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ヒロインな妹、悪役令嬢な私

佐藤真登

七歳編 (3)

 だから私はマリーワのしごきに耐えなければならない。立ち姿ができれば歩き方、座り方、お辞儀の仕方に話し方などへとつながっていくのだが、その前の段階の訓練を課せられている私の中で、抑えきれない疑念がふくれていた。

「なあ、マリーワ」

「ミス・トワネットです、お嬢様。先ほどの言葉遣いと殊勝な態度には目を見張るものがありました。あの外面を常に被れるようになれば、私もムチを振るう必要がなくなるのですが?」

「……ミス・トワネット。お聞きしたいことがありますの。よろしいですか?」

「はい。どうしました?」

 普通に話しているとマリーワが会話をしてくれないので、しぶしぶ叩き込まれたお嬢様言葉を駆使して疑問を呈する。

「ミス・トワネットはどうして私の頭の上に本を積み上げていきますの?」

 なぜかマリーワは立ち姿の練習をする私の頭のてっぺんに本を積み上げ始めたのだ。一冊だけではなく、二冊三冊と積み上げている。増加する本の厚みは地味に私の首を圧迫していくので、微妙に苦しい。

 この状況はちょっと不可解が過ぎる。これは行儀作法の授業だと思って黙っていたのだが、自分をごまかすのも限界だ。もしや私は新手の大道芸の練習でもさせられているのだろうか。

 そう思っている私の頭の上に、さらにもう一冊追加される。

「これは由緒正しき訓練の一環です。頭の上に本を載せることによって、自分の体幹を意識させるのです。頭の上に本を載せてもびくともしなくなったとき、その人は素晴らしき立ち姿を得ることができます。極めれば頭に本を十冊載せたまま歩行することすら可能でしょう」

「ほほう」

 マリーワの言葉に本を落とさないように相槌あい づちを打って、確信した。

「やっぱり大道芸の一環じゃないか!」

「断じて違います」

 さらに一冊、私の頭の上に本が追加された。


 首が痛い。

 計十冊の本を頭の上に載せたまま歩いて部屋を一周するという大道芸を仕込まれた私は、食事の席で鈍痛に悩まされていた。

 食事では家族が勢揃いする。特にお父様はノワール家当主として上級貴族の責務を担っているから、顔を合わせられる食事は貴重な家族の時間なのだ。

 食事の席の並びは上座に我らがお父様。横並びで私とミシュリーだ。いままさにメインディッシュの魚のソテーを食べている家族団らんの真っ最中である。

 けれども首が痛い。

 首をまっすぐにして頭のてっぺんからかかる負荷に耐えていたせいか、首筋の調子がおかしい。うまく曲がらない。おかげさまでいつもどおりに食事もできなければ会話もこなせず、粛々しゅく しゅくと食事の時間が過ぎていく。これも全部マリーワのせいだ。なにもかもマリーワが悪い。

「おねえさま、だいじょうぶ?」

 食事の最中、何度も手を止めて首筋をさすっていたからだろう。私の隣の席に座るミシュリーが、そっと首筋に手を伸ばしてきた。

「くび、どうしたの?」

「ああ、これは大道芸を仕込まれた代償で、大したことはないんだよ」

 心配してくれるミシュリーを安心させるため、痛みを押し殺してにこりと笑う。

 仲良し姉妹の私たちだが、実は私とミシュリーは血がつながっていない。

 容姿からしてまるっきり異なるのだから、当たり前といえば当たり前なのかもしれない。黒髪黒目の私と違って、ミシュリーは金髪碧眼へき がんの天使だ。私と同じノワールという偉大なる姓を頂いてはいるけれども、妹のミシュリーはその血を継いでいない。

