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エリート医師の溺愛処方箋

鳴瀬菜々子

酒と美男と、隠された事実 (3)

 この先、こんなに素敵な人には、たとえ偶然でも出会えないと断言できる。

「私は……瑠花」

「瑠花? れいな名前だね。君によく似合ってる」

 サラリと言えるのがすごい。

 あ、そうか。彼も一度潰れるほどに飲んでいたっけ。きっと相当酔っているはずだ。

「……あなたは?」

 会って一時間は経つのにようやく名前を聞き合うのが、なんだかおかしい。私はクスッと笑った。

「俺はひろ。君は笑ってるほうがいい。……ハッピーバースデー、瑠花。誕生日にこうして出会えて、君にお祝いを言えるなんてうれしいよ」

 彼の言葉がするすると胸の奥深くに入っていき、じわじわと染み渡る。一緒に過ごすのは今だけだとわかっているのに、喜びが込み上げてくる。

「どうして……」

 思わず私の目から零れ落ちる涙。これまでで一番不幸な誕生日の、思いがけないサプライズ。今日の最後に、あなたに出会えてよかった。これで明日から頑張れる。今日のことをこれからもずっと忘れない。


 ひとしきり泣いたあとで、ふと顔を上げると、心配そうに私を覗き込む黒く大きな瞳が目の前にあった。

 彼は泣いている私の手を、そのまま温かいぬくもりで包み続けていてくれた。

「ごめんなさい。私……嬉しくて。今日はもう誰にも『おめでとう』なんて言われないと思ってたから。生きてきた中で、一番不幸な誕生日だと感じてたの。ありがとう、千尋」

 涙をぬぐいながら笑ってみせる。私を見つめたまま、彼は首をかしげた。

「どうして? 君が生まれた日が不幸だなんて、そんなふうに思わないで」

 きっと和志に同じことを言われても、こんなに感動はしなかっただろう。胸を締めつけられる感覚に、戸惑いすら覚える。

「あ……そうだ。ちょっと待って」

 彼は突然、なにかを思いついたような素振りで私の手をパッと放した。

 ……あ。

 ただそれだけのことに、言いようのない寂しさが心に渦巻く。

 やだ……。私、どうしちゃったの? 今はただ彼に触れていたかった。

 そう思う自分の心に、『いけない』とブレーキをかける。

 きっと千尋は同じ気持ちじゃない。私だけが舞い上がっている。いきなり好きになんかなっちゃダメ。この優しさは同情からに決まっていると、自分に言い聞かせる。

 だけど……もう遅いかも。

 あれこれ考える私の前に、小さな箱がスッと差しだされた。彼が足元のアタッシェケースから取りだしたようだ。

「はい、これ。どうぞ」

「なに?」

「妹にお土産みやげのつもりで買ったものだけど、彼女には他にも渡すものがあるから。これはよかったら瑠花に」

「え? あの……」

 急にそんなことを言われても、どうしたらいいのかわからない。

「実は、アメリカから今日帰国したばかりでさ。さっきは時差ボケで寝てしまったんだ。だけど酔っぱらいと勘違いされたおかげで君と過ごせたから、よかった。受け取って。お土産の中からなんて、ついでみたいで嫌かな?」

 時差ボケ? ……私ったら! なんて失礼な勘違いを!

 一気に酔いがめて、ヒヤッとした感覚に見舞われる。

 しかもこれは、バースデープレゼントのつもりなの? もしかして、私がなにかを催促したみたいになっている!?

「ご、ごめんなさい! いいの!! 受け取れないわ。せっかくの妹さんの……」

 たじたじになった私を見ながら、彼はクスクスと笑いだした。

「遠慮しないで。俺が渡したいんだ。君にきっと似合うから」

 誰もが知る有名ブランドのリボンのかかった箱を、じっと見る。

 高価……よね?

「でも、あの……」

 彼を見上げると、優しく笑ったまま、また信じられないことを言う。

「君に受け取ってもらわないと、俺の下心が報われないな。これっきりにしたくないと思ってるんだけど」

 え。ええええ!! 嘘!?

