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御曹司の溺愛エスコート

若菜モモ

第一章 懐かしい場所 (1)




第一章 懐かしい場所



(帰ってきちゃった……これから会う人を思うとつらい。三年ぶりの日本はまったく変わっていないように見える。変わったのは私……)

 なり国際空港の到着ロビーを出て、リムジンバスのチケットを買ったさくらは、バス停で行き交う人々の邪魔にならないようにして立っていた。

 東京駅行きのリムジンバスを待っていると、ダークグレーのスーツを着た、背の高い男性が視界に入った。

そう兄さま? よく似ている。でもそんなはずはない……私を嫌っているのだから迎えに来るわけがない……)

 こげ茶のサングラスをかけた圧倒的な存在感の男性を、脇を通る人々が振り返りながら見ている。

 桜はどうしても目がいってしまうその男性から、やっとのことで視線をらした。

 日本へ戻ってきた目的のせいで、必ず会わなくてはならない蒼真を思い出してしまい、顔がゆがむ。

 桜はシカゴを出る前からずっと、蒼真のことを考え続けていた。

(大好きだった人……昔は優しく私を見守ってくれた)

 涙が出そうになってうつむくと、ピカピカの革靴が目に入った。

「桜」

 なめらかな低音の心地いい声で名前を呼ばれ、顔を上げる。

「蒼真兄さま……」

 本当の兄ではないのだが、昔からの呼び名をつい口にしてしまった。先ほど見入ってしまった男性は、やはり蒼真だったのだ。

 しかし、久しぶりに会ったのに、蒼真には親しげな仕草はない。端正な顔を崩して笑いもしなければ、サングラスも外さない。冷たい態度を取られるだろうとわかってはいたが、桜は悲しみに襲われる。

 蒼真の態度は仕方ない。そう自分に言い聞かせても、桜はあのサングラスの下の、どんなことでも見透かしてしまいそうな茶色の瞳が見たいと思った。

(久しぶりに会う蒼真兄さまは、今でも私を強くきつける……心をグッと持っていかれるような……そんな気持ちになってしまう)

「荷物は?」

 尋ねられた桜の荷物は、小ぶりのスーツケースがひとつと、肩から斜めがけにしているショルダーバッグのみだ。

「あ、はい」

 桜はハッと我に返り、スーツケースの持ち手をつかんだ。

「これだけ?」

「はい。そうです」

 一週間もない日本滞在なので、荷物は少ない。

 運ぼうとスーツケースを引っ張ると、手が伸びてきて蒼真に奪われる。

 相変わらず美しい指。細く長いのだが、女性的ではなく、しっかりした男性のもの。

 あきづき蒼真は二十九歳と若いが、天才脳神経外科医と言われている。家も裕福で使用人がおり、なんでもやってもらえる身分の人に運んでもらうのは、はばかられる。

「大丈夫です。自分で運びます」

 桜は蒼真からスーツケースを取り上げようと、持ち手の横の部分を掴んだ。

 スーツケースに重みがかかり、歩きかけた蒼真は立ち止まる。そしてサングラスを外し、片方の眉を上げて桜を見つめた。

 きりっとした眉に、スッと高いりょう。誰でもキスしてほしくなるような薄めの唇。今は不遜な顔つきをしているが、ほんの少しでも笑えばその顔が一気に甘くなるのを桜は知っている。

「行くぞ」

 再びスーツケースから桜の手を外して、大股で歩きだす蒼真。身長が高い分、歩幅も広い彼を追う桜は小走りだ。

 ようやく空港の駐車場に着いたときには、息を切らしていた。蒼真は白の高級外車へと足を進める。

 リモコンでトランクを開け、手際よくスーツケースを入れている蒼真に、桜は目がいってしまう。その動きに見とれないように、他に停められている車に視線を向けた。

「桜」

 蒼真は助手席のドアを開けると、さっさと運転席に向かう。

 勝手に座れということなのだろう。桜は無言のまま助手席に乗り込むと、シートベルトをしてショルダーバッグを膝の上に置く。

 運転席に着くと、蒼真はエンジンをかけた。

「あ……バス……」

 桜はリムジンバスを待っていたのだ。今になって思い出した。

(チケットが無駄になっちゃった)

