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極上な御曹司にとろ甘に愛されています

滝井みらん

憧れの彼とお近づきになりました (2)

「相田さん、これからよろしくね」

 控え目な声がして振り返れば、そこにいたのは私と同期のなか君。

 田中君はうちの女子社員の間では、草食系眼鏡男子として名高い。それほど目立つ存在ではないが、身長も百七十五センチくらいあって、目は二重で顔も割と整っているし、穏和な性格でモテている。真木さんや高橋さんはハイスペックすぎて手が届かないけど、田中君は本命にしたい現実味のある男性ってところだろうか。

 でも、私はずっとふたりに目がいっていて、田中君の存在をすっかり忘れていた。気心が知れた人がいて、ちょっと緊張が和らいだ気がする。

「田中君がいて少しホッとしたよ。やっぱり知ってる人がいると心強い」

 笑顔を作って田中君に微笑むと、私は自分の席についてパソコンを立ち上げ、パスワードを入力する。だが、拒否されてログインできない。

「あれ? なんで?」

 ひとり首を傾げていると、不意に耳元で声がした。それは高橋さんの甘い低音ボイスで……。

「ああ、ごめんね。うちのセキュリティ少し厳しくて使用者以外はログインできないんだ。これ前任者の設定のままみたいだね。設定変えるからちょっと待って」

 私の背後から高橋さんの手が伸びてきて、私の目の前にあるキーボードを操作し始める。自分の髪に軽くかかる彼の吐息に、ハッと息をのんだ。

 近い、近すぎる~!

 これでは身動き取れないし、上手く呼吸もできない。

 この状態いつまで続くの~!

 硬直しながら背後にいる高橋さんの様子を窺っていると、設定が終わったのか彼が私から離れた。

「今度は入れると思うよ」

「ハイ……アリガトウゴザイマス」

 私は正面を見据えたままぎこちなくお礼を言うと、震える手で自分のパスワードを入力した。

 まだ高橋さんの視線を感じるが、振り返ってまともに彼の顔なんて見られない。

 やっとログインできたが、今の私は放心状態。

 なんか……まだ仕事もしてないのに精神的にひどく消耗した。初日からこれでは私もたないかも……。

「相田さん、大丈夫?」

 高橋さんが気遣わしげに声をかけて私の顔を再び覗き込む。

 視界にしゅうれいな顔がドアップで入ってきて、びっくりした私は大きく仰け反った。

「だ、大丈夫です」

 ……心臓に悪すぎる。

 強張った笑みを顔に貼り付けつつも、しばらく私を放置しておいてください……と高橋さんに対して失礼なことを心の中で願った。

 彼との距離感に戸惑ってしまう。こんなに近くまで接近してくるのは海外生活が長かったせいだろうか?

 初日からこんなに挙動不審で、きっと変な女だって思われただろうな。

 やっぱり……憧れの人が近くにいるのって落ち着かない。彼の前で大きな失敗をしなければいいのだけど……。


 そんな不安を抱えながらも、なるべく感情を抑え、仕事に徹しようと私は必死に頑張った。英語だってお昼休みも屋上でひとり勉強して、なんとか英語の書類やメールのやり取りには慣れてきた。

 でも、英語を話すのはやっぱり苦手で、電話を取るのはまだ怖い。海外から電話がかかってきませんように……と毎日祈りながら仕事をしていたものの、運悪くみんなが離席中だと嫌でも取らなければいけない。

 そんな時はたどたどしい英語で必死で応対して担当者にメモを残すのだが、その担当者というのは高橋さんであることが多いため、そのメモもなにかの清書のように何度も書き直しては高橋さんの机の上に置くのだった。


 今日はここに来て初めての月末。時刻は午後八時過ぎ。うちの課の島にいるのは私だけだ。他の社員は客先に行っていたり、金曜日ということで定時で上がったりしている。

 今月に入って何十時間残業したんだろう。慣れない環境や仕事に戸惑いつつもなんとか一カ月もった。

 家に帰るのはたいてい夜の十時過ぎ。夕飯を作る気力もなく、帰って口にするのはコンビニで買ったお握りに野菜ジュースだけ。五分で食事を済ませ、お風呂に入ってすぐに寝る。流行りのテレビドラマを観る余裕もない。

 総務にいた時は月末月初以外は定時に帰っていたのだから、身体の疲れを感じずにはいられない。だけど今の私は他のみんなより通常業務に時間がかかるし、残業は仕方がないと納得している。早く自分のスキルを上げてみんなに追いつかないと……。

 課のみんなの勤務時間管理や旅費精算の処理をしていると、静まり返ったオフィスで電話がけたたましく鳴った。

 ハーッと溜め息をついて電話に出ると、聞こえてきたのはやたらと早口の英語。その勢いに気圧され意味がわからずもう一度聞き返すと、威圧的な口調でまくしたてられた。

 でも、相手の言うことをカタカナと英語でメモを取りながら、なんとか理解して、「担当者が戻ったらまた連絡します」とつたない英語で伝えて電話を切る。

 他人には難解不読なメモを見ながら、自分の頭を整理した。

 会話の内容は、うちが送った見積もりの金額がメールで伝えていた数字と違うというものだった。〝予算の承認を取りたいから至急訂正した見積もりを送ってほしい〟と言われたが、私にはなんの案件なのかちんぷんかんぷん。

