話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

極上な御曹司にとろ甘に愛されています

滝井みらん

憧れの彼とお近づきになりました (1)




極上な御曹司にとろ甘に愛されています


憧れの彼とお近づきになりました


「そ……総務部から異動になりましたあいもえです。どうぞ……よろしくお願いします」

 異動先である海外事業部グローバル推進課の朝礼で、課の面々につっかえながらもそう挨拶すると、私は深々と頭を下げた。

 年度の始まりの四月一日。天気は快晴で外は桜が満開なのに、私の気分は過去にないくらいブルー。頭の中は不安でいっぱい。こんなに緊張してて、これから上手くやっていけるのだろうか。昨晩はあまりよく眠れなかった。

 私……相田萌は、創業明治三年という長い歴史を持つ『せいやく』で働くOL。二十五歳、独身。身長は百五十五センチと低めで、ボブカットのストレートの黒髪に真ん丸の目をしている。小さい頃から変わらぬ私の髪型に、三歳下の弟はよく〝座敷わらし〟と言ってからかう。

 特に目立たない普通の容姿なのに、面食いのせいで今まで恋人がいたことがない。遠くから好きな人を眺めて楽しんでは、ひっそりと静かに終わる自己完結型の恋を繰り返しているのだ。

 水無瀬製薬は、国内外に四十を超える事業所と支社を持つ、世界的に有名な製薬会社。とらもんにある三十五階建ての本社ビルには千人近い社員が従事している。

 入社以来その本社の総務部にいた私だったが、先月突然、部長に会議室に呼び出され、異動を命じられた。


『相田さん、君、四月から海外事業部に異動になったから』

 人のいい部長にニコニコ顔でそう告げられ、私は『嘘……』と思わず呟いてしまった。

 晴天のへきれきとはこのことを言うのだろう。まさか自分が異動になるなんて考えてもいなかった。

 しかも、異動先が海外事業部なんて……冗談だよね? だって私……英語苦手なのに……。

 部長の言葉が信じられなくて、思わず顔が強張ってしまう。

 海外事業部はエリートばかりで、おまけにやたらと顔面偏差値の高い面子が揃っている特別な部署。私のような平凡な女がいる場所じゃない。

『海外事業部はうちの花形だよ。相田さんは勤務態度は真面目だし、仕事は丁寧かつ速いし、いい戦力になると思うんだが』

 部長はゆっくりと明るい口調で言うが、私は動揺せずにはいられなかった。

『……お荷物の間違いじゃないですか?』

 私は青ざめた顔でちょう気味に呟く。

 英語も使えないのに、海外事業部に行ってなにができるの?

『もっと喜ぶと思ったのになあ』

 ハーッと部長はわざとらしく溜め息をついた。

 部長……他人事だと思ってますね。

『毎年会社で受けてるTOEICでスコア五百くらいしか取れないんですよ。海外事業部なんて私には無理です。このまま総務に残ることはできないんですか?』

 私は、すがるような目で部長を見た。

『う~ん、そういう例はないなあ』

 ゆっくり首をかしげながら、部長は少し困った様子でそう告げる。

『……断れないんですね』

 部長の答えに私はうなだれた。

 自分でも示達を覆すことはできないとわかってはいる。私は水無瀬製薬の一社員にすぎないのだから……。でも、まだ納得できない自分がいる。突然告げられた異動に、私の頭はかなり混乱していた。

『そんな絶望的な顔しなくても大丈夫だよ、相田さん。ここだけの話、向こうの課長が君のことが欲しいって指名してきてね』

『真木課長が?』

 私はスッと顔を上げ、まじまじと部長を見た。

 真木課長とは仕事で何度もやり取りをしている。ふわりとした茶色い前髪を横に流し、背は百八十センチくらいあって整った顔立ちをしたイケメンだ。女子社員にも優しくて、社内でもすごく人気がある。ニコッと笑顔で『今度食事に行こうか』と微笑むのが真木さん流の挨拶。二十八歳で海外事業部のグローバル推進課の課長なのだから、一見チャラそうでも、相当やり手なんだと思う。

 実際、真木さんに頼まれた飛行機のチケットを海外事業部に届けに行くと、いつも彼は英語で電話対応しながらパソコンのタイピングをし、部下にも指示を出している。

 そんな有能な人に、私のような平凡な社員がご指名を受けるとは思わなかった。なにかの間違いじゃないだろうか?

『真木課長にどうしてもって言われてねえ。断れなかったんだよね』

 ハハッと部長が笑うが、そんな彼に私はいらっとした。

『そこは役職が上なんですからビシッと断ってくださいよ!』

 あまりにもうろえていて、つい部長に八つ当たりする私。

 まあ、上司にそんなことができるのも、入社以来ずっと父親のように見守っていてくれて私が失礼なことを言っても怒る人ではないのを知っていたからなのだけど……。

『でもね、相田さんが後輩をしっかり育ててくれたから、断る理由もなかったんだよね。キャリアアップになるし、頑張ってね』

 部長はこれでこの話はおしまいとばかりに笑顔で私にエールを送ると、手に持っていた書類に目を落とした。

『……はい』

 小さく返事をして、私はガックリ肩を落としながら会議室を後にする。

『受け入れるしかないのか……』

 私は部長に見捨てられた気分で、盛大な溜め息をついたのだった。


 それからの一カ月、会社近くの書店で英語の参考書を買い、通勤電車の中で地道に勉強をした。

 でも、英語で電話やメールのやり取りができる自信なんてない。英会話学校に行く時間的余裕も金銭的余裕もなかった。おまけに、私の前任者の事務担当の子が急に辞めてしまったらしく、ろくな引き継ぎもできていない。