 ため息をついた桜に、黙ったまま蒼真は巧みなステアリングさばきで駐車場を出て、車の波に乗る。

 取りつく島もない彼の態度に、桜は運転中の蒼真に話しかけることをあきらめ、三年ぶりの東京の街並みを車窓から眺めていた。

(やっぱり私は許されていないんだ……)

「どこの大学へ通っている?」

「え?」

 ぼんやり外を見ていたら、突然声をかけられ、ビクッとして彼のほうを向いた。

「大学生だろう? どこの大学へ行ったんだ?」

「……行っていません」

 優秀な蒼真に、大学へ行けなかったことを知られた桜は、話題を逸らしたくて短く答える。

「行っていない?」

 今度は蒼真が驚いたように聞き返す。

「書店員をしています」

 シカゴへ行ったとき、祖母に迷惑をかけたくなくて、大学へ進まなかったのだ。

 蒼真は小さくうなずくと、運転に集中するためか黙ってしまった。

 桜は三年前の彼の笑顔を思い出した。

(今はもう笑いかけてくれない。蒼真兄さまは私のことを憎んでいる……)


 いつの間にか車は、見覚えのある場所を走っていた。

 長く続く白い塀が、自分を拒絶しているみたいに思える。

(やっぱり帰ってこなければよかった……)

 ありありとわかる疎外感に、桜の口から小さなため息がれる。

 そうこうしていると、蒼真の運転する高級外車は、重厚な鋳物の大きな門をくぐり、白亜の豪邸である秋月邸の玄関の前に着いた。

「おかえりなさいませ」

 すらりとした背の高い初老の男性が、助手席側のドアを開けて、深く頭を下げる。

なんじょうさん……お久しぶりです」

 彼は秋月家の執事。桜が十四歳でこの家に住み始めた日からずっと、優しく接してくれた人だ。

 彼の妻もメイド長として働いており、あの頃の桜にとって彼らは、この屋敷で蒼真の次に一緒にいて安らげる存在だった。

「お元気でいらっしゃいましたか? ますますお美しくなられて」

 南条からは、孫を見るような慈しみの表情が見て取れた。

「はい。南条さんもお元気そうで安心しました」

 桜は南条に、にっこりほほむ。日本へ来て初めての、心からの笑みだ。

「家内も首を長くして待っていますよ」

「私も早く会いたいです」

 彼の妻、よしの顔を思い浮かべ、胸が温かくなった。

 蒼真がトランクを開けると、南条の後ろに控えていた黒のワンピースに白いエプロン姿のメイドが、桜のスーツケースを受け取る。

「おかえりなさいませ。蒼真さま」

 南条が、近づいてきた蒼真に丁寧に頭を下げる。

「ただいま。あいさんは来ている?」

「いらしております。奥さまと応接室でお待ちです」

 蒼真は南条に『わかった』と言うように軽く頷いた。

(愛理さん……蒼真兄さまの婚約者……)

 桜がシカゴからやってきた理由は、蒼真と愛理の婚約披露パーティーに呼ばれたからだ。ふたりへの婚約プレゼントは、桜の小さなスーツケースのスペースの大半を占めている。

 蒼真は特に桜を気にも留めずに、さっそうとした足取りで屋敷の中へ入っていく。ついてくるものと思っているのだろう。

「桜さまもどうぞ」

 南条に言われ、桜は蒼真のあとに続いた。

 玄関を入ると、半円形の優美な吹き抜けのホールがある。テニスコートの四分の一ほどもある広さ。アンティークの花瓶などの調度品も飾られており、ちょうらんも優雅さを添えていた。右には、二階まで美しい曲線を描くサーキュラー階段がある。

 広い玄関ホールの左手に、この屋敷の客をもてなす応接室があり、蒼真はその前で桜を待っていた。

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