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カタブツ騎士団長と恋する令嬢

七福さゆり

第一章 (2)

「ローズ?」

 でも、大丈夫。見つかるわけがないわ。だって今まで、誰も気付かなかったもの。

 声が漏れてしまわないように両手で口を押さえてジッとアルフレッドが出て行くのを待っていたら、クローゼットの扉が開いた。

 短く整えられた黒髪に、アメジストのような瞳の青年──彼がアルフレッドだ。

 成長期の身体にはしっかりと筋肉が付いていて、ジャケットをしっかり着ていてもたくましさがわかる。

「こんな所で泣いていたのか」

「嫌……お願い。お父様とジャンお兄様には言わないで……っ」

 ボロボロ涙をこぼしながら必死に懇願すると、アルフレッドがローズを抱き上げ、優しく背中をさすってくれた。

 アルフレッドの背はとても高くて、抱き上げられると、いつもは遠い天井がうんと近くなる。

「大丈夫だ。言わない」

「本当?」

「ああ、でも、どうして知られたくないんだ?」

「お父様が死んじゃう……ジャンお兄様も、もっと具合悪く……」

 先にジャンの見舞いを済ませてきたアルフレッドは、父とジャンがどんな状態なのか知っていたようだ。ローズのえつ混じりのつたない説明でもすぐに理解できたようで「そうか」と小さくつぶやき、彼女の小さな背中を優しくで続ける。

 鍛え抜かれたアルフレッドの筋肉質でたくましい身体は、母に抱きしめられるのはもちろんのこと、父やジャンに抱きしめられるのとは全然違う。

 硬くて、でも、とても安心する。

「ずっと一人で泣いていたのか?」

「ずっとじゃなくて、少し前から……」

「少し前?」

「涙、ずっと出なかったの……でも、ちょっと前から出るようになって……」

「……やっぱり、泣かないんじゃなくて、泣けなかったのか」

 自分の嗚咽に邪魔され、よく聞こえなかった。

「泣きたい時は、我慢しなくていい。お前はまだ子供なんだ。誰かに気を遣う必要なんてないんだぞ」

 ローズが首を左右に振るのを見て、アルフレッドは小さな彼女の身体を抱いている腕に、力を込めた。

「では、泣きたい時は、俺の前で泣けばいい」

「アルフレッドお兄様の前で?」

「ああ、そうだ」

「でも、ジャンお兄様に……」

「言わない。ジャンだけでなく、誰にも言わないから大丈夫だ」

「本当?」

「約束する。だからもう、クローゼットの中で泣かなくていい」

 それからアルフレッドは毎日訪ねて来てくれて、ローズを泣かせてくれた。

 悲しみは、いつまでも心の中にある。いつまでも胸が痛い。けれど、アルフレッドの優しさと時間という薬が、涙を止めてくれた。

 母のことを思い出しても泣かなくなり、穏やかな笑みを浮かべられるようになった。

 そして、アルフレッドへの愛情は、ずっと家族と同じものだと思っていたが、違っていたことに気付く。

 私はアルフレッドお兄様が、男の人として好き……。

 六歳になったローズは、屋敷を尋ねてきたアルフレッドに心の内を話した。

「あのね。今日からアルフレッドお兄様のこと、お兄様って呼ぶのやめる。アルフレッド様って呼ぶことにしたの。いーい?」

「もちろん構わないが、急にどうしたんだ?」

「だって、お兄様とは結婚できないでしょ? 私、アルフレッドお兄様……ううん、アルフレッド様のお嫁さんになりたいの」

「な……」

 アルフレッドが、切れ長の瞳をキョトンとさせる。ジャンは微笑ほほえましいと言った様子で笑い、彼の背中をポンとたたく。

「そいつはいい。お前が俺の義弟になるのか。楽しそうだ」

「馬鹿言え」

「あ、そっか。お前の方が誕生日早かったもんな。義兄か。よっ! お・義・兄様」

「そうか。ジャン、お前はそんなに俺の鍛錬に付き合いたいのか。明日は朝四時に起きろ。絶対迎えに来るからな」

「嫌だ! 絶対行かない」

 二人の会話を聞いているからに、アルフレッドが迷惑なのだと察したローズは大きな瞳を潤ませた。

「アルフレッド様、私のこと……嫌? 嫌い? お嫁さんにしてくれないの?」

「あーあ、泣かせた」

 ニヤニヤ笑うジャンをじとりとにらんだアルフレッドは、すぐにかがんでローズと目線を合わせる。

「まだ泣いてないだろう。ちやすな。ローズ、嫌いなんかじゃない。俺はお前が大好きだ」

「じゃあ、お嫁さんにしてくれる?」

「ローズがもっと大きくなれば、俺なんかよりも、もっと素晴らしい男がお前の前に現れるはずだ」

「そんな人、いらない……っ! アルフレッド様がいい……」

「ありがとう。でもお前は、俺にとって本当の妹みたいな存在なんだ。わかってくれ」

「妹なんて嫌!」

「すまないな」

「おいおい、ローズはまだ子供なんだから、結婚の約束ぐらいしてやればいいだろ?」

「そんな無責任なことができるか」

 どんなにせがんでも、泣いても、アルフレッドは結婚するという約束だけは絶対にしてくれなかった。

「アルフレッド様、私と結婚してくれる気に……まだなれない?」

「お前はいつまでも俺の妹のような存在だ」

「血なんてつながってないのに……」

「繋がっていなくてもだ」

 十六歳になった今もローズの気持ちは変わらない。会うたびに告白しているけれど、アルフレッドから良い返事をもらえることはなかった。

 いつになったら、アルフレッド様は私を妹じゃなくて、女性として見てくれるようになるのかしら……。

 今年アルフレッドは、騎士団長に就任した。見目麗しい彼は元々女性からの注目の的だったが、王立騎士団の頂点となったことで、ますます人目を引いていた。

 いつか女性たちの誰かがアルフレッドの心を射止めてしまうのではないかと、ローズは気が気でない。

 ローズは差し入れを持って行くという名目で、城の中にある王立騎士団の訓練場をたびたび訪れていた。

「ティボー! 剣筋がぶれてきたぞ。一振り、一振り、集中して振れ!」

「はい!」

 訓練場では、騎士たちが剣の素振りを行っていた。今日は暑い。訓練場は外にあり、かつちゆうを着て剣を振るのは、大変そうだ。

 アルフレッドはそんな騎士たちの前に立ち、一人一人を注意深く観察し、より上達するように指導している。

 ローズは邪魔にならないよう物陰に隠れ、指導するアルフレッドの姿をこっそりと眺めていた。

「素振り、百回追加!」

 騎士たちは「はい!」と返事をしたが、明らかにが失われている者もいた。小さく不満を漏らす声も聞こえる。それもそのはず、既に二百回以上素振りをしている。追加になれば三百回だ。

「たかが三百回の素振りで不満を言うな! 戦場では剣を振る回数に制限などないぞ! 家族や恋人を守り、生きて帰りたければ真剣にやれ!」

 アルフレッドの怒声に背中を叩かれた騎士たちは、先ほど以上に大きな声で返事をし、背筋をシャンと伸ばして素振りを続ける。

 アルフレッド様、素敵……。

 ローズは優しいアルフレッドの姿しか知らなかったものだから、ここに初めて来た時、厳しい彼を見て、とても驚いた。

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