 気づけば、朝礼を終え、みな席に戻っていく。不安で青ざめてその場に立ち尽くす私に、真木さんが近づいてきて優しく声をかけた。

「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。仕事は少しずつ覚えていけばいい。それから、席はたかはしの隣。あっ、高橋は紹介しなくてもわかるよね?」

 真木さんが指差すその先には、海外事業部のエースの高橋さんがいた。

 もちろん、私は彼のことをよく知っている。

 高橋きょうすけ、二十六歳、独身。百八十二センチの長身に、王子様のような俳優顔負けの端整な顔立ち。髪はダークブラウンの綺麗な色で、額を出して知的なイメージ。性格も優しくて温厚な好青年だ。

 ひとづてに聞いた話では、小学生の頃からずっとアメリカにいてMBA取得後に日本に戻り、うちの会社に就職したらしい。仕事もかなり有能で、課長の真木さんにもひけを取らず、ヨーロッパでの販路の拡大に大きく貢献したとか。社長以下の役員も彼には一目置いていて、出世コースを約束されている……なんて噂も聞こえてくる。

 そんなハイスペックな高橋さんは、うちの会社の女子に一番人気。ちなみに二番手は真木さんだ。

 高嶺の花である高橋さんに私は秘かに想いを寄せている。

 彼を初めて見たのは、一昨年の秋。〝海外事業部にすごく格好いい人が入ってきた〟って総務の女の子たちが騒いでいて、私も仕事のついでに彼を見に行った。イケメンだらけの海外事業部で一際輝いていた高橋さん。彼を一目見たときから、面食いの私は心を奪われた。だって、私の理想を具現化したような容姿をしていたのだ。

 それ以来、高橋さんは憧れの人になった。ちょっと姿を見ただけで、その日はハッピーな気持ちになれる。高橋さんに飛行機のチケットの手配を頼まれた時には、それはそれは喜んだものだ。だけど、チケットを届けに行くとたいてい彼は客先に出かけていて、まともに話をしたことはなかったけれど……。

 多分、高橋さんは〝総務の相田〟という名前を知ってはいても、私の顔なんて覚えていないだろう。総務の中では私は目立たない存在だったから……。

 彼と同じグローバル推進課と聞いていたから、席は近いかもと思ってはいたが、まさか隣とは……。これはマズイ。ハッピーなんてお気楽なことは言えない。ドキドキして仕事にならないじゃないの? ただでさえ、英語が苦手で仕事も不安なのに……。

 しかも、高橋さんは秘書室のお姉様方にも人気で、私は海外事業部に異動というだけですでに目をつけられているのに、これではますます恨みを買いそうだ。

 だって、うちの課の女の子って私だけなんだよね。

「相田さん、これからよろしくね。仕事でなにかわからないことがあれば遠慮なく聞いて。……相田さん?」

 高橋さんに名前を呼ばれてハッと我に返ると、彼が心配そうに私の顔を覗き込んできた。

「わっ!」

 綺麗な顔が目と鼻の先にあって、思わず声をあげて二、三歩後ずさった私。

 その反応を見た高橋さんが苦笑しながら謝る。

「驚かせちゃったみたいだね。ごめん」

「高橋も嫌われたものだな」

 真木さんが声を殺して笑っている。

「いえ、決して嫌ってなんか……。すみません。すみません」

 私は真木さんの言葉を否定すると、高橋さんに向かって何度も頭を下げた。

「そんな頭下げなくても……。真木さんもおもしろがらないでくださいよ」

 高橋さんは困った様子で私を見て、次に目を細めて真木さんを睨む。

「悪い。高橋見て引く女の子って見たことなかったからさあ。大丈夫だよ、相田さん。高橋に襲われそうになったら俺が必ず助けるから」

 ついには腹を抱えて笑い出す真木さんに、高橋さんがすかさず呆れ顔でツッコミを入れた。

「真木さん、それ全然フォローになってませんから」

「そうかな? お前の本性をバラしておけば、相田さんも他の女の子みたいにお前のじきになることはないだろ?」

 意地悪な目をして真木さんが高橋さんを挑発する。

「俺をけだものみたいに言わないでくれますか? 相田さん、この人の言うことは軽く流していいからね」

 高橋さんは真木さんに鋭い視線を向けると、次に私の方を見て爽やかに笑った。

 彼の笑顔に胸がキュンとなる。

 真木さんと高橋さん……仲がいいんだ。社内の女の子たちがこのやり取りを見たら、きっと喜ぶだろう。ひょっとしてふたりとも私の緊張をほぐそうとしてくれたのかな?

 高橋さんは噂通り紳士で優しくて、笑顔もとっても素敵。真木さんもいい上司だと思う。部下とこうやって軽口を叩きあえるのは信頼関係があればこそだ。

 そんなことを考えていると、誰かに後ろから肩をポンと叩かれた。

「極上な御曹司にとろ甘に愛されています」を読んでいる人はこの作品も読んでいます