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カタブツ騎士団長と恋する令嬢

七福さゆり

プロローグ / 第一章 (1)



   プロローグ あなた以外、考えられない。考えたくない。



 とある深夜、ローズはふと目が覚めた。

 うう、夢だったのね……。

 すぐに寝たら、今の夢がもう一回見られるかもしれない。

 またすぐにまぶたを閉じてもう一度夢の世界へ行こうとしたが、なかなか寝付くことができない。

「もう……」

 せっかく素敵な夢を見ていたのに、どうして目が覚めてしまったのかしら……。

 しばらく粘っていたが、寝ようと思うほどに眠れなくなってしまったローズは、乱れたストロベリーブロンドを手で直し、ベッドから起き上がる。

 お水を飲んでから窓へ向かい、少しだけカーテンを開く。夜空には大きな満月が浮かんでいて、ローズは深い森のような瞳を細める。

 ああ……本当に素晴らしい夢だった。

 大好きな人から告白されて、抱きしめられて、それからキス……というところで、目が覚めてしまったのだ。

 神様は意地悪だわ。夢なんだから、もう少しだけ見せてくれたっていいと思うの。

 本当にそうなることを願っているけれど、そうなる見込みが全く見えないのだから、夢でくらい幸せになりたかった。

 人を好きになるって、心がとても忙しい。

「アルフレッド様……」

 何気なく彼の名前を呼ぶだけで胸がキュンと切なくなり、ナイトドレスの上からそっと押さえる。

 アルフレッドに会えた日はとてもうれしくて、会えるとわかっている時は前日からソワソワして、部屋の中を行ったり来たりするほど楽しみだ。

 でも、彼が夜会や舞踏会等でれいな女性に話しかけられているのを見たり、女性として好きだと何度告白しても軽くあしらわれてしまうと、胸が千切れそうなほど苦しくなる。

 アルフレッドを好きになって、もう十一年──恋は楽しいだけとは言えない。でも、『好きにならなければよかった』と思ったことは、一度もなかった。

 でも、この恋は、明日にも諦めなければいけないかもしれない。

 ローズは十六歳、アルフレッドは二十六歳……いつ結婚が決まってもおかしくない年齢で、彼に至っては適齢期を超えている。

 どうか明日も、アルフレッド様に恋をしても許されますように……。

 自然と手を組んで、満月を見ながら祈った。

 もう一度寝る努力をしてみよう。

 また、アルフレッド様の夢が、見られたらいいのだけれど。


 しかしローズの願いは、一つもかなわなかった。

 アルフレッドの夢を見ることもできなかったし、翌日、最悪なニュースが耳に飛び込んでくることを、ローズはまだ知らない。



   第一章 突然の事故



 ルヴィエ伯爵家の長女であるローズは、優しい両親と十歳上の兄のジャンと共に、笑顔にあふれた幸せな暮らしを送っていた。

 しかし彼女が五歳の時に母が不幸な事故で亡くなり、ルヴィエ伯爵家は幸せを絶望と悲しみの色で塗り替えられた。

 あまりの悲しみで、ローズは涙を流すことができなかった。

 ローズは『お前は本当に泣き虫だね』とジャンに、よくからかわれていた。虫が目の前を飛んでいっただけで泣いてしまうぐらいだった。

 でも母が亡くなった悲しみはあまりにも大きすぎて、幼いローズが受け止められる量を越えてしまった。

 ただただ頭の中が真っ白で、父とジャンが涙を流すのをぼうぜんと眺めていた。

 母を深く愛していた父は心の病にかかり、息子に家督を譲って自分も後を追うと遺書をしたためていたところをジャンに発見され、二十四時間使用人に監視される生活になった。

 父がこんな状態では執務を行えないと、ジャンが代行した。執務のことについては前々から教えられていたとはいえ、実際に行うのはまだ十五歳の彼にとってはとても大変なことだ。

 ジャンは忙しい日々を送ることで、母を失った悲しみを紛らわしていたようだった。

 屋敷の中から、日に日に母の気配が失われていく。

 事故の前日まで、母に甘えていたのに。

 幸せな日々は、当たり前のように、続くと思っていたのに。

 一日にして今までの暮らしが崩れ落ちた。あの幸せな日々は、もう二度と戻ってこない。

 ようやく涙が出るようになったのは、父が執務に復帰できるようになり、ジャンが心労から体調を崩して、高熱で寝込んでいる時だった。

 悲しんでいるところを見られたら、少しずつ元気を取り戻した父が、また後を追おうとするかもしれない。ジャンだってそうだ。これ以上心配をかけては、体調が悪化してしまうかもしれない。でも涙は止められそうにない。

 誰にも見つからずに、泣くには……。

 自室には使用人が何度も部屋に入ってくる。母を亡くしたということで、心配していつも以上に入ってくるので、まず無理だ。幼い彼女は一人で外出することもできないし、庭に出ることですら、何かあっては大変だと使用人が付いてくる。

 ローズが考え付いたのは、クローゼットの中に入って泣くことだった。

 母が選んでくれたドレスがたくさんしまわれているクローゼットの中で膝を抱えて小さくなり、瞳から大粒の涙を流した。

「ローズお嬢様、そろそろお茶の時間で……あら? いらっしゃらないわ。どこへ行ってしまったのかしら……」

 大成功だった。

 使用人はクローゼットの中にいることに気付かず、別の場所を捜しに行く。

 しかし泣いていたことだけは、目が腫れてしまうのでしようがなかった。まだ幼いため、泣いた後に瞼を冷やすという知恵もない。

 でも、寝込んでいるジャンも、執務に精一杯な父も、ローズの顔を見ている余裕などないし気が付いていない。

 ローズの顔を見ている使用人にはしっかりとばれていたが、幼いローズが気を遣っているほど痛々しい状況なのだから、当然使用人たちも当然そう考えていて、誰も父とジャンの耳に入れることはできず、見て見ぬふりをしていた。

 誰にも何も言われなかったので、ローズは誰にも気付かれていないと思い、あんしていた。

 胸が苦しい……。

 この悲しみは、この胸の痛みや苦しみは、いつまで続くのだろう。誰か知っていたら、教えてほしい。

 辛くて、辛くて、どんなに泣いても、辛さは和らぐどころか、増すばかりだ。

「ローズ、入るぞ」

 いつものようにクローゼットの中で泣いていると、低くて優しい声が聞こえてきた。

 アルフレッドお兄様の声……。

 アルフレッドは代々騎士団長を多く輩出したオーバン公爵家の嫡男で、今年騎士学校を卒業して王立騎士団に配属となった。

 オーバン公爵家とルヴィエ伯爵家は古くから親交があり、