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婚約恋愛~次期社長の独占ジェラシー~

若菜モモ

第一章 女はデリケートな生き物 (2)

 修一は振り返って、わたしに聞くわけでもなくひとりごとのように言った。二十室あるパネルの中、電気がいているのはわずか二室だった。

「どこでも一緒だな。こっちでいいか、もう遅いし。明日は休みだろ。宿泊でもいいよな?」

 わたしが返事をする前に、部屋の写真の下にあるボタンを押した。パネルは暗くなり、部屋番号が書かれた鍵が出てきた。

 宿泊……? そんな……。

 彼は困惑するわたしの手を握ると、奥へと進む。これから初体験なのに、わたしの心臓は高鳴っていない。

 ううん。別の意味で心臓が暴れている。不安ばかりが増す中、エレベーターに乗り込んだ。

 三階のボタンを押した修一は、性急にキスしてきた。優しいキスとは思えない。すぐに舌を入れて強く吸う。わたしは困惑してされるがままだ。

 わたしたちを乗せたエレベーターはすぐ三階に到着して、ドアが開く。そこで修一はキスをやめて、わたしの肘をつかむと目的の部屋に足を進める。その部屋の鍵を開けて、わたしたちは室内へ。

 初めて入ったラブホテルの内装に、身体が硬直した。出入口はシンプルなインテリアだったのに、奥には丸いベッドがあり、天井と壁が鏡張りだった。わたしは、あり得ない……と小さく首を横に振る。

 そんな……これじゃ、あの最中も丸見えってこと?

 ぼうぜんと突っ立っていると、ガバッと修一の腕が回ってきて抱きしめられる。

「ようやく花菜とセックスできる」

 え? な、なんなの? ムードのない言い方……。

 彼の言葉に戸惑っていると、顎を持ち上げられ、乱暴に唇を重ねられた。

「んっ……」

 キスをしながら、お気に入りのワンピースの背中のファスナーを下げられる。

「しゅ、修一、ちょっと……んんっ、ま、待って……」

 修一のキスから逃れ、肩からずり落ちそうになるワンピースを両手で押さえると、彼は気に食わない顔になった。

「なんだよ。ムードねえな」

 修一はこれ見よがしに大きなため息を漏らす。それがわたしのしゃくさわった。

「ム、ムードがないって、それはそっちでしょう!?

 ワンピースのファスナーを後ろ手で上げながら、眉を寄せて彼を見る。

「俺のどこが、ムードがないって言うんだよ」

「ようやくわたしとセックスできるって言ったんだよ? セックス……って。別の言い方できないの? 修一はわたしの身体目当てなの?」

「ったく、うるせえな。今までの元を取ろうとしただけだろ」

 修一のムッとした顔は初めて見るものだった。わたしは怖くなって、ジリッと一歩後ずさる。

「……今までの元って、どういうこと?」

 もしかしたら、デート代のことを言っているの? すべてのデート代を修一に払わせていたわけじゃない。わたしが払うときもあった。割り勘だって……。

 今、修一の本性が見えた気がした。

 言い過ぎたと悟ったのか、修一は急に口角を上げて笑みを浮かべた。

「ごめん、そういう意味じゃないんだ。早く花菜を抱きたくて……性急過ぎたよ」

 そんなことを言われても、もう遅い。修一への気持ちはシャボン玉がはじけるようにパンッと消えていた。

 目頭が熱くなって、泣くまいと必死にこらえながら、じゅうたんの床に落としていたバッグを拾い上げる。それから財布を出して、中から紙幣を全部抜いた。

「花菜?」

「もう二度と会わないからっ!」

 プルプル震える手で、持っている数枚の紙幣を修一に投げつけた。

 といっても、彼の顔には届かず、紙幣はひらひらと絨毯に舞い落ちる。

 あっに取られている修一をその場に残し、わたしは下品な部屋を飛び出した。


 逃げるようにして出てきたラブホテルのある渋谷から、せいじょうがくえんまえで電車を降りて、徒歩で十分かけて帰ってきた。

 がや区成城……今ではセレブが住む街と言われているけど、おじいちゃんがここに住み始めたとき、まわりは畑や田んぼばかりだったそう。しだいに大きな家が建ち始め、わが家も二十年前に建て替えをしたが、まわりに比べると豪邸には見えない。

 ちなみにお父さんは個人経営の不動産屋。従業員数は十五人。経営はうまくいっているみたい。

 豪邸ばかりのこの地区で、うちと比較にならないくらいのお金持ちは隣の高宮家。京平の家だ。敷地は六百坪。広い庭にごうしゃな白亜の家。家族ひとりずつの高級車があるという、お金持ち。