 ミシュリーがノワール家に来たのは、忘れもしない、二年二カ月と十日前。私が五歳の頃で、屋敷の書斎にあった本をことごとく読み尽くした時分だった。

 そのときの私は養子の子が家に来ると聞かされて、ややブーたれていた。

 貴族たる家が養子を連れてくる場合なんて、だいたいが愛人の子供を引き取るときだと相場が決まっている。お父様がよそで作っためかけの子を引き連れてくるんだろうと考えたらムカムカした。養子を連れてくるなんて死んだお母様を侮辱ぶ じょくするような行為をするお父様にイラついていたし、その象徴のような養子という存在自体にも腹が立った。

 いっそイジメてくれようか。イラ立ちに任せ愚かなことを考えた私はミシュリーと対面した。

 天使が降臨していた。

 ふわふわ巻き毛の金髪に、透き通った碧い目。庇護欲がそそられるほどか弱そうで、それでもなお三千世界をあまねく光り輝かせるような魅力は、前世の記憶を思い出すほどに衝撃的だった。

「おねえさま。いたいのいたのとんでけー!」

「ふふ。ありがとう、ミシュリー。すっかり痛みが飛んでいったよ。お礼に、あーん」

「あーん!」

 そっと優しく痛む首筋を擦っておまじないをかけてくれた妹の口に、メインディッシュを一切れ運ぶ。ミシュリーは嬉々として口元に運ばれた魚のソテーにぱくついた。

 あまりのかわいらしさに思わずほおが、ほにゃらんとゆるんでしまう。

 思い出した物語『迷宮デスティニー』の中でミシュリーはヒロインだった。この世界の神様の感性は正常だ。この世で誰が一番かわいいのかよくわかっている。ミシュリーに目をつけるとは慧眼けい がんの持ち主だ。今度教会で礼拝する機会があったら少しばかり褒めてくれようと思う。

 そのくらい私の妹はかわいい。この世界が妹のためにあるといわれても納得できるほどに、私の妹は最強にかわいいのだ。血がつながっていないからなんだというのだ。血のつながりよりなおも強いきずなが私とミシュリーの間にはあるのだ。

「おねえさま。おかえしに、あーん!」

「あーん」

 ミシュリーはたどたどしくも一生懸命にナイフとフォークを操り自分の食事を分けてくる。妹からの「あーん」という世界一おいしくなる魔法がかけられたそれに、にへら、と頬がさらにだらしなく緩む。

「おいしーねー、おねーさま」

「なー。おいしいなー、ミシュリー」

「な、なあ、クリスティーナ、ミシュリー。父にも──」

「お父様は席が遠いから無理だ」

「だー!」

 上座にいるお父様は、隣り合わせにいる私たち姉妹とは距離がある。お父様の要望を却下しながら、私は前世の知識で一つだけ腑に落ちない部分へ思いをめぐらせる。

 世界で一番かわいい私のミシュリーが、世界のヒロインであるというのは当然だ。地上に舞い降りた大天使ミシュリーこと我が最愛の妹にもっともふさわしい役どころである。

 だがひるがえって、どうしても納得できない役柄が一つある。

 恋愛要素の強い『迷宮デスティニー』の中で、ミシュリーと対照的な人物として描かれ、ひときわ目立つ人物、クリスティーナ・ノワール。彼女は世界に愛される主人公をうとみ、しいたげ、阻害し、最後には自らの行いの報いを受けて破滅する。

 つまり私は、最愛の妹ミシュリーに最低な所業をなす悪役令嬢だった。


 ミシュリーは貴き血を引いている。

 公爵家の生まれである私も一応は王族の血を引いているが、ミシュリーの血の濃さは私の比ではない。前世の知識で得た情報だと、王妹殿下がひそかに産んだ子がミシュリーであるそうだ。

 ミシュリーの母親であり、王妹殿下でもあるイヴリア・エドワルド。彼女はご成婚されていない。というか、王妹殿下はもう何年も前に亡くなられている。時期から見てミシュリーを産んだ影響だろう。細かい設定は前世の物語において語られることはなかったが、ミシュリーの生まれは身分違いかなにか、政治的な事情で公表されない立ち位置にある。

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