クールな社長の溺愛宣言!?

高田ちさき

邪魔だ (2)

 そこでなんと、その場で採用されることが決まった。十五社目でやっと私を必要としてくれる会社に巡りあえた。

 ちょうど先月、就職試験の合間に簿の資格を取得したから、会計ソフトを扱う会社の事務ならば、きっと役に立てるだろう。

 うれしくて顔が緩んでしまう。

「でも、本当にうちみたいな小さな会社でいいの? 君ならどこに行っても雇ってもらえそうなのに」

 部屋に入ってすぐの、ついたてで仕切られた打ち合わせスペース。そこで私の向かいに座る、この会社『メトロ』の社長が、目の前で履歴書と職務経歴書をもう一度眺めながら不思議そうにつぶやいた。

「私は、ここでがんばりたいんです」

 せっかく採用が決まったのに取り消されては大変だと思い、必死にやる気をアピールした。

「そんなに必死にならなくても大丈夫。僕は君と働きたいと思っているから」

 にっこりと笑ったその顔を見て、私は胸をで下ろす。

「僕はすなです、三十七歳。これでも社長です。よろしくね」

 セルフレームの眼鏡を持ち上げて、にっこりと笑う砂田さんは、見るからに優しそうで確かに社長っぽくはない。

「それと……おーい」

 砂田さんが声を上げると、衝立の向こうから目がくりっとしたショートカットの小柄な女性が現れた。シマリスを連想させるかわいらしい人で、目が合うとニコッと微笑みかけてくれる。

「こっちも砂田さん――僕の奥さんね。僕と同じ年だよ」

「よろしくお願いします」

 私が頭を下げると、自己紹介をしてくれた。

「砂田希望のぞみです。会社ではややこしいから、みんな苗字ではなく名前で呼んでくれるの。あなたもそうしてくれるとうれしいです」

「はい、そうさせていただきます。清家梓です。来週からよろしくお願いします」

 私は姿勢を正して、もう一度頭を下げた。

「うちの事務仕事はすべて希望がやっているから、清家さんは彼女に色々と教わって」

「はい」

 砂田さんの横でニコニコと笑う希望さんを見ていると、喜びとともに抱いていた不安が少しずつ薄まっていく。

「他にはプログラムを担当している男性社員がふたりいるんだけど……今朝、徹夜明けで納品したから、みんなまだ出社してないんだ」

 苦笑いの砂田さんが申し訳なさそうに頭をいた。

「いえ、来週出社した時に改めてご挨拶させていただきます」

「じゃあ始業は九時からになってるから、少し前にここに来て」

「はい。本当にありがとうございます!」

 砂田夫妻は深く頭を下げた私を見て、ふたりよく似た笑顔を向けてくれた。


 オフィスを出ると、スキップしそうなほど軽い足取りでエレベーターホールに向かう。ニヤニヤしながらエレベーターを待っていた私は、扉が開いた途端に中に入ろうとして、出てきた人とぶつかってしまった。

「わっ……ごめんなさいっ」

 相手のスーツの胸元に正面衝突する。きっと気持ちが浮ついていて、注意力さんまんになっていたせいだ。

 まずは状況をあくしなくては……と、顔を上げて相手の姿を確認する。そこにははっと息を呑むほど整った顔の男性が立っていた。

 失礼だとわかっているけれど、思わず目が釘づけになってしまう。

 年齢は私よりも十歳ほど上に見える。恐らく三十五歳は過ぎているだろう。

 見上げるほど高い身長。きちんと整えられた清潔感のあるスタイリッシュなツーブロック。身に着けているスーツも恐らくオーダメイドのものだろう。彼の体にぴったりだ。意志の強そうな整った眉に、まっすぐ伸びたりょう。そしてなによりも印象的だったのが、切れ長でクールな目元だった。

 その形のいい瞳ににらまれて、私はやっと我に返った。

 ぶつかったまま顔を凝視するなんて、無礼にもほどがある。とにかく謝らなければ。

「きちんと前を見てなくて、本当にすみませんでした」

 頭を下げて謝るが、相手の反応が返ってこない。ゆっくりと顔を上げると、感情の読み取れない顔が、冷たい言葉を投げつけてきた。

「いつまでもそこに立っていられると、邪魔だ」

「へ?」

 思ってもみなかった言葉に、間抜けな声が出る。

「だから、邪魔だ」

 そう言うと、彼はきょとんとしている私の腕の辺りを強引に押して横にどかすと、先に進んだ。

 そのしつけな態度にあっけに取られた私は、しばしぼうぜんと立ちつくしてしまう。

 前をよく見ていなかったこちらが悪いとはいえ、謝っているのに『邪魔だ』なんて、いくらなんでも非礼な振る舞いだ。

 思わず後ろを振り返って相手を見たが、ポケットに手を突っ込んだまま歩み去る背中しか見えなかった。

 堂々と歩く姿は立派なのに、あんな振る舞いをするだなんてもったいない。

 ――でも……どこかで見たことがある気がするんだけど、どこでだったっけ?

 なかなか思い出せず、すっきりとしない。

 しばし考え込んでからふと腕時計を見ると、時刻は既に十四時を過ぎている。私は慌てて歩きだした。

 あんな不躾な人のことに時間を使うより、早くお母さんに報告しなきゃ。

 閉まってしまったエレベーターの扉を再度開けて乗り込む。

 ――きっとお母さん、喜ぶだろうな。

 母の喜ぶ顔を想像しながら、私は第二の社会人人生の始まりに胸を躍らせていた。

 面接を終えたその足で、母が同居する伯母の家まで向かう。

 会社からは電車で二時間。仕事が始まると、頻繁に通うことは難しい距離だ。

 スーツ姿のままだったけれど、そんなことよりも母の顔を見て、新しい仕事が決まったことを伝えたかった。

 私は駅前で母と伯母の好物であるプリンを買うと、電車に飛び乗った。

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