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イジワル婚約者と花嫁契約

田崎くるみ

イジワル婚約者と花嫁契約 / 第一条 今すぐ俺を好きになること (1)

イジワル婚約者と花嫁契約


第一条 今すぐ俺を好きになること


「今すぐ俺を好きになれ」

「はい?」

 さっきからひたすら浮かべていた作り笑いも、意味のわからないことを突然言われて、一瞬にして消えてしまった。

 五月中旬。春の陽気もそろそろ終盤に差しかかった今日この頃。

 私は窮屈な着物姿で、誰もが知っている有名なかっぽう料理店の庭園内を、一緒にいたくもない人と歩いていた。

 池へと続く踏み石の上を歩いていた足は止まり、ポカンと口を開けたまま、まばたきもせずに彼を凝視する。

 目の前にいるお見合い相手は、口の端をり上げ、不敵な笑みを浮かべた。

「やっとまともな顔になった。ずっと気になってたんだよ、お前の気持ち悪い笑顔が。目の前で見せられて、どれだけ食欲を失ったか」

「なっ……!」

 なんて失礼な……っ!

 とっこぶしを握りしめると、この男はますます意地悪く顔をゆがめた。

「いいね、その顔。俺、そういう顔にグッとくるんだよね。結婚したら、その顔で見上げてほしいな」

 なんなの、この人! さっきまではずっと爽やかな笑顔だったのに、ふたりきりになった途端、態度が全然違うじゃない。

 私は今、この目の前にいる男とお見合いをしている。

 食事のときまで一緒にいたお互いの両親や仲人なこうどさんたちに『あとは若い人たちだけで……』とお決まりのセリフを言われ、この立派すぎる庭園に放り出されたのだ。

「とにかく、今すぐ俺を好きになってくれない?」

 先ほどまでのことを振り返っていると、再び耳を疑うような言葉が聞こえてきた。

「……冗談ですよね?」

 引きつった顔で問いかけるも、彼は至って真面目な顔で答えた。

「バーカ。冗談で言うかよ」

『バカ』って……あり得ない。なんで初対面の相手に、こんなことを言われなきゃいけないの!?

 さっきからびっくりすることばかり言う彼を、ムッとしながら穴が開くほど見つめてしまう。

 すると彼は私をバカにするように、ニヤリと口角を上げた。

「そんなに見つめるなよ。近い将来、嫌でも毎日顔を合わせるんだから」

 こんな偉そうな態度で何言ってるんだろう、この人……。『好きになれ』とか言いながら、本当は嫌われたがっているとしか思えない。やっぱりお見合いなんて、しなきゃよかったかな。

 そう心の中でつぶやくと、一週間前のことが脳裏によみがえってきた。


   


「え、お見合い? ……私が?」

「あぁ、どうかな?」

 夕食を終え、両親とひと息ついているときだった。お父さんが急にそんなことを言いだしたのは――。

 飲んでいた紅茶をあごを上げてなんとかのどに流し込むと、肩まで伸びた髪がほおに触れてくすぐったい。目の前でニコニコと穏やかに笑う両親を、髪を耳にかけながら凝視してしまう。

 いちあか、二十四歳。両親と、十歳も歳が離れた兄との四人暮らし。

 両親は起業家で、兄もまた自分で起ち上げたIT会社を経営している。おかげさまで、昔から恵まれた環境で生活してきた。

 そんな私は、『完璧な令嬢に違いない』と思われてしまいそうだけど、残念ながら至って平凡なОLだ。

 身長も百五十五センチと標準的なスタイルで、髪の毛だってサラツヤにはほど遠いクセッ毛。顔だって目鼻立ちははっきりしておらず、『灯里に似た友達がいる』と度々言われるくらい、どこにでもいるような容姿だ。

 おまけに特にこれといった特技や才能があるわけではなく、大学卒業後は起業した兄の会社で働いている。

 よく周囲から、家族の中でひとりだけ毛色が違うことを不思議がられるけれど、それは当たり前だった。

 なぜなら私は家族の誰とも、血がつながっていないのだから。

 幼い頃、両親を事故で亡くし、ふたりとも親戚などがいなかったため、身寄りのない私は数年間を施設で過ごした。

 今のお母さんはどうしても女の子が欲しかったものの、出産できない身体になってしまい、私が六歳のときに養子として迎えてくれたのだ。

 小さい頃から、自分から人に話しかけるのが苦手なタイプだった。両親を亡くしてますます内気になってしまい、人が大勢集まる場所は避けちゃうし、初対面の人とはうまく話すことができない。

 友達にさえ、なかなか自分の本音を打ち明けることができないのだ。

 そんな私だから、最初は新しい生活にまどいがあったけど、両親は優しくて兄も可愛がってくれたから、なんとか新しい生活にむことができた。今では私にとって家族は、かけがえのない存在だ。

 特に両親のことは尊敬している。ふたりとも、おっとりしていて人のよい性格で、いつも私や兄のことを一番に考えてくれる。つらいときは手を差し伸べてくれて、ひとつのことを成し遂げられた際は、思い切りめてくれる。

 その両親から、まさかいきなりお見合い話を持ちかけられるとは夢にも思わなかったわけだけど、これって冗談じゃないんだよね?

 目の前でニコニコと笑うお父さんに、自分自身を指差しながら恐る恐る問いかけた。

「それって、本当に私に来た話なんだよね?」

「もちろん。ほかに誰がいるんだ?」

 すぐに返ってきた言葉に、ぜんとしてしまう。

「え……ちょっと待って。私まだ二十四歳だよ!? お見合いするような歳じゃないと思うんだけど」

 兄の会社に入社して二年。覚えることはまだまだあって、決して一人前とは言えない。でもその生活も楽しいと思えて、忙しい毎日に充実感を覚えていた。

 なのに、いきなりお見合いだなんて……。

 ふたりとも、遠回しに『早く結婚して家庭に入れ』と言いたいのだろうか?

 そう思うと、つい本音がれてしまった。

「それに私、まだ仕事したいし……」

 中途半端なまま辞めるのは嫌だし、この歳で家庭に入るなんて考えたことなかった。

 でも両親の思惑は違ったようで、ふたりともキョトンとしちゃっている。

「灯里、小さい頃よく言ってたじゃないか。『将来はお嫁さんになりたい』と。なぁ?」

「えぇ。すごく素敵な人なのよ」

 小さい頃って、一体いつの話をしているの?

 両親がのんに目を合わせて会話する姿に、開いた口がふさがらない。

 お父さんとお母さんのことは大好きだ。優しくて、理想にしたいくらい夫婦仲がいい。ずっと本当の娘のように育ててくれたし、いつも私の意見を尊重してくれている。

 まぁ……その結果がこれなのかもしれない。

 小さい頃に語った幼い子供の夢をみにして、お見合いをセッティングしちゃうんだから。

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