ~!

 私の身体は、ふるえ上がり、カチンと凍りつく。

 ……魔王降臨だ。怖い……。なんか冷気が漂ってるよ。彼の背後に、暗黒軍団でも従えてそうな雰囲気なんですけど。

「中止にはしない。俺に恥をかかせるな」

 周囲の空気をも凍りつかせそうな冷たい声に、身がすくむ思いがした。

「……このたびは……薫子が……申し訳ありません」

 父が鷹司さんの登場に動揺しながら、じゅうたんに両手をついて土下座する。

 父が土下座する姿なんて初めて見た。

「代理を立てればいいだろう」

 鷹司さんの手がスーッと空を舞ったかと思えば、その長くて綺麗な指先がピタッと私を指して止まる。

「え? 私?」

 ビックリして鷹司さんの指を凝視する私。自分でもかなり間抜けな声が出たと思う。

 私が……代理? この人、気が触れたの? 参列者じゃないのよ、新婦だよ? 今日の大事な主役なのに~! 無理です、無理!

 心の中でそう反論するが、口に出して言うほど私も空気が読めない女ではない。

「どうしても中止にしたいのなら、融資の件は白紙に戻す。いいのか?」

 鷹司さんは父に目をやったあと、今度は私を意味ありげにじっとえてくる。氷の剣のように鋭く、冷ややかなその瞳から逃げようとしても逃げられなかった。

 私……何も聞いてないけど、〝融資〟ってどういうこと? お父さんの会社って危ないの?

 父の会社、うめぞのしょうかいは創業明治十六年という長い歴史を持つ貿易会社だ。ほんばしに本社があり、国内外に二十の支社を持つ会社で、支社を含めると社員数は五千人を超える。梅園家は元男爵家で今は東京に居をかまえているが、もともとはよこはまに家があり、外国との交易で財を成したらしい。

 今住んでいる東京の家はそうの時代に、当時有名だったイギリスの建築家にデザインしてもらった洋館で、窓はステンドグラス、中の調度品もイギリスから取り寄せ、その歴史的価値は高くて値をつけられないほどだ、って父から聞いている。父が子供の頃は、十人くらい使用人がいたらしい。

 鷹司家ほどではないけど、梅園家もそこそこの名家なのだ。いや、〝名家だった〟と言うべきなのかもしれない。

 先代の社長である祖父は婿むこ養子でしっかりした人で、経営者として社員から尊敬されていたけど、三年前に他界した。それで長男の父が会社を継いだのだが、お坊ちゃん育ちで優柔不断な父は、決断力に欠けて経営には向いていなかったのかも。

 昔いた使用人も、今はみんないなくなっちゃったしね。

 去年、お手伝いのおばさんと庭師のおじさんが辞めてしまったのは、歳のせいではなく、経営難のせいだったのだろうか。家計まで苦しくなるってことは、よほど業績が悪いのかもしれない。

「……桜子、頼む」

 父が顔を真っ青にしながら、私に向かって頭を下げる。そのすがるような目を見てしまっては、『無理』と面と向かって言えなかった。

「お父さん……」

 私は困惑しながら、まだ顔を上げない父の姿をじっと見る。

 この結婚……おかしいと思ったんだ。お姉ちゃんと鷹司さんは同級生だから、その流れで恋愛関係になったのかなと思っていたけど、顔合わせの時、ふたりはお互いの目を見て話さなかった。お姉ちゃんは二カラットの大きなダイヤをじっと眺めてニマニマしていたし、鷹司さんはひと言あいさつしただけで、三十分くらいで仕事とか言って、秘書と一緒に帰っちゃったし……。

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