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イジワル婚約者と花嫁契約

田崎くるみ

第一条 今すぐ俺を好きになること (3)

「あっ……」

「っ、バカ!」

 後ろも見ずに彼の様子ばかりうかがっていると、石とじゃすきにつまずき、視界がゆっくりと反転していった。

 普段だったら、どうにかバランスを保っていられただろう。だけど今の私にはそんな技は高度すぎてできない。

 なんていったって窮屈な着物に加え、慣れないぞういているのだから。

 これ、絶対ヤバいパターンだ。

 しりもちをついて痛い思いして、高い着物を汚して……。さらに彼に笑われるという最悪なオプション付き。

『天罰が下ったんだ』とか『ざまーみろ』とか言われて、バカにされちゃいそう。

 そのすべてを覚悟し、まずはこれから襲ってくるであろう痛みに耐えるように、歯を食いしばったときだった。

 勢いよく伸びてきた手に腕をつかまれ、身体は前方へと引っ張られていく。

「キャッ……」

 行き着いた先で感じたのは筋肉質な胸板と、鼻をかすめるアクアブルーの爽やかな香り。

「っぶねぇな。何やってんだよ」

 そして、すぐに頭上から聞こえてきた心地よい低音ボイス。吐息交じりのその声に、心臓が飛び跳ねる。

 彼は私を包み込むように、私の背中にしっかり腕を回している。

 顔を上げると、あきれた様子の彼と目が合ってしまった。

「二十四歳にもなって落ち着きがないとか、シャレにならないぞ」

 高鳴りだす胸のどうと、一気に熱くなる身体。

 密着している状態ってマズい。ドキドキしているのも、身体がっているのも、全部彼に伝わってしまうもの。だから早く離れなくちゃ。

 頭ではわかっているのに、動揺しすぎて手足が言うことを聞いてくれない。

 それに、背中に回っている腕の力はなぜか緩むことなく、いまだに抱きしめられたまま。

「なんだよ、その顔」

「え?」

 彼はさらに距離を縮め、あやしい笑みを浮かべながらささやいてきた。

「俺のこと、〝意識してる〟って顔してる」

「ちがっ……!」

 口では否定するけれど、きっと彼にはすべて見透かされているだろう。

 その証拠に、彼は「クククッ」と声を押し殺して笑っているし。

 いたたまれなさと恥ずかしさなど、いろいろな感情が入り交じり、おかしくなりそうだ。でも、いつまでもこの状態のままいるわけにはいかない。

「助けてくれて、ありがとうございました!」

 とげのある声でお礼を言い、勢いよく彼から離れると、彼はますますおかしそうに笑みを浮かべている。

「可愛いなぁ、その反応。純粋な子供みたいで」

 私のどこが子供だって言うのよ! れっきとした二十四歳なのに!

 沸々と湧き起こる怒りをグッとこらえる。ここでまた感情のままに動いてしまったら、より一層彼にバカにされそうだから。

「じゃあこんな子供相手にお見合いなんて、とんでもない話でしたね」

「は?」

 さっきまで笑っていた彼が、突然顔色を変えた。

 また怯みそうになりつつも、自分を奮い立たせて負けじと彼を睨みつけた。

「だけど私も同じです! 二重人格の人と結婚なんて、あり得ません。お互い期待外れだったようですし、このお話はなかったことにさせていただきます! さようなら!!

 話しているうちに、次第に険しさを増していく彼の表情を見ていたら、あっという間に闘争心など薄れてしまい、さっさと逃げることにした。

 もう無理無理! 俺様で強引な人と結婚とか、死んでも考えられないし。

 彼に背を向け、彼から遠ざかるべく必死に歩を進めるも、思い起こせば今の私は着物姿。

「待てよ!」

 追ってきた彼に、あっという間に腕をつかまれてしまった。

「むっ、無理ですから!」

 解放されたい一心で必死にもがくけれど、動けば動くほど彼は腕をつかむ力を強めていく。

「悪いけど、なかったことになんてできないから。……さっきも言っただろ? 『今すぐ俺を好きになれ』って」

 その言葉に、もがく力を失ってしまう。

 初対面の相手に、『好きになれ』なんて軽々しく言って、ふざけた人。おまけに偉そうだし、失礼だし。

 そう思っていたのに……。

 腕をつかまれたまま、私は彼の瞳の奥を覗き込む。

 真剣な面持ちで、とても冗談を言っているようには思えない。

 でもどうしてなの? 今日会ったばかりだし、気に入られるようなことも一切していない。外見だって、ひと目れされるような美貌じゃないのに。

「あの、どうして私にかまうんですか? 上司に言われて仕方なく……ですか?」

 佐々木さんなら女性のほうが放っておかないはず。職場でだってモテているに違いない。

「理由があって断れないなら言ってください。そこはうまく父に伝えますから」

「違う!」

 声を荒らげた彼に、身体が強張って息をむ。

 すると彼はハッとして大きく息を吐き、「悪かった」と呟くと、つかんでいた腕を離してくれた。

「〝俺が君を気に入った〟って理由じゃ、納得できない? 両親からそう聞いてると思うんだけど」

「そう聞いていますけど、信じられません」

 写真を見て好感を持ってくれたのもに落ちないけど、たとえそうだったとしても、さっき私の笑顔が『気持ち悪い』って言ってたじゃない。食事の席でも、私がうまく話せなくて、会話も全然弾まなかったし。

 なのに彼は『あり得ない』とでも言いたそうに顔をしかめた。

「どうして? いいと思っているからこそ、こうやって君の前で素の自分をさらけ出しているし、『好きになれ』って言っているんだけど」

 いえいえ、それイコール〝気に入っている〟には結びつかないと思うんですけど。そもそも、魅力を感じている相手に、そんな俺様な本性を出しちゃってもいいわけ?普通は隠すものじゃないの?

 言っていることとやっていることが、めちゃくちゃな気がしてならない。

「気に入ってくださったなら、もっと丁寧に接するものじゃないんですか?」

 つい本音が漏れてしまった。

 すると彼は、考える間もなく答えた。

「隠さないだろ。……恋愛するなら、ありのままの自分で向き合いたいし。偽りの姿を好きになってもらっても、嬉しいとは思えない」

 清々しいほどの言い草。

 だけど、彼のまっすぐな言葉が、なぜか私の胸に音を立てて侵入してきた。

『偽りの姿を好きになってもらっても、嬉しいとは思えない』

 まるで自分のことを責められているような気がした。

 私は素直な気持ちを相手に伝えることが苦手だし、素の自分なんてなかなか他人に見せられないから。現にこのお見合い話が舞い込んできたときも、相談できる友達はいなかった。

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