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エリート医師の溺愛処方箋

鳴瀬菜々子

酒と美男と、隠された事実 (2)

 すると、私の座っていた席からそう遠くないカウンター席に、男性がひとり見えた。カウンターに両腕をだらりと投げだして、その上に頭をドサッと伏せている。

 酔っているのかな? 具合が悪いとか?

 いろいろ考えながら、再び座る。

 だけど彼の目の前にいるバーテンダーは、そんな彼を気にする素振りも見せずにグラスを磨いていた。

 大丈夫なの、あの人……。

 そう思って彼を見つめる。たった今転びそうになった私が心配するのも変だけど、なぜか気になる。看護師という職業柄、放ってはおけないだけかもしれないけれど。

 私のいる位置からは、彼の髪と背中、それと腕しか見えないので、詳しい様子はわからない。

 スーツ姿だから、サラリーマンなのかな。その足元には大きめのアタッシェケースがある。

 彼をまじまじと見つめているうちに、なんだか妙な親近感が湧いてきていた。

 ……なんだろう、この気持ちは。顔もわからないのに、どうしてだろう。

 ひとつだけ思い当たる理由は、さっきまでの私と同じ雰囲気を醸していること。もしも酔いつぶれているのならば、忘れたいことがあるのかもしれない。彼にも今日、なにかつらい出来事があったのならば、痛みを語り合えるかも。

 私はそんなことを考えながら、カウンターで人目も気にせずにグッタリと寝そべる彼を見て、静かに立ち上がった。

「……あの、大丈夫ですか?」

 そっと近寄り、おそるおそる声をかけてみる。

 酒が入っているせいか、かなり大胆なことをしていると自分でも思う。知らない男性に声をかけるなんて、初めてのことだ。だけどちっとも恥ずかしくない。今日あんなことがあったせいで、多少のことには動じなくなったのかもしれない。それとも、自分が思う以上に私は酔っているのかも。

