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鳴瀬菜々子

一・ふたりの事情 / 大嫌い!と言いながらも…… (1)

一・ふたりの事情


大嫌い!と言いながらも……


「お前ってさ、実は俺のこと……好きだろ?」

「……は……はああ!?

 突然そう言われて驚きつつ、企画書から目を離し、正面に座る男の顔を見上げる。そこには、ニヤニヤと笑いながらほおづえをついて私を見つめる目があった。

 夜の会議室で同期の男性とふたりきり。彼が座る後ろの窓一面には、キラキラとした夜景が星を散りばめたように輝いている。オフィス街のビルの七階に位置するこの会議室からは、他のビルの明かりや、繁華街のネオンなどが遠くまで見渡せる。

 この狙ったようにロマンチックなシチュエーション。だけど……こいつとは絶対に甘い空気にはならないと断言できる。

「なに言ってんのよ……っ。まっ、に仕事のことだけを考えてくれないと終わらないでしょ……っ!」

 私は彼の視線から逃れようと、顔をサッと企画書で隠した。

「ふっ……ふははっ。焦りすぎ。バァーカ。自意識過剰」

 彼はからかうように言いながら、スッと立ち上がる。

「ちょ、ちょっと! どこに行くのよ」

 その動きに気づき、企画書から目だけをのぞかせて彼を見上げ、慌てて言った。

「は? どこって。帰るんだけど」

 まるで呼び止めた私が悪いとでも言わんばかりに、めんどくさそうに振り返って、怒ったような言い方で返事をした。仕事がまだ途中なのに、帰ることをおかしなことだとはまったく思っていないらしい、その態度。

「え!? なんでよ! まだ終わってないのに」

 私は顔を隠していた企画書を机にバンッと置き、彼をにらむ。そんな私を見下ろして、彼はニコッと笑ってから言った。

「もうお前ひとりで大丈夫だろ。あと少しじゃねえか。ま、俺のほうのノルマは果たしたから。あとはお前の担当だしな。じゃ、頑張れよっ」

 言いながら、ふざけたように手をヒラヒラと振る。

 だけどその直後に、急にわざとらしく真剣な顔つきになった。

「もしかして、ひとりじゃ自信がないのか? 俺に手伝ってほしい、とか思ってる? お前、ひとりじゃなんにもできないんだな。まあ、お前に期待なんてハナからしてはいなかったけどな」

 確かに彼が言うとおり、彼自身の担当箇所は終わっている。もう彼と話し合うべき事案もない。この先は、私がまとめるだけの作業だ。ひとりで終わらせるのが当然なのかもしれない。

 しかし、正直に言うと……私は自信がなかった。彼が調べた統計をどうすればうまくまとめることができるのか。実は、ここから先の作業については、彼にさらなるアドバイスを求めるつもりだったのだ。しかも、そうしてもらうのがさも当たり前のような感覚でいて、彼が帰ってしまう想定など初めから頭になかった。

 でも、そんなふうに自分が甘えた気持ちでいたことを話したら、きっとまた彼に嫌味を言われてしまう。弱みを見せたくはない。

 言われたことが図星で焦った私は、それを彼に読まれまいと、思わず強気な態度に出てしまう。

「バ……バカじゃないの!? 誰があんたなんかに! いいわよ! あとはひとりでやっておくから! 勝手に帰れば!」

 叫ぶように言うと、彼から目をらして企画書を再び手にした。

 あーあ、バカだ、私。もう『手伝って』なんて言えなくなってしまったわ。

 そう思い、ほんの少しだけ後悔する。

 私たちが勤める『ファッションスタイル・サンクチュアリ』という会社は、国内では中堅の通販会社だ。社員数は全国の営業所などを合わせて、およそ千名ほど。主に衣類や小物をとり扱っており、商品の製造は外国の工場で行われているので価格が安く、種類も豊富なことから、最近はうなぎのぼりに売上を伸ばしているのだ。

 その中で、私たちが所属する〝本社企画四部〟では、メンズ商品を開発、提案している。

 さっきから一緒に仕事をしている、この同期の彼の名前は、とうかつ

 自信家で嫌味な彼に、会社のみんなはすっかりだまされていると思う。ほとんどの人が彼を〝いい人〟だと言うから。

 だけど考えてみれば、彼が今みたいに〝俺様〟な態度を見せるのは、私にだけ。

 きっと私のことが嫌いでたまらないんだわ。いつも私をバカにして。

 思い返せば、入社以来ずっと彼には冷たくされてきた。理由はわからないけれど、私のなにかが気に入らないのだろう。からかわれたり、冷たい視線で見られたりは、日常茶飯事。

 他の社員に対する人当たりはいいけれど、本当の性格は最悪。私以外は誰も見抜いていないけどね。

 そしてその態度がなおさら嫌味に見える理由は、悔しいけれど容姿に申し分がないから。

 きりりと整った上がり眉の下で、意志の強そうな鋭い眼光を放つ大きな目が光る。れいふたまぶたの下に輝くその瞳は漆黒で、目が合ったら引き込まれそうな感覚になる。

 薄いけれどつやのある唇は、常に笑みを浮かべているように見え、形も美しくて色気が漂う。

 身長も高く、百八十五センチくらい……? いつも私を見下ろす視線が、余計に威圧的に見えるのは、そのせいもありそうだ。

 体格は細身なのが、スーツの上着を脱ぐとよくわかる。ベルトのあたりの腰まわりがキュッと細く締まっているから。ひょろっとしているけど、書類の入ったかなりの重さのダンボール箱を軽々と持ち上げたりもしているので、意外と筋肉質なのだろう。

 髪色は黒で、少々長めの毛先を不揃いに跳ねさせた流行のスタイル。

 そんな彼と、もし街ですれ違ったならば、彼を知らない人はモデルかタレントだと思いかねない。一般のサラリーマンだとは思えない見た目だ。身に着けているものの柄や形もすべてお洒落しゃれで、さりげなく高級ブランド品だったりするし、私服も流行のものをさらっと着こなしている。

 おまけに仕事もデキるから、社内ではモテモテ。本人は女の子に騒がれても迷惑そうにしているけれど。そんなところもまた、嫌味っぽいのよね。

 あともうひとつ、彼について私だけが知っている重大な秘密がある。

 彼は……既婚者なのだ。

 そして、どうして私が、彼と企画チームを組まされているのかというと……。

 今回の企画は、ファッションカタログの巻頭ページを獲得すべく、五つの部署からチームがそれぞれひとつずつ構成されて争う形のもの。メンズ部門からのチームメンバーとして、私と彼が選ばれたのだ。

 今夜は、企画チームのメンバーとしては先輩である彼の指導を受けながら、明後日あさってが提出期限である、企画の主なコンセプトをまとめた資料作りのために残業していた。

 彼の指導は確かにわかりやすかったものの、話すたびに腹が立って仕方ないのが困る。だって、話し方がすべて上から目線なんだもの。

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