焦れきゅんプロポーズ~エリート同期との社内同棲事情~
サヨナラ (3)
クスクス笑われても、智美は肩を竦めるばかり。
「……勇希と一緒にいる部屋より、ずっといい」
抱えた膝の上に顎をのせてポツリとつぶやくと、佳代が困ったような目をしてため息をついた。
「そんなわけないでしょ。三年も一緒に暮らしてるんだから」
「時の流れるまま、過ごしてただけ」
「私は、仲よくていいな~って思ってたんだけど?」
首を傾げる佳代に、智美は一瞬黙り込む。
智美が思うに、仲がよさそうに見えたのは、せいぜい同棲一年目ぐらいまでだろう。
「そう思ってるのは、私だけじゃないよ? 俊哉もよく言ってる。『喧嘩するほど仲がいいって本当だな』って」
智美と勇希、そして佳代と勇希の親友の千川俊哉は大手総合商社の同期同士。佳代と俊哉は、去年から付き合っている。
それぞれ部署は違うけれど、同期会での繋がりもあり、お互いによく知っている関係だ。
「俊哉が言うにはね、勇希が仕事で実績上げてるのも、智美がそばにいるからだって」
持ち上げすぎだ、と智美は自嘲した。
勇希が仕事に集中できるのは智美がそばにいるからではない。身の回りの面倒ごとを自分でせずに済むというだけ。
同棲を始めてから、勇希が次々と仕事で大きな成果を上げているのは、もちろん智美も知っている。
最初のうちは、そんな彼が誇らしく、うれしいと思っていた。しかし、今となってはあの頃尽くしてしまったのが、そもそも間違いだったと痛感している。
「……勇希が未だかつてないくらい忙しいのはわかってる。社運を賭けたプロジェクトチームのリーダーに抜擢されて張り切ってるし」
ポツリとつぶやく智美に、佳代が横目を向けた。
海外営業部輸入グループ主任というポストに就く勇希は、現在、ヨーロッパの高級食品会社との合同プロジェクトに携わっている。
昨今のおひとり様女子の増加による〝自分にご褒美〟〝プチ贅沢〟の風潮に乗じて、ちょっと高級なデリカテッセン事業への新規参入。プロジェクト発足から半年が過ぎ、ついこの間、ようやく食品会社との業務提携契約締結にこぎ着けたところだ。
このプロジェクトが軌道にのれば、会社の業績にも大きく貢献できる。
だからこそ、勇希は今、完全な仕事人間になっているのだ。
「勇希、秋の人事で、我が社創立以来、最年少で課長昇進するんじゃないかって噂だよ。同期一番の出世頭になりそうだよね~。ただでさえモテるのに、さらに人気出そうだよね~」
人事部所属の佳代が、そんな極秘情報を匂わす。
「……そんなこと簡単に言っちゃっていいの? 佳代」
仲がいい同期同士とはいえ、人事部の佳代が人事異動に関することを口にするのはご法度。
智美が咎めるように目を向けると、佳代は立ち上がりながらシレッと返事をした。
「だって智美も勇希の昇格人事は予測してるでしょ? なんせ、今期の社長表彰有力候補だもんね?」
キッチンに向かっていく佳代にそう問いかけられ、智美も言い淀んだ。
営業企画部所属の智美は、まさにその〝社長表彰〟の候補者選別や調査、審査に関わる業務補佐にも就いている。実際に表彰された社員は、華麗な昇進劇を繰り広げているという統計結果がある。もちろん勇希も近いうちにそうなるだろうと思っていた。
それを人事部の佳代の口から漏れ聞いてしまうと、よかったと思う反面、複雑な気分も湧き上がる。
キッチンで、佳代がコーヒーを淹れている。インスタントだけど香ばしい香りが漂い、智美はボソッとつぶやいた。
「……期待もなにも。私、勇希に別れるって言ってきたし」
それを聞いた佳代が、苦笑しながら部屋に戻ってきた。彼女は同じ柄のマグカップをふたつ手にしている。
「またまた~。智美、先月来たときも、最初は『もう別れる!』って言ってたじゃない」
佳代はマグカップをひとつ智美に手渡すと、涼しい顔で向かい側にペタンと座る。
彼女がカップに息を吹きかけて冷ます様子を見ながら、智美は自分を戒めた。
勇希と喧嘩して佳代の部屋に転がり込むたびに、最初の数日は感情的にそう連発していたことは、たしかに否定できない。そして一週間やそこらで勇希が迎えに来ると、智美はおとなしく連れ帰られていた。
本気のときには信じてもらえない。これは狼少年の童話に通じる話だろう。
しかし。
本気でこの先を考えるのなら、これがいいタイミングだと判断したのだ。
「うん。……だから今度は本当に、ここらでちょっと別れてみようと思って」
静かに、感情を抑えながら言った智美には、佳代が見ても〝いつもと違う〟決意が漲っていたのかもしれない。
「……智美、本気?」
佳代も眉をひそめて、うかがうような声色で尋ねてくる。
智美はわずかに間を置いて、うん、と大きくうなずいた。
「そろそろ潮時だって思えたから」
短い返事に、佳代は黙り込んでしまった。
この半年で何度も繰り返されたふたりの喧嘩を、佳代は知っている。
怒って落ち込み、ふて腐れてへこんで、最後は勇希のもとに戻っていく智美を、一番近くで見知っていた。
智美が本気なら、無責任に止めるだけではいけないと、彼女はわかっているのだろう。
佳代が絶句するのを見て、智美はさらに決意を強めていた。
本当は、勇希が迎えに来る頃には、いつも通り仲直り、という気持ちもある。しかし、こうして同じことを繰り返すたびに、ふたりの間にあったはずの恋心が失われていくことを、智美が一番わかっている。
「この先一緒に過ごしたら、今以上に……お互いの存在が〝無〟になりそうな気がするから」
苦いコーヒーを口にしながら、智美は自分に言い聞かせるように言った。
(うん。……それで間違ってない)
心の中で何層にも積み重なった、勇希への不満。鬱屈した感情の最下層で、彼に恋をしていた頃感じていた淡いときめきは、固まってしまっている。
この先、あのときめきを再び感じる日がこないのなら、もう恋人でいる意味がない。
智美は、そう決心していた。
翌日金曜日の朝。智美は佳代と一緒に出勤した。
昨夜智美が佳代の家に転がり込んだ経緯については、ふたりともお約束のように口にしない。そのおかげで、ふたりが通勤途中で交わす会話は、ランチや飲みに行ったりするときと変わらない、明るく楽しい話題ばかりだ。
朝からテンション高く笑いながら歩いていたら、丸の内のオフィスビルにあっという間にたどり着いた。
エントランスのセキュリティに近づくと、ふたりとも習慣でバッグから入館証を取り出す。
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