イケメン部長と(仮)新婚ライフ!?

葉月りゅう

1st STAGE / ブラック上司、参上 (1)




1st STAGE


ブラック上司、参上


 まだまだ残暑が厳しい、八月下旬の昼下がり。

 私は、とあるレストランの裏口に立っていた。

 主に業務用食品を扱う卸売業の会社、『スマイルメイキング』に入社して五年目。急きょ営業部に異動が決まり、一週間前に配属されたばかり。

 普段はオフィスの中で、資料作成などの事務作業をしているけれど、今は先輩社員から頼まれ事をされてここにいる。

 このイタリアンレストランは、うちの会社から多くの食材を仕入れてくれているお得意様だ。何度か食事をしに来たことがあるけれど、こうやって裏側に入るのは初めて。

 今日の服装は半そでのブラウスに、淡い水色のフレアスカート。レディーススーツではないけれど、キレイ目な格好だから失礼ではないだろう。緩くうねった茶色いロングヘアは、品のよいシュシュでひとつにまとめている。

 身だしなみをチェックしていると、ちゅうぼうから白いコックコートを着た中年の男性がこちらに向かってきた。調理師らしき彼は帽子を取りながら、私をもの珍しそうにまじまじと見る。

「こんにちは。スマイルさん、ですよね?」

 取引先の皆さんは大体、『スマイルメイキング』という社名を略し、〝スマイルさん〟と呼ぶ。

 私は、その社名とニコニコマークが描かれたパンフレットを片手に、笑顔で軽く頭を下げた。

「はい、いつもお世話になっております。営業部のさかもとと申します」

 坂本かず、二十六歳。営業歴は一週間ですけれども。

「坂本さんね。僕はここの責任者のさかえです。よろしく」

 栄さんも頭を下げながら、あいさつしてくれた。

 見たところ、四十代だろうか。ふくよかな体つきでがねをかけているその姿は、あの猫型ロボットに似ている。

 サカえもん……響きもまずまず。

 なんて失礼なことを思っていると、栄さんは三日月みたいに目を細めて笑う。

「いつもの男の子じゃないから、びっくりしたよ」

「すみません。今日はパンフレットをお届けにうかがいました。この間、ご依頼いただいたそうで……」

「あぁ、そうなんだよ。わざわざありがとう」

 いくつかのパンフレットを手渡し、とりあえず任務は完了したと胸をで下ろす。

 休憩時間は残り少ないけど、お昼ご飯食べられるかな……。

 スマイルメイキングの配送センターに併設されている、二階建てのオフィスの近くに、ちまたで人気のパン屋さんがある。いつもはお弁当を持ってくるのだけど、今日は気分転換にそこで休憩を取ろうと思っていた。

 しかし、オフィス一階の出入口で、このレストランを担当している男性社員と鉢合わせ、『外出するの? なら、ついでにパンフレット届けてくれる?』と頼まれてしまったのだ。

 幸い、レストランまでは会社から徒歩十分ほど。まぁいいかと思い……というか、異動してきたばかりの私が、先輩に『休憩中だから嫌だ』などと言えるわけもなく、承諾したのだった。

 内心、早く空腹を満たしたい……と思いつつ、栄さんにはあいのいい笑顔を向ける。

「それでは失礼いたし――」

「あ、ちょっと待って」

 中途半端にしゃくをしたまま、目線だけ上げると、栄さんはニコニコ顔を崩さずに言う。

「聞きたいことがあるんだけど、少しだけいい?」

「あ、はい……!」

 思わず返事しちゃったけど、きっと商品のことだよね? ちゃんと答えられるかな。

 栄さんは「ここだと音がうるさいから、向こうの倉庫に行こう」と言って、さっさと厨房から離れる。

 あとに続いて、レストランの裏手にある物置のようなところへ向かった。私は営業部の前は購買部にいて、取引先からの受注業務をしていた。だから、大体の商品のことはわかるけど、やっぱり不安だ。

「あの、私、まだ営業部に来たばかりなので、きちんとお答えできるかわからないんですが……」

 促されて、小窓がひとつあるだけの薄暗い室内に先に入った私は、もわんとした空気にまとわれながら、栄さんを振り返った。

 すると、さっきと同じはずなのに、どこかうさん臭い笑顔の彼が言う。

「大丈夫、大丈夫。僕が聞きたいのは坂本さんのことだから」

「えっ?」

 なんですと?

 目を点にする私を見たまま、栄さんは後ろ手でガシャンとドアを閉める。

 その瞬間、危険を悟った。熱気とともに閉じ込められ、暑いはずなのに血の気が一気に引いていく。

「君……すごく可愛いね。彼氏いるの?」

 小窓から差し込む光が、ニタリと笑う栄さんを照らす。しかし、目は笑っていない。

 一歩近づかれて、同じ距離を保つために私も一歩後ろに下がる。

「か、彼氏は……いません、けど……」

「そうなんだ。それはラッキーだなぁ」

 き……気持ち悪っ! 『ヒヒッ』って笑い声が聞こえてきそうな顔してる!

 背筋に悪寒がぞぞっと走る。じりじりあとずさると、使っていないであろう調理器具が置かれた棚に、背中がぶつかった。

 栄さんは、行き場を失った私との距離をさらに詰めてくる。

「今度、僕と食事にでも行かないかい? そうしたら、もっと君の会社から商品を仕入れてあげるんだけどなぁ」

「え、や、あの……っ!」

 それ、軽い枕営業じゃないですか! この、盛りのついたサカえもんめー!!

 心の中で暴言を吐くものの、実際はどうしたらいいのかわからない。こういう時は、会社のためにうなずかなければいけないのだろうか。

 吐息を感じるくらい近づいてきた、気持ち悪いサカえもんから顔をそむけ、泣きたくなっていた、その時――。

「そんな汚い手を使う方に見合うような、質の悪い商品は弊社にはありませんよ」

 りんとした声が響いた。ぱっと顔を上げると、栄さんに後光が差したみたいに、彼の後ろから光が入り込んでいる。

 目を丸くして後ろを振り返る栄さん。その向こうに、百八十センチはありそうな、長身の男性が立っていた。すらりとしたスタイルの彼は、片手をスーツのポケットに入れて、こちらにゆっくり向かってくる。

「イケメン部長と(仮)新婚ライフ!?」を読んでいる人はこの作品も読んでいます