 すぐにこの案件の担当者である田中君のスマホに電話するが、留守番電話に繋がって、本人とは話せなかった。とりあえず折り返し連絡が欲しいと伝言を残して電話を切る。

 しかし、五分経っても電話は来ない。再度スマホに電話するも、やはり田中君は出なかった。

 このまま連絡がつかなかったらどうしよう。あ~、田中君、早く電話かけてきて!

 この案件が心配で自分の仕事に手をつけられないまま、また無情にも五分が経過する。

 相手は至急と言っていた。来週には持ち越せない。私のせいでこの取引がダメになったら……とそんな最悪の事態を考えてしまう。

 誰も頼れる人がいなくて私は半泣き状態。このままではいけないと思い、真木さんのスマホに連絡しようと電話に手を伸ばしたその刹那、背後で高橋さんの声がした。

「ただいま~。あれ、相田さん、まだいたの?」

「高橋さん……」

 私は振り返って涙で潤んだ目で高橋さんを見上げる。目の前に現れた彼が救いの神に見えた。

「どうしたの? そんな慌てた顔して?」

 高橋さんに優しく声をかけられて、ようやく焦りが引いていく。

 彼に乱雑なメモを見せ、事情を説明した。

 メモを見られるのは恥ずかしいけど今回は緊急事態だし、きちんと清書する余裕がなかったのだから仕方がない。

 でも、高橋さんは私の子供のようなメモのことには触れず、落ち着いた声で私を安心させるように笑って言った。

「ああ、その件なら俺も知ってるから大丈夫。すぐに先方に連絡するよ」

 高橋さんがいつもの十倍キラキラして見える。彼を見て疲れも一気に吹っ飛んだ。素敵な笑顔に胸がトクンと高鳴る。

 私が高橋さんに見惚れてボーッとしている間に、彼は自分のデスクにノートパソコンを広げ、キーボードを操作してなにやら処理を始める。かと思ったら、すぐに電話を取ってネイティブのようなりゅうちょうな英語で話し始めた。

 やっぱり彼はすごい。

 高橋さんの仕事ぶりを感心しながらまじまじと眺めていると、受話器を耳と肩の間に挟みながら話をしている彼と目が合ってしまい、ドキッとした。

 あっ、見惚れてる場合じゃない!! 自分も仕事しなきゃ。

 高橋さんに田中さんの案件を任せ、私はデスクの上に溜まっていた精算書の続きを処理する。

「やっと終わった」

 ちらりと腕時計に目をやれば、時刻は八時四十五分を回っている。デスクの上の書類を片付けると、高橋さんも仕事を終えたのかパソコンの電源を切って、私に声をかけた。

「田中の案件は田中や真木さんにもメールで知らせておいたし、無事解決したから安心して。相田さんも仕事終わった?」

 さすが高橋さん。仕事が速い。

「ありがとうございました! 高橋さんがいなかったら途方にくれてたかもしれません。私の方もお陰様で終わりました」

 私がペコリと頭を下げると、お腹がギュルルと鳴った。

 ……あっ、なんでこのタイミングで鳴るの?

 恥ずかしくて顔の熱が一気に上がる。もう顔を上げたくない。

「もう九時近いし、お腹空いたよね。なにか食べに行こうか?」

 高橋さんの誘いに驚いて顔を上げると、彼は優しい眼差しを私に向けていた。

「え?」

 私を誘ってくれてるの?

 彼の台詞せりふが信じられなくてつい辺りをキョロキョロと見回すが、私たちの他に周囲には誰もいない。

「その反応、意外って顔だね」

 フッと微笑して高橋さんはノートパソコンをビジネスバッグにしまうと椅子から立ち上がり、私の手を取る。

「さあ、行こう」

 有無を言わせぬその笑顔に逆らえず、私は高橋さんに手を引かれたまま会社を出た。

「相田さんはなにが食べたい? 金曜だし、こんな時間だから選択肢は限られるけど」

「え~と……」

 この状況にテンパっていて頭がついていかない。

 高橋さんと並んで歩いているところを秘書室のお姉様方に見られたら、私……絶対に呼び出しをくらう。そんな恐ろしい考えが頭をフッとよぎり、周囲を用心深く見回すが、それらしき人影はない。

「相田さん?」

 私の奇行に高橋さんが不思議そうに小首を傾げる。

「あっ、すみません。なんでもないです。知人を見かけたような気がして……。でも、勘違いでした。え~、なんでしたっけ?」

 頬をポリポリかきながら、笑顔を作って取り繕う。

「なにが食べたいって話なんだけどね」

 高橋さんがおもしろそうに私を見る。

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