 お隣さんということもあって檜垣家と高宮家は親しい。特に母親同士は、よくお茶やショッピングに出かけている。

「……ただいま」

 自宅の玄関に入った途端、力が尽きた感じで壁に手をつきながら、パンプスをのろのろと脱ぐ。

「あ、花菜、おかえり~」

 ちょうどリビングから出てきた葉月が出迎えてくれる。アッシュブラウンに染めたベリーショートの髪をタオルで包んでいることから、お風呂上がりのよう。スリムなボディにキャミソールとおそろいのショートパンツを着ており、長い脚が露出している。身長が百七十センチある羨ましいほどのスレンダーボディで、肉感的な要素は見当たらず、少年のようだ。

 彼女の職業はモデル。二卵性双生児の葉月の肉はわたしについてしまったみたい。わたしは彼女より十センチ低く、スレンダーボディとは縁遠い標準体型だ。顔も葉月はれい系、わたしは可愛い系とよく言われ、いつも双子には見られないくらい似ていない。

「あれ、デートだったんでしょう? 彼とけんした? 目が赤いよ?」

 パンプスを脱いで玄関を上がったわたしを、首をかしげて葉月がじっと見る。

 妹にはなんでも話してきたほど仲がいい。彼女はすぐに、わたしになにかあったと悟ったらしい。

「葉月ぃ~」

 わたしは泣きそうになりながら、葉月に抱きついた。


 二階のわたしの部屋についてきた葉月はベッドの上に座っている。長い脚で胡坐あぐらをかいて。

 わたしの話を聞いた葉月は、怒りをあらわにする。

「なにそれっ、最低な男ね! 花菜ったら、お金置いてくる必要なかったのにっ。それに花菜を心から愛していれば、セックスなんて言葉は言わないわよ!」

 葉月の文句は延々と続く。頭に巻いたタオルをうっとうしそうに外して、怒りに任せてブンブン振り回している。

「わたしって、男を見る目がないみたい……」

 思い出すと悔しくなって、ようやく止まった涙が再び出そうになる。電車の中でも我慢しきれなくて、少しグズッとさせてしまったけれど。

「そんな男のために泣く必要なんかないって!」

 葉月は身を乗り出して、ベッドサイドのテーブルに置かれたティッシュをボックスごと長い腕でわたしに押しつける。

「だけど……」

 言葉を切って、クスッと笑う。

「な、なんで笑うのよ」

「花菜、まだバージンなんだ? わたしたちはなんでも話す仲だけれど、さすがにそういうことは内緒だったでしょ」

 ということは……葉月は経験済み?

 驚いたけれど、二十六歳にもなってロストバージンしていないほうが驚くか……。しかも葉月のように異性にモテるタイプなら。それでも、気になるから確かめないと。

「葉月は、もちろん……?」

 上目遣いでうかがうように彼女を見ると……。

「当たり前じゃない。だいぶ前にね。何歳かは言わないわよ」

 葉月はしれっと答えた。フフッと笑う妹に、わたしは言葉を失う。

「なに驚いた顔してんの? その年でバージンは天然記念物ものよ?」

 自分が人より遅いとは認識しているけれど……置いてきぼりを食ったみたいにショックだった。

「でもさ、京平のことを無意識に彼氏……もとい! 元彼に話していたとはね」

 はぁ~っと、葉月は大きなため息を漏らす。

「ね、京平に告白したら? ずっと好きなんでしょ?」

 ベッドの下に膝を抱えて座っているわたしに、身を乗り出してにっこり笑う。

「な、な、なに言ってるのっ!? 京平には彼女がいるし、告白なんかして今の友達関係を崩したくないんだから」

「まーったく、花菜は奥手なんだから。もっとずっと早く告白していたら、今頃京平と結婚していたかもよ?」

「なんでそこに飛躍するの? ね、いい? お母さんに余計なことは絶対に言わないでよ」

 大胆不敵な葉月は、ときどき突拍子もないことをする。

「もちろん花菜が京平をずっと好きなことは黙っているけれど、彼と別れたとは言うからね。お母さん、がっかりするだろうな~。早く花菜を結婚させて孫が見たいって言っていたから。まだそんな年でもないのにね」

 お母さんの願いを思い出したのか、葉月はフフッと笑う。

「葉月にはきりたにさんがいるじゃない。結婚したらいいんじゃないの?」

 桐谷さんは三十二歳の新進気鋭のカメラマン。葉月とは二ヵ月前に仕事で知り合って、付き合い始めたそうだ。ふたりで写っている写真を見たことがあるけれど、口ひげと顎ひげはわたしの好みじゃない。

「えー、わたしはまだまだ結婚なんてしないわよ。野望をかなえないと」

「野望?」

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