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溺愛恋鎖~強引な副社長に甘やかされてます~

きたみまゆ

1 不愛想な秘書 突然のキスに混乱する (1)

1 不愛想な秘書 突然のキスに混乱する


「キスする?」

 静かなバーの個室で、副社長がそう聞いてきた。

 まるで、どっちでもいいけど一応確認しておくか、みたいな口調。『もう一杯飲む?』とか『ひと口食べる?』とか、そんな感じのテンションで。

「え……?」

 意味が分からず顔を上げて目を瞬かせると、逞しい体がこちらに近づいた。

 私の後頭部を大きな手で支え、瞳の奥を覗き込む。

 野性的な印象なのに、整った綺麗な顔。大人の男の色気をまとう彼にじっと見つめられ、慌てて顔を伏せた。

 どうしていいのか分からなくて、副社長の首もとにぎゅっと額を押しつけ黙り込む。

「おい。それじゃキスできないだろ」

 あきれたように喉の奥で笑いながら、副社長は私の髪に口づけを落とす。

 髪に神経は通っていないはずなのに、体の奥が痺れ、ぶわりと一気に体温が上がった。

「ほら、顔上げろ」

 副社長の長い指に顎をすくい上げられそうになって、必死に額を押しつけたまま首を左右に振る。

「だ、だめです……!」

「なんで?」

「初めてなんです!」

 叫ぶように言うと、私の顔を上げさせようとしていた手が止まった。

「は? なにが?」

 理解できない、というように困惑した声を漏らす副社長。

 私はおずおずと顔を上げ、涙目で訴える。

「だから、キス、初めてなんです……」

 そう言った瞬間、切れ長の綺麗な目がまん丸に見開かれる。一瞬言葉をなくしてから、盛大に噴き出した。

 肩を揺らして笑われて、羞恥心がものすごい勢いで押し寄せてくる。

 そりゃあ、二十七歳にもなった女が、キスの経験もないなんて滑稽かもしれないけど、そこまで笑わなくてもいいのに。

 ひとしきり笑った副社長が目尻に浮かんだ涙を拭いながら、「あー、まいった」とつぶやいた。

「まいったって、なんですか」

 むっとして眉をひそめると、副社長がソファの背もたれに体を預けながら私を眺める。

「いや、不覚にもかわいいなぁと思った」

「か……っ!」

 今度は私が言葉をなくす。

 動揺のあまりぱくぱくと口を動かす私を見て、副社長が目を細めた。

みなみ、お前さぁ。この状況で初めてって言うの、男をあおってるとしか思えないぞ」

「あお……っ!?

 まさか。ドン引きされる覚悟はあったけど、煽ったつもりなんて微塵もない。

 ぶんぶんぶんと首を横に振っていると、腰に手が回り、引き寄せられた。

「煽った責任、ちゃんと取れよ」

 低い声でささやかれ、それだけで腰が砕けるかと思った。

 いつの間にか小さな女の子のように膝の上に抱き上げられ、下からついばむようなキスをされる。

「ふ、くしゃちょう……っ」

 どうしていいのかわからなくてキスの合間にそう呼ぶと、副社長は目もとだけで楽しげに笑っていた。


 南、二十七歳。

 CGやVRを使ったプロモーションやインターネットの広告事業などを手掛ける『TKクリエイション』という会社で社長秘書をしている。

 もともとは大きな建設会社のマーケティングやプレゼンに用いていた技術を特化させた、ベンチャー企業だ。役員も社員も若手が多く勢いがあり、経済紙やテレビのドキュメンタリー番組でも、社長や副社長がIT業界の先駆者としてたびたび取り上げられている。

