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私たち、政略結婚しています。

鳴瀬菜々子

大嫌い!と言いながらも…… (3)

「ちょ……!!

 私が止める隙もなく、彼は男の頬を瞬時にドカッと殴りつけていた。

「克哉!! なにするの!」

 私は驚いて一気に立ち上がった。身体の痛みのことも忘れて。

「俺の嫁になにをした! 許さねぇ!」

 私の言葉を無視し、克哉が男に向かって叫ぶ。殴られた男はよろけて道路に倒れ込んでいた。

「ちょっと! なにしてんのよ!」

 私はさらに大声で克哉に言った。

「は? お前! こんなやつをかばうとか、ふざけんな!」

 振り返った彼が、今度は私を睨みながら言う。

「その人をかばってるわけじゃないわ! 危ないでしょ! もし刃物とか持ってたりしたら!」

 私も彼を睨み返した。改めて全身が震える。

 なんでこんな危ないことをするのよ!

 彼から目を離し、ストーカー男を初めて近くでまじまじと見た。小太りでうつろな目をした男が、うつむきながら頬を押さえてぼうぜんとしている。突然の事態に混乱しているのか、逃げだそうとする様子もなく、ボーッとほうけたままだ。その口元からは血がどくどくと流れ落ち、茶色のジャンパーを赤く汚していた。それにさえ本人は気づいてはいないらしい。

 この男は、私のなにを知っているのだろうか。話したこともないはずなのに、私を好きだとでもいうのだろうか。

「女を背後から追いまわすことしかできねぇような情けないやつが、刃物なんて大胆なできるかよ!」

「そんなのわからないじゃない! 軽率よ!」

 克哉に顔を突きだし、背伸びをしつつ詰め寄る。

 どうしてわからないの? あんたが私のために危険な目に遭うと困るから!

「じゃあ、このまま見逃せってのかよ!?

「そうじゃなくて、もっと考えて行動してって言ってるの!」

「バカなの!? お前! これは犯罪なんだぞ!」

「だから! 私が言いたいのは!」

 男の存在を無視して言い合っていた、そのとき。

「どうしました!?

 近所の住人と共に、こちらに向かって駆けてくる警官の姿が目に入った。すると、倒れ込んでいた男が突然ガバッと顔を上げて立ち上がり、逃げだそうとした。

「あ! 待て!」

 克哉は男の身体に飛びついた。

「ダメ! 危ないって!!

「おまわりさん! こいつ、ストーカーです!」

 男の身体にしがみついたまま彼は叫ぶ。

「危ないわ! いい加減にして!」

 私もめげずに再び彼を怒鳴る。

「克哉! その人を離して!」

 危なくて見ていられない。

「あー! もう! うるせぇ! 黙れよ!」

「うるさいとはなによ! あんたでしょ!? 私はあんたを心配して!!

 私の声は彼に負けじと大きくなる。

 このわからず屋! どうしていつも私の話をちゃんと聞いてくれないの?

「自分の妻につきまとった男を許せってのかよ! お前は俺のものだろ!?

 男を捕まえたまま、克哉は怒りで目をつり上げながら叫ぶように怒鳴った。

「え……?」

「あ……」

 彼の最後の言葉にお互いの勢いがしぼみ、ふたりとも急に黙り込む。

 警官が男をとり押さえ、克哉はようやく男の身体を離す。私は彼の顔を見ることができず、地面に視線を落とした。

「佐奈……顔赤いぞ」

「……っ……」

 あんたが急に変なことを言うから……! さっきまで言い合っていたのに、どんな態度をとればいいかわからないでしょ!?

「あのー、事情を署のほうでお聞きしても?」

 ふたりで顔を上げると、男の腕を掴んだ状態の警官が、苦笑いをしながらこちらを見ていた。

「夫婦ゲンカは犬も食わない、とは言いますがね。続きは帰られてからどうぞ。この男にもいろいろ聞いてみましょう。奥様に本当につきまとっていたのかどうか」

「そいつは捕まるんですか?」

 克哉が男を睨みながら聞くと、警官はニコニコしながら答えた。

「お話をうかがってからですよ。あなたも暴力を振るった以上、彼だけが加害者とは言えませんからね。まぁ、あなたの可愛い奥様は無事ですから、そんなに焦らないで」

 私は恥ずかしくて顔を上げることができなかった。

 短気で偉そうで、ケンカをしていたはずなのに私を『俺のもの』だと言ったり、普段は冷静沈着なはずなのに、急にキレて危険を顧みずストーカーに殴りかかったりする。私からしたら意味不明なこの男、伊藤克哉。

 私を会社に置き去りにしたくせに、なぜだかこんな場所で待っているところや、私をバカ呼ばわりするところなど、行動のすべてが『どうして?』って聞きたくなるようなことばかり。

 そんな彼は、実は……私の旦那様。

 私たちは正真正銘の夫婦なのだ。

「すぐに済みますから、あなた方もご同行願えますか?」

「ええ。いいですよ」

 克哉はにこやかに答えると、警官に続いて歩きだした。私は呆然としながらその後ろ姿を見る。

 すると、いきなりクルリと彼が振り返った。一瞬にしてよそ行きの笑顔が消える。私を見るときにはいつもこうだ。

「アホか、お前。お前が話をしなきゃならないだろうが。被害者なんだから」

「は?」

「『は?』じゃねえよ! 早く来い。トロいな、まったく。そんなだからつきまとわれるんだ。お前がアホだから狙われるんだよ」

 ムカッ。本当にこいつは……!

「命令しないで! アホとか言わないで! 上から目線で偉そうに話さないで!」

 歩きながら一気に文句を言った。手足を大げさに振って歩き、怒りを克哉にアピールする。目の前にいるストーカー男が怖かったことを忘れて、思わず男を追い抜いた。

 やっぱり腹が立って仕方がない。どうしていつも、私にだけそんな態度なのよ!

「ははっ。無理なことばっか言うな、アホ」

 後ろから克哉の楽しそうな声がした。

「キーッ! ムカつく! 最悪!」

「『キーッ』だって。サルかよ。あはははっ」

 本当に、こんなやつ! 勘弁して……!

「ま、そんなお前が可愛いからいいけど? いちいちムキになっちゃってさ、マジで面白いよな。一緒にいて飽きないよ」

「うっ!」

 振り返って彼を見ると、恥ずかしい台詞せりふを言っている感覚はまったくなさそうで、ニヤニヤとした余裕の顔で私を見ていた。

「そんだけ元気なら、怖かったのも忘れたな。もっと怒らせてやろうか? お前を怒らせるネタならたくさんあるぜ」

 こいつ……わざと……私を怒らせてる? もしかして私が震えていたから? 本当に……調子が狂って困るわ。

 私は赤い顔で再び俯いた。ストーカーが怖いとか、それどころじゃないよ。

 心臓がバクバクと鳴りだす。不意打ちはやめてよね……。

「やっぱ、怒って元気なのが一番お前らしくていいわ。ちょっとうるせぇけどな」

 返事ができないまま、鳴り響く胸を押さえた。

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