 私が驚きで固まっているというのに、彼はなんだか余裕に見える。

「開けてみて。気に入るといいけど」

 そう言われて、震える指でリボンをほどき、そっと箱を開ける。

「わ……。わいい」

 中から出てきたのは、小さなオープンハートのトップが輝くネックレス。

「気に入った?」

 彼はそれをそっと摘まみ上げると、私を抱きしめるように両腕を首に回した。

 ちょ……ちょっと! 近いんですけど!

 彼の緩められたネクタイと、外された首元のボタンの向こうに見える素肌が、目の前にある。息がかかってしまうと思って呼吸を止める。

 どうしよう。胸がドラムみたいに鳴り響いている。

「はい。できた」

 パッと彼の身体が離れて、ようやく呼吸を再開した。

 は、はあ……。死ぬかと思った。

 ぜいぜい言っている私に気づいていないかのように、彼は言う。

「うん。やっぱりゆうより、瑠花のほうが似合うよ。優香は元気なイメージだから」

 ……ゆうか? 誰?

 私は思わず無意識に顔をしかめていたようだ。彼がクスッと笑う。

「優香は妹だよ。そんな顔で嫉妬してもらえるなんて嬉しいな」

「嫉妬だなんて、やめてよ。そんなふうに思わないから」

「冗談だよ。瑠花はすぐにムキになる。まあ、それも可愛いけどね。ハッピーバースデー、瑠花。君に出会えてよかった。今日、これを渡せてよかった」

 クスクス笑いながら、再び祝いの言葉を言ってくれた。

 どうしよう。信じてもいいのかな。このまま……千尋を好きになってもいいのかな。

 傷つきたくない。人を好きになるのが怖い。だけど、男性をもう一度信じてもいいのかな。

 相手が千尋なら大丈夫な気がする。この笑顔にきっと嘘はないと思いたい。

 でも、こんな簡単に人を好きになれるものなの? ついさっき知り合ったばかりなのに。彼のことを、なにも知らないのに。

 いろいろ考えるけれど、そんなリスクをすべて打ち消すほどに、千尋はあまりにも素敵だ。

「瑠花? その顔は……俺を信用してないね? ただのナンパ男だとでも思ってる?」

 考えていることを読まれた気がして、驚く。

「そんなこと、思ってない」

 千尋の言うことを否定しながらも、目を合わせられない。私の様子を見て、彼は小さなため息をついた。

「仕方がない。そろそろ白状しないとダメかな。君は……なつ総合病院、救急医療科のふかざわ瑠花さんでしょ」

 な……なに!? どういうこと!?

「……なんで!? 私のこと……知ってるの?」

 わけがわからない。どうして、今日出会ったばかりの千尋が?

「君のことは知ってるよ。俺の名前は……夏目千尋。明日から救急医療科に配属されるからね」

 え。え。ええええー!? な、夏目……? まさか、そんなことは。いや、でも……。

「あなたは……まさか、夏目……医局長?」

「はい、正解」

 彼はニコリと笑った。

 う、嘘!? な、な、なんで!? どうしてこんなところで出会うのよ!

 おたおたする私に構わず、彼の説明は続く。

「一応、医療チームのスタッフの顔は写真データで全部覚えてきたから。ここで出会ってすぐに、君が深沢さんだとわかったよ。酔いつぶれたら連れて帰らないといけないと思って、様子を見てたんだ。君より先に寝ちゃったけどね」

 そこまで話すと、彼はカウンターの奥にいるバーテンのほうを向いた。

「ここが昔からの行きつけの店でよかった。みの彼がいるから安心してしまって。この店で会えたのも嬉しいよ。懐かしくて、帰国してから真っ先にここに来たんだ」

 ニッコリと笑うバーテンから目をらし、再び私を見て笑う。私は口をパクパクするけど、声が出ない。

「写真も可愛かったけど、実際の君がこんなに魅力的だとは今日初めて知ったよ。しかも聞けば失恋中だとは、俺もツイてる。実家に戻るのは正直、抵抗があったんだ。でも、君とこれから楽しく過ごせるなら帰ってきてよかった。ま、俺はこんな感じだけど……よろしくね」

 驚きでなにも言えない。そんな私を見つめて、千尋改め医局長はニコニコしている。

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