 ただ、この目の前の男性が妙に気になり、話してみたかった。いったいどんな人なんだろう。

「うーん。なに……」

 微かなうめき声とともに、彼がゆっくりと身体を起こす。そして私のほうを向いた。

 初めて顔を見る。

 その瞬間、私は驚きで目を見開いた。

 ……うっわぁ! なんてカッコいいの。こんなに魅力的な人は見たことがない。

 トロリとした表情がなんとも色っぽい。一見、クリクリとした瞳のせいで童顔に見えるけど、全体的には意志の強そうな、男性らしいりんとした顔つきだ。

 ちょ、ちょっと……。超ストライクなんですけど……。

 そう思った途端、急に緊張が襲ってきて、なにも言えなくなってしまった。

「俺……寝てた? いや……まいったな」

 彼は不思議そうに辺りを見渡すと、私に視線を留めた。

「君は……」

「大丈夫ですか? あっ……ごめんなさい、起こしてしまって。気持ちよく寝ていただけだったんですね」

 一生懸命に話すけど、彼は黙ったまま私を見つめている。

 あ……あれ? 無反応? やだ、急に起こされて怒っているのかな。

 次の言葉が思い浮かばない。漆黒の瞳にじっと見つめられ、息が止まりそうになる。

 なんなの? 胸がドキドキして、ヤバいんですけど!! そんなに見ないで……。

「ごっ……ごめんなさいっ」

 思わず再び謝ると、その目がふっと細くなり、ふわりと笑顔に変わった。

 ドクンと私の胸が高鳴る。

 それは反則でしょ……。心にすきま風が吹き荒れている女に、そんな素敵な笑顔を見せるなんて。

「いや、俺こそごめん。ちょっと驚いちゃって。謝らないで。別に気持ちよく寝てたわけじゃないから。ところで君は……?」

「あの、私は……」

 なんて言ったらいいの? 急に『親近感が湧きました』って言うの? ありえないでしょ。

「カウンターで、ひとりで飲んでた子だよね。無茶な飲み方をしてるから少し気になってたんだ。どんどん酔ってくみたいだったし……」

 きゃああ! 見られていたの? 恥ずかしい……。

 私がなにも言えずに赤くなっていると、彼はクスクスと笑いだした。

 だから、やめてってば。あなたが笑うとドキドキして大変なんだから。

 ついさっき失恋したばかりなのに、自分でも本当に驚くほどに気持ちの切り替えが早い。すぐ別の男性にときめいているなんて。

「君はもう帰るの? よかったら一杯おごらせて。少し付き合ってよ。今夜は、本当はひとりでいたくなかったんだ」

 えええっ!! 彼の言葉に驚く。

 これってまさか……私、誘われたの? いっ、いいのかな、ご一緒しても。どうしたらいいんだろう。

 私が迷っていると、「はい、どうぞ」と彼に隣の席を勧められた。

「彼女に弱めのカクテルをお願い」

 バーテンは彼の注文に、ニコリとほほんだ。


「……それでさぁ、ふたりしてベッドからね、私を見たわけよ。まるで幽霊でも見るようにさぁ。なんでそんなに驚くかなぁ。私と約束してたのはあなたのほうでしょ、って話よ。ねぇ、どう思う!?

 ……あれ。なにがどうなったのかな。

 ふと我に返ると、ペラペラと恥ずかしいことを大声で話していた。だけどまたすぐに、頭がぼーっとしてくる。まるで、夢と現実の間を行ったり来たりしているみたい。

 目の前には空のカクテルグラスが並んでいる。うつろな目を開き、顔をそっと横に向けると、魅惑的な笑みをたたえながら「うん、うん」とうなずき、私の話を聞いている男性がいる。

 誰……?

 あ、思い出した……。私、この人に飲もうって誘われて……それから?

 重たいまぶたを無理に上げて目を見開く。記憶は正常に戻ってくる。だけど身体が思うように動かない。まるで、くにゃくにゃとコンニャクにでもなったみたい。

 さらにもうひとつおかしな箇所は、この口。意思とは裏腹に勝手に動く。

 もうやめて。余計なことを、どうかこれ以上言わないで。

 しかし願っても止まらない。

「姉に言われたばかりだったの。医者なんてやめときなさい、って。付き合っても、偉そうでろくな感覚の人種じゃないって。女はいくらでも寄ってくるから、大切にしないって」

「……そうなの? 医者って人種は、そんなものなの?」

 彼が不思議そうに尋ねてくる。私はなんでも知っているとばかりに勢いよく答えた。

「そうなのよ。あいつらはね、他人よりちょっと頭がいいからって、いい気になってるの。平気で誰かを傷つけるの。でも、悪いだなんて全然思ってない。ひどくない? 最悪だわ。あなたもそう思うでしょ」

 彼を見ると、その顔からは先ほどまでの柔らかな微笑みが消えていた。

 グラスの中の酒をくっと飲み干してから、彼は私に目を向ける。

「君の恋人がどんなやつかは、今聞いてわかったよ。だけどそれを、医者という職業に就いている人全体に当てはめるのは、かなり強引な考えだよね」

 そうよね。そりゃそうだ。私だって頭の中ではわかっている。彼の意見が正しいことは。

 医者という職業そのものが悪いわけではない。医者というブランドに心をかれて、和志自身を見なかった私が悪い。事実を言い訳に変えて、逃げている自分が惨めだ。

 だけど、勝手に動く私の口はそれを認めなかった。

「強引じゃないっ! 私が今日、いったいどんな気持ちでいたか、あなたになにがわかるのよ。だから決めたの。もう医者に恋したりはしないってね。だって、二度と遊ばれたくなんかないもの。……今日は私の誕生日だったのに」

 私がうつむいてつぶやくと、彼はカウンターの上にある私の手をそっと握ってきた。

「なっ、なに!?

 驚いて彼のほうを向くと、私を艶やかに見つめながらゆっくりと微笑んできた。

 もう、本当にやめてよ……! めちゃめちゃタイプなんだってば!! 胸がキュンキュンして息苦しいよ!

 ぼーっと彼を見つめ返す。

「名前、聞いてなかったね」

 え? 今さら名乗る必要はないと思うけれど。このバーで偶然一緒に飲むだけの相手に……。

 一瞬そう思ったけれど、なぜだかこのまま終わりたくないような気もする。話していて楽しいし、なにより容姿が完璧すぎる。傷ついた私を神様がかわいそうに思って、出会わせてくれたんだわ。

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