 花緒里というやわらかで華やかな印象を与える名前とは正反対に、かわいげなんて言葉には縁のない私。

 シルバーのフレームの眼鏡をかけた地味な顔に必要最低限の化粧をし、遊びのないシンプルなスーツ。背中の辺りまである黒髪を片方の耳にかけ、広い歩幅で廊下を歩く。

 女性としてはかなり高い百六十九センチの身長に、仕事用に履いている黒いパンプスのヒールは三センチ。

 背筋を伸ばすと大抵の男性社員と同じくらいか、下手すれば彼らよりも背が高くなる。

 小学校の高学年になる頃から身長が伸び始め、中学入学時には周りの女の子たちより頭ひとつ分背が高かった。そのせいで、私の学生時代のあだ名は〝恐竜〟だった。

 朝教室に行くたびに『恐竜の襲来だ!』なんてからかわれていたせいで、いまだに恐竜を見ると少しイラッとする。

 入社したばかりの頃、恐竜をテーマにしたアプリの開発をしていたらしく、エレベーターホールに二メートル弱のティラノサウルスのパネルが置いてあった。

 同じくらいの目線でこちらを見るティラノサウルスに勝手に敵対心が湧き上がり、前を通るたびにそのパネルを睨みつけていると、『秘書室の南さんは怖い』という印象が社内に定着してしまった。

 今もそのイメージを払拭することができないまま、〝背が高く無口で威圧的な秘書〟というのが私の通り名のようになっている。

「おはようございます」

 社長室へ入ると、「おはよう」と爽やかな笑みを返してくれる私の上司。

 TKクリエイションの社長、くらなおだ。

 穏やかな性格に整った外見、さらにすらりとした長身の彼。おまけに三十二歳にしてIT企業の社長を務め、父親はTKクリエイションの前身となる部署があった国内有数の建設会社の社長という御曹司でもある。

 ちなみに、こんなに好条件な彼は独身。しかも仕事が忙しく私生活は後回しにしているせいか、恋人もいないらしい。

 そんな彼の秘書を務めている私には、当然やっかみの言葉をかけてくる女性社員もいる。

 だけどそのたびに、こんな完璧な男の人とどうにかなりたいなんて夢を見られる彼女たちを、うらやましいなと思う。コンプレックスだらけの私にとっては、社長に憧れるどころか、普通の恋をするのだってハードルが高すぎる。

「そういえば昨日、ちゃんとがたに家まで送ってもらった?」

 手帳を開き今日のスケジュールの確認をしていた私は、その問いかけにぎくりと肩を強張らせた。

「あ、はい。いえ、ええと……」

 意味もなく手帳をパラパラとめくりながら、目が泳いでしまう。

 たった十時間前、副社長にされたキスが蘇って、一気に頬が熱くなった。

 昨夜は仕事で組む空間ディレクターのさんと打ち合わせをすることになり、肩肘張らず気楽に話そうと個室のあるカジュアルなバーで会合を持った。

 羽野さんの仕事は、企業のイベントブースや展示会をコンセプトに沿ってデザインし、設営することだ。

 今回は羽野さんが担当することになった大手家電メーカー『KANATAカナタ』の新製品発表会のプロモーションイベントでプロジェクションマッピングを使いたいということで、映像制作や投影システムをうちの会社が協力することになったのだ。

 同世代の都倉社長と羽野さんは話が盛り上がり、『緒方も呼ぼう』と副社長を呼び出した。

 四人で談笑しているうちに、羽野さんはいかにもクリエイターといった遊び慣れた風貌なのに下戸だったらしく早々につぶれ、責任を感じた社長が送ることになった。

 そこまではよかったのだ。そこまでは。

 なんであのとき社長と一緒に店を出なかったんだ、なんて後悔してももう遅い。

 呼び出されたばかりで飲み足りないという副社長をひとりにするのも悪いかと、その場に残った。

 ――そして、キスをされた。

 昨夜のことを思い出して言い淀んだ私に、なにかがあったと悟った社長がため息をひとつつく。

「南のことは任せたって言っておいたのに。あとで緒方にひと言言っておくよ」

 そう言われ、慌てて首を横に振る。

「いえ! 私は勝手にタクシーで帰ったので!」

「そう?」

 疑うようにこちらを見る社長に、今度は首を縦に振る。

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