この度、友情結婚いたしました。

田崎くるみ

「いろいろありまして、友情結婚いたしました」 (1)




この度、友情結婚いたしました。


「いろいろありまして、友情結婚いたしました」


 海沿いにある、小高い丘に建つチャペルからはキラキラと輝く海が見渡せる。

 優しいパイプオルガンの音色が響く中、私たちの挙式は順調に進んでいった。

「それでは、誓いのキスを」

 外国人牧師の口から出たのは、少しだけイントネーションが違う日本語。

 牧師の声に、私たちはゆっくりと向き合い、私は彼にベールを上げてもらうべく少しだけかがんだ。

 すると長い手が伸びてきて、そっとベールが上げられる。

 視界が鮮明になり、顔を上げれば長年見飽きた顔があった。

 ひな壇の下では、お互いの両親や親戚、友人たちが感動のまなしで見守っている。

 そんな神聖な場所で、私たちは見つめ合い、心の中で言葉を交わしていた。

『間違っても、くちびるにキスなんてしないでよね!』

『当たり前だろ? 誰がお前にキスなんかするか!』

 毒づく私たち。

 この度、晴れて夫婦になります。ちょっとだけ違うかたちの結婚です。お互い愛など全くない、ふたりの間にあるのは友情のみの、友情結婚です。

 なんでそんな結婚をしたのか。――それは三ヵ月前にさかのぼる。


 * * *


「悪いね、うちむらさん。七月以降の更新はちょっと……」

 入り間近の五月下旬。

 人事部に呼び出されたと思ったら、突然の派遣切り通告。

「不景気でこれ以上、人件費に回す余裕がなくて。いや、内村さんが仕事できないからとか、そんな理由ではないからね。よくやってくれていると聞いているし」

 じゃあどうして更新してくれないのよ! とツッコみたくなったけれど、グッとこらえ、こぶしを握りしめる。

「そんなわけで、残り一ヵ月だけど、よろしくね」

 ダメだ。顔が引きつる……!

 それでもなんとかこらえ、「失礼します」と下げたくもない頭を下げて、人事部をあとにした。


 内村まどか、二十八歳。

 身長百五十六センチに標準的な体重。パーマがかかったセミロングの黒髪を、仕事中はいつもシュシュでまとめている。歳のわりに幼く見られてしまうのが、コンプレックスだ。

 短大在学中に、必死に就職活動をしたものの、不況でなかなか正社員としての内定がもらえず、あえなく撃沈。卒業後は派遣社員として、細々と生計を立ててきた。

 けれど、その生活も来月で終わり。先ほど派遣切りを言い渡されたのだから。


「アッハハハハ! まどか何度目だよ、派遣切りに遭ったの!」

「知ってるくせに、わざわざ聞かないでよね」

 その日の夜。

 憂さ晴らしに、自分の部屋のベランダでヤケ酒を飲んでいると、隣の家に住む幼みも顔を出し、ベランダ越しに飲み明かしていた。

 昔からのよしみでポロリと今日のことを話せば、彼は大きな声をあげ、お腹を抱えて笑いだしたのだ。

「二十八歳にもなって、派遣切りって……お前、ヤバくね?」

「本当にもう、黙ってくれない?」

 ジロリとにらんでも、彼はひたすら笑い続けている。

 おおさわはる、二十八歳。

 家が隣同士で同い年で、生まれた時からずっと一緒に育ってきた、と言っても過言ではない。

 お互いひとりっ子で両親同士も仲がよく、きょうだいのように過ごしてきた。

 春樹は、昔からなんでも器用にこなすタイプで、そこそこいい高校、大学に進学し、今では誰もが知っている、大手銀行本社に勤務する超エリート。

 身長百八十センチで、男にしては少し身体の線が細いものの、日々鍛えているらしく、意外と筋肉質。

 色素が薄く、細い髪質で短めの無造作ヘア。色白の肌におくぶたのシャープな目元。筋の通った高い鼻と薄い唇を武器に、昔から女子たちに騒がれていた。

 両家ともに二階建ての一軒家。部屋が向かい合っていて、ベランダからお互いの部屋に行けてしまうくらい近い。

 そんな距離感でいたから、毎日顔を合わせてしまうし、仲は深まっていくばかりだった。グチをこぼしたり、男女として違う立場から、いろいろな相談に乗ったり乗られたり。

 そんなこんなで不本意だけど、春樹との友情を深めて早二十八年。この男女の垣根を越えての友情は、今なお不滅だ。

「もー、いい加減笑いすぎ」

「悪い悪い。ところで、おばさんたちには言ったのか?」

 缶ビールをあおりながら、のんに聞いてきた春樹に、ガックリとうなだれてしまう。

「そんなの言えるわけないじゃない。……また派遣切りに遭ったなんて言ったら、どんな反応をされるか」

 契約を更新されなかったのは、これでもう五回目。原因は景気の悪さなのか、私の能力のなさなのか……。

 もちろん、派遣で働きつつも、足しげく職安に通い、正規雇用での就職口を探してきた。けれど、面接を受けては不採用通知をもらい、大学を卒業してからずっと、派遣社員という地位に甘んじている。

 最初の頃こそ、両親も『不景気だから、仕方ない』と寛大でいてくれたけれど、さすがに私が二十五歳を過ぎてからは、ちょくちょく小言を言ってくるようになった。

「いよいよ、見合いでもさせられるんじゃないか?」

「そうね。すぐにお見合い用の写真撮ってこい、って言われそうで怖い」

 思わずぶるいしてしまった私を見て、春樹は「クククッ」と声を押し殺して笑っている。見た目はいいのに、残念な性格……。

「もー、笑い事じゃないんですけど!」

 そうなのだ。最近では、『いつまでも派遣社員として働くくらいなら、さっさと辞めて結婚して専業主婦になれ!』と言われてしまっている。

 かんべんしてほしいけれど、両親が心配する気持ちもわからなくはない。

「悪い悪い。でもさ、結婚もいいんじゃねぇの? ダラダラ働くより専業主婦として、のんびり暮らせばいいじゃん」

 春樹は口端を上げ、ごとだと思って面白がって言うけれど、当事者の私は『そうかもね』なんてうなずけるわけがない。

「やめてよね。第一、私に結婚願望がないのを知っているくせに」

 そう、私は結婚に対する憧れや理想を抱いていない。二十歳はたち前後はそれなりに願望があったけれど、早くに結婚した友達の様子を見ているうちに、いつしか夢を見られなくなっていた。

 高校を卒業すると同時にデキちゃった結婚したはいいけど、あっさり離婚し、シングルマザーとして頑張っている子。

 就職先で出会った人とスピード婚したけれど、だんさんが実はものすごい亭主関白で嫌な思いをしている子。

 誰もが羨む男性と結婚したものの、同居したしゅうとめさんが厳しい人で苦労している子。

 お金持ちの年上男性と結婚し、何不自由ない生活を送っているものの、彼が忙しい人で、いつも寂しい思いをしている子……。

 それぞれの大変そうな話を聞いていると、独身でいたほうが楽でいいと思うようになってしまった。

「いいじゃん、結婚! 俺が女だったら、迷わずセレブ男を捕まえて、豪遊して悠々自適に暮らすけどな」

「えー……それって幸せ?」

 無邪気に目を輝かせる春樹だけど、私はそうは思わない。

 友達は全然幸せそうじゃなかった。ぜいたくできても寂しいって言っていたし。

 けれど、それは男女の考え方の違いなのか、春樹はすぐに肯定してきた。

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