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エリート医師の溺愛処方箋

鳴瀬菜々子

第一章 私だけを見てほしい / 酒と美男と、隠された事実 (1)




第一章 私だけを見てほしい


酒と美男と、隠された事実


 深夜の薄暗いバーで、グラスの中で揺れる酒を見つめる。

 今にも涙が出そうになるのをぐっとこらえ、喉に酒を流し込む。

 ごくっと飲んだあと、心の声が思わず口かられた。

「くっそぉ! あの男~! 絶対許さない……っ!」

 グラスをドンッと勢いよくカウンターに置くと、中の酒がチャポッと少しこぼれた。酔いが回るにつれて、次第に怒りが込み上げてくる。

 今日は私の二十五歳の誕生日。こんな日に、どうしてこんなところで、ひとり寂しく飲まなければならないのか。そう思っては、またそれが怒りに変わる。ずっとその繰り返し。

 全部、あいつのせいだ。幸せの絶頂から不幸のどん底へと、私を突き落とした男。

 本当に、好きだった。気持ちも時間も、なにもかもをささげて恋をした。精いっぱい、私なりに愛してきたつもりだったのに。まさか、これほどひどい仕打ちをされるとは夢にも思わなかった。

 彼も私に、『世界中で誰よりも愛してる』と言ってくれていた。私たちは確かに、まわりが羨むような理想的なカップルだったはずだ。彼の隣で幸せな気持ちで笑う自分を思い出して、再びグラスに口をつける。

 本当ならば今頃は、彼の部屋でふたりだけの甘いバースデーを過ごしていたはずだった。

『仕事が終わったら連絡して。時間があるなら、の好きなものを一緒に作ってお祝いしよう。今日は大好きな君が生まれた、大切な日だから』

かずくん! ありがとう! 早く終わったらすぐに行くわ。楽しみにしてるから』

 仕事の昼休みにかかってきた彼からの電話に、嬉しくて思わず涙ぐんで答えた私。

 これまでも恋愛はしてきたけれど、ここまで夢中になったことなんてなかった。幸せすぎて、本当にこんなことがあるのかなって思った。

 私にも素敵な恋ができるんだ、私を愛してくれる人はいたんだ。これほど理想的な相手と……。なんだか、うそみたいに幸せで……夢のよう。

 ――その通り。嘘だった。

 今日の夕方、仕事を終え、息を切らせて彼の部屋にたどり着いた。

 早く会いたい。私を思いきり抱きしめてほしい!

 彼を驚かせようと、あえて連絡はしなかった。合鍵で部屋へと入る。リビングのドアを開けると、彼の姿はなかった。

 あれ? 和志くん? いないの? 買い物にでも出かけたのかな。

 部屋を見回しながら考える。

 そのとき、隣の寝室からかすかに声が聞こえた。

 和志くん、寝室にいるのかな。

 不思議に思いながら、そっとドアを開いて中をのぞいた。ベッドの上に、人がふたりいる。

『きゃあっ! 誰?』

 そのうちのひとりが私を見て声を上げた。

『え……。る、瑠花』

 続いて、もうひとりが私を振り返る。男女ふたりの顔を交互に見て、息が止まりそうなほどに驚いた。女性のほうは私の同僚のだ。そして、もうひとりの男性はもちろん……。

『う……そ。なんで?』

 幸せな気持ちでこの部屋にやってきた私を迎えたのは、待ち望んだ和志の笑顔ではなく、裸でベッドの上にいる彼のぜんとした顔だった。

 なにこれ。状況が把握できない。

 混乱する私に、和志が言う。

『今日は……いつもより、かなり早かったんだな。驚いたよ。忙しくはなかったの? 誕生日に残業じゃなくてよかった』

 なにを言っているの。普通に会ったみたいに話さないでよ。

 そう思い、彼をにらむ。

『る、瑠花。あの……ごめんなさい。私……いちむらドクターがずっと好きだったの』

 遠慮がちに話し始めた絵里に、目線を移す。

『瑠花が市村ドクターと付き合っていることは、知っていたんだけど……。告白したら、思いがけず受け入れてもらえたの』

 ……はあ!? 和志をずっと好きだった? 受け入れてもらえた、ですって!?

