契約妻ですが、とろとろに愛されてます

若菜モモ

一 恋は突然の出会いで (2)

 何より、真宮さんを見たときに受けた、ビリッと感電したような衝撃の理由──なぜ真宮さんのことが、こんなにも気になっているのかが知りたい。

 名刺は本物のよう。以前、真宮コーポレーションの副社長は若いと聞いたことがあった。きちんとした身なりの運転手がいるし、社会的地位のある人なら少しは信用できる……?

 渦巻く疑問と不安。その答えとなる手がかりが欲しかったが、聞き出せずにいる。だけど、このままではいけないと意を決して聞こうと思い、隣を見ると、彼は長い足と腕を組み、頭をシートの背もたれに預けて目を閉じていた。

 寝ているの……?

 それにしても、こんなに整った顔の男性は見たことがなく、思わず見とれてしまうほどだった。


 そのまま車は走り始めて五分ほど経つと、静かに停止した。同時に真宮さんが目を開き、シートから身体を起こす。どうやら寝ていなかったようだ。

「降りて」

 真宮さんは先に車から降りて待っている。私が降りるのを躊躇ためらっていると、彼は腰をかがめて、車内にいる私の顔を覗き込んできた。またアンバーの瞳に見つめられ、キュンと胸が締めつけられる。

「そんなに不安そうにするな。ちょっと手伝ってほしいだけだ」

 仕方なく降りる私を見届けた真宮さんは、有名な高級セレクトショップに近づく。今まで入ったことのない高級店に圧倒され、私は足を止める。

「あ、あのっ!」

 焦った私は真宮さんを呼び止めるが、その声が聞こえていないのか、彼はどんどん歩いていってしまう。

「どうぞ、中へお入りください」

 真宮さんの後ろ姿をぼうぜんとして見つめていた私は、背後から、運転していた桜木さんに丁寧な口調で促される。困惑しながらおそるおそる店の中へ入ると、真宮さんは女性と話をしていた。私の姿を見た他のスタッフが、にこやかな笑みを浮かべながら飛んでくる。

「いらっしゃいませ」

 私は不安になって真宮さんに近づいた。

あやさん。彼女に似合いそうな服を見繕ってほしい」

 真宮さんは振り返り、私の肩を軽く掴んで、彩子さんと呼ばれた綺麗な女性の前に立たせる。

「まあ。濡れてしまって……」

 その彩子さんがスタッフに目配せすると、すぐにタオルが渡された。

「ありがとうございます」

 頭を下げて受け取り、いい香りのするタオルで、濡れた箇所を押さえるように拭き始める。

 だいぶ拭き取れたところで、スタッフの女性に奥のフィッティングルームへ連れていかれた。


 なんで……こんな高価なワンピースを着せられているの……?

 値札がついているわけではなかったが、店の雰囲気、服の素材、デザインなどから、かなり高価なものだとわかった。鏡に映る姿を見て、華やかな雰囲気に変わった自分に目を見張ってしまう。

 こんなワンピースを着て……どこかに連れていかれるの? 何かとんでもないことに巻き込まれている気がする。

 するとドアがノックされ、返事をしたのち、彩子さんが入ってきた。

「とてもよくお似合いですわ」

「えっ、いえ……あの……」

 淡いラベンダー色の膝丈のワンピースは、きゅっと絞られたウエストからヒップにかけて身体のラインに沿うように裾が広がり、胸元が強調されている。背中に施された大胆なV字カットにも抵抗を感じた。

きゃしゃなのにお胸があるので、とても綺麗に着こなされていますわ。この髪留めで御髪をおまとめになれば背中も美しく見えます」

 ワンピースに合わせた濃紫色の花の髪留めを見せられたものの、首を横に振った。髪を留めれば背中が露出してしまう。そんなの恥ずかしくて人前に出られない。

 彩子さんは残念そうに髪留めを台の上に置いて、ベビーピンク色のピンヒールを差し出す。ワンピース同様、高そうな靴だった。それに、こんなにヒールが高い靴を履くのは、私には初めての体験。

 履き心地こそいいけれど、ヒールがすごく細くて折れちゃいそう。いったい何センチあるのだろう……。

 履くと背筋がスッと伸びて、身長が高くなった気分になる。

「真宮様、お待たせいたしました」

 彩子さんに促されてフィッティングルームを出た。

「よく似合っている」

「どうしてこんなに高価なワンピースを、私に?」

 光の加減により、さまざまな色合いに変化する瞳に見つめられ、私の心臓が急激に乱れ始める。

「あのまま濡れていては風邪をひいてしまうし、付き合ってもらいたいところがある」

「私、帰りたいんです……」

 彼のことが気になるけれど、すでに事態は私の考えが及ばないところまできている。ポンと高級な服を買い与えようとする彼。このまま、この人といてもいいのか……。そんな怖さも感じて、言葉が勝手に口をついて出ていた。

「少し付き合ってくれるだけでいい」

 しかし真宮さんは、有無を言わさずに私の腕を掴むと店を出た。そして再び車の後部座席に座らされる。

「やっぱり私……」

 車から出ようとドアの取っ手を掴んだとき、ゆっくり動き始めた。仕方なくドアから手を離し、深いため息を漏らすと、真宮さんを見た。彼は何を考えているのかわからない表情で私を見ていた。

「これから一緒に店で飲んでくれるだけでいい」

「たったそれだけのために、こんなに高価なワンピースや靴を?」

「場合によっては、芝居をしてもらうこともあるかな」

「私、お芝居なんてできません」

 私は驚いて、ふるふると大きく首を横に動かす。

「これで帰ってもいいが、もう君はバカ高い服を着てしまっている。弁償できるのか?」

「そんな! 勝手にっ……」

 いったい、いくらになるの……? もしかしたら給料の一ヵ月分以上かもしれない。

 そう考えると、真宮さんの頼みを聞いたほうが、気が楽だろうか。


 十五分ほど車は走り、着いた場所はベイサイドに建つ最高級ホテル。

 ここって、真宮系列のホテル……。有名な建築家によって設計されたという高層ビルの現代的なフォルムは、建築専門誌などでも話題になっていると会社で聞いたことがある。

 ホテルのエントランスに車が停まると、ドアマンが丁重に真宮さんを出迎える。車を降りた彼は、呆然と立ち尽くす私の腕を取り、エレベーターに乗り込んだ。

 そしてエレベーターを降りたところは、最上階にあるラウンジ・バーだった。


 窓際のカウンターで隣に座る真宮さんに飲み物を聞かれ、私は遠慮がちに答える。

「……私、お酒に弱くて……あまり飲めないんです」

「では、軽いものにしよう」

 真宮さんはウエイターにアルコール度数の少ないカクテルを注文し、自分の分は「いつもの」としか言わなかった。

 すぐにウエイターがチーズとフルーツの盛り合わせをテーブルに置いていく。美しく盛りつけられていて、食べるのがもったいないほどだ。

「あっ、私の名前を言っていませんでしたね。しもやまゆずといいます」

 今さらながらだが私が名乗ると、真宮さんは無言でうなずいただけ。その仕草はまるで私の名前を知っていたかのようにも見え、首を傾げた。

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