イケメン部長と(仮)新婚ライフ!?

葉月りゅう

ブラック上司、参上 (2)

「このクソ忙しい時間帯に、よく女を口説く余裕がありますね。さすがは責任者様」

「ぶ、部長……!?

 私の裏返った声が響く。

 さわやかなほほみに似合わない口の悪さで、嫌味を言い放つその人は、紛れもなく私の上司……営業部の部長様だ。

 なんで……どうしてここにいるの?

 ピンチを救ってもらえてホッとしたものの、私の頭は軽くパニック状態。

 栄さんも驚きと動揺を隠せていないけれど、ゆがんだ笑みを貼りつけて適当なことを言う。

「な、なんのことだね? 僕は、彼女に商品のことを聞こうと――」

「まぁ、誘いたくなるのはわかります。彼女、可愛いですからね」

 栄さんの言葉を全く聞いていない部長は、とんでもない発言をする。

 けれど、驚くのはまだ早かった。

 栄さんと私の間にずいっと割り込んだ彼が、突然私の肩に手を回してきた。ギョッとして肩をすくめる私を、彼は斜めに流した前髪からのぞく切れ長の瞳で見下ろし、色気のある笑みを見せる。

「ですが、人のものには手を出さないでいただきたい。このは、私の妻なので」

「つ……妻!?

 栄さんはすっとんきょうな声をあげた。私も同じことを心の中で叫ぶ。

 〝妻〟って!! 私たちはそんな関係じゃ……と、否定しかけたものの、「な?」と同意を求められ、ぎこちなく頷いてしまった。

 緊急事態だもの、ここは部長の言う通りにして切り抜けないと!

 私から手を離した部長は、懐から名刺を取り出し、ぼうぜんとしている栄さんに差し出す。

「申し遅れました。私、スマイルメイキングなみづき支店、営業部部長の坂本と申します」

 そう、この部長様の名前は坂本れい。私と同じみょうの持ち主なのだ。結婚しているわけではなく、ただの偶然で。

 だけど、それを知らない栄さんは私たちが夫婦だと思い込んだようで、名刺を見つめたまま口をあんぐりと開けている。

「今後とも、お付き合いのほどよろしくお願いします。ただし〝清い〟お付き合いを」

 部長の声は、落ち着いているけれど威圧感たっぷりで、美麗な顔に不敵な笑みを浮かべていた。


 土下座しそうな勢いで謝った栄さんに満足し、私たちはレストランをあとにした。会社に向かって長い足でさっそうと歩く部長の後ろを、背の低い私はちょこちょこと小走りでついていく。

 中性的だけれどきりりとした顔の部長は、さらさらの黒髪をふわりと揺らし、片手をポケットに入れて歩いている。

 その姿はモデルのようで、いやおうでも目を奪われる。

「部長! あの、ありがとうございました、助かりました……! でも、なんでここに?」

「たまたま近くで休憩してたら、ふたりで変なとこ入っていくのが見えたから」

 彼は真上から注ぐ暑い日差しに、ふたの瞳を細めながら端的に答えた。私はその偶然に感謝しながら、なるほどと頷く。

 本当によかった、部長が機転を利かせてくれて……。

 ピンチを救ってもらえたことに改めて胸を撫で下ろしていると、彼は少しだけ歩調を緩めて私の隣に並び、問いかける。

「お前こそ、なんであの店にいたんだ? あそこはいけの担当だろ」

「あ、頼まれたんです。休憩しに外に出るなら、ついでにパンフレットを届けてほしいって」

 池田さんという、例の先輩社員とのやり取りを簡単に説明した。

 それを聞いた部長はシャープなあごに手を添え、少し考えを巡らせるようにしてから、こんなことを言う。

「……そうか。じゃあ、ここでさいた時間の分、ヤツにお前の仕事を振り分けろ」

「えっ!?

 予想外の返しに、私の声は裏返ってしまった。

 部長は暑さをものともしない涼しげな瞳で、私をちらりと見下ろす。

「言えないなら、俺から言ってやる」

「や、そんな、いいですよ! たいした手間じゃなかったし――」

「そういう問題じゃねぇ」

 慌てて断る私の言葉をぴしゃりと遮り、整った顔を険しくする彼を見て、私は固まった。

「池田は自分の仕事ほっぽらかしてんだぞ。いくらパンフレット届けるだけっつっても、何か質問されたり頼まれたりすることもある。その時に新人の事務員が相手じゃ、対処できないことだってあるだろーが」

 イライラを声に乗せる部長に、私はタジタジしてしまう。自分が怒られているようで、いたたまれない……。

 彼はさらりとした前髪を気だるげに片手でかき上げ、「それに」と続ける。

「あのサカえもんは、女好きで有名なんだ。だから男を担当にしたっつーのに……」

「そ、そうだったんですか!?

 部長までもが〝サカえもん〟と呼んでいることに、ツッコミを入れたいところだけど、それより! あの人がそんな不良物件だったなんて!

 あぁ、確かに、さっきのあの感じは前科があってもおかしくなさそう……。

 私が顔を歪めていると、部長はあきれた様子で言う。

「池田だって、そのことはもちろん知ってる。それなのに坂本を行かせるって、悪意以外ねぇだろ。あわよくばもっと商品取ってもらって、それを自分の手柄にしようとしてた、って疑われても仕方ない」

「そ、そんな……」

 私はまゆを八の字にして、肩を落とした。今の話が本当なら、私は利用されていたも同然じゃない。

 失望のため息を漏らす私を横目で見つつ、部長は悪巧みでもしているかのような笑みを浮かべる。

「だから、きっちりシメてやるんだよ。お前が嫌な思いをした分もな」

「部長……」

 私の気持ちをみ取ってくれて、ちょっと嬉しい。けど、その悪魔のような顔はなんだか楽しんでいませんか? 池田さんをシメることに、快楽を感じたりしていませんよね……?

 美しいけれど、男らしさを感じさせるセクシーイケメンの部長。黒い笑みを浮かべていても、鬼のように怒っていても、当然のごとくカッコいいけれど、その怖さは計り知れない。

 これからオフィスに戻った時のことを想像して、私は軽くぶるいした。

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