『……俺はずっと迷ってた。ふたりとも好きだから……。瑠花も絵里ちゃんも本気で俺を好きだとわかるし。ふたりのうちどちらかを選ぶなんて……俺には難しいよ』

 頭、大丈夫? 和志って、こんな人だったの? 裸のままベッドの上で、自分の置かれている今の状況を隠すわけでもなく……。

 あきれてなにも言えない。悪びれるふうでもなく平然と言い放つ彼を見て、気持ちが急激に冷めていくのを感じる。

『市村ドクター!! 私……待ちます! ドクターが私たちのどちらかを選ぶまで。瑠花も、それでいいよね?』

 ……は? 和志の二股を認めろと? 絵里も頭の中に変な虫でも湧いているんじゃないの。

『そんなの、待つわけないでしょ。ふたりで勝手にやってれば?』

 和志にすがりつく絵里にがくぜんとしながら、なんとかそれだけ告げると、私は部屋を飛びだした。

『瑠花! 待って! 俺は本当は、瑠花が……!』

 和志の声が聞こえたけど、振り返らなかった。

 ショック……というよりは、このおかしな状況から逃げだしたい気分でいっぱいだった。

『ええっ! 彼氏って医者なの? 医者なんてやめときなさいよー。きっと気位の高いナルシストばっかりよ。そんなことが目的で看護師になったの? だとしたら、動機が不純だわ』

 つい昨日、電話で姉に言われた言葉が頭をよぎる。

 姉の言葉を完全に否定はできなかった。医者が彼氏だったらみんなに自慢できる! と、確かに少しは思っていたから。

『心配しないで、お姉ちゃん。そういう人もいるかもしれないけど、和志は違うの。イケメンで誠実でモテるのに、私だけだと言ってくれてる。私、和志に出会って、愛される喜びを初めて知ったのよ』

 付き合ってもうすぐ三ヵ月。そろそろ和志を姉に紹介しようと思って、電話をしていたのだ。

『はいはい。言ってなさいよ。あとで泣かされても知らないから。そんなできた男がいるものかしらね。頭がよくてカッコよくて、さらに誠実だなんて』

 姉は私の話を信じる様子はなく、疑いの言葉を投げかけてきた。

『だから、私のそばにいるって言っているじゃない。ひがまないで。お姉ちゃんにもきっと現れるわよ、彼のような王子様が』

 嫌味交じりで反論する。だけど私の攻撃にも、彼女は一向にひるまない。

『ふん。私は仕事が第一だから、あんたみたいに浮かれてる暇なんてないの。ま、せいぜいそのありえないイケメンとうまくやりなさいよ。今度会うのを楽しみにしてるわ。それまでに捨てられないといいけどね』

『やだ。そんなことあるわけないじゃない。楽しみにしてて』

 余裕で返していた昨日の自分が、バカみたい。姉の言う通りだった。今さら、『来る者拒まずのアホ男だった』なんて、恥ずかしくて話せやしない。彼を運命の人だと本気で思っていた自分自身も、滑稽で笑える。

 絵里も、自分が彼にとっては二股するだけの価値しかないってことに、早く気づけばいいのに。

 彼の部屋に残してきた彼女が、少し心配になる。でも、その考えは一瞬で消えた。

 まあ、お似合いなんじゃない? 勝手にやればいい。私は不毛なレースはごめんだ。

 医者なんて、やっぱりダメね。これからは恋愛対象外。もう二度と傷つきたくはない、と固く心に誓う。

 彼の部屋を飛びだしてから、どこをどう歩いてきたのかわからない。いろいろなことを考えながら、いつしかこのバーにたどり着いていた。

 ……そろそろ帰って眠ろう。もう、なにもかも忘れたい。朝になったら和志とのことはすべてリセットして、二十五歳の新しい自分になる。きっと、そうなれる。

 そういうふうに思うと、なんだか胸の中の霧が徐々に晴れていくような気分になる。

 もちろん落ち込んでいないわけではないけど、あんな男ごときが原因で傷つくことすらバカバカしく思えてきた。終わり方が衝撃的だったせいか、未練もない。昔からすぐに気持ちを切り替えることができる、自分の前向きな性格に感謝しないと。

 また明日から頑張ろう。しばらくは仕事のことだけを考えよう。

 気合いを入れながらガタッと立ち上がる。少し酔っているせいか、頭がクラッとして足元が揺れた。おっと……とカウンターに手をついて、なんとか転ばずに済んだ。誰かに見られてはいないか、キョロリと辺りを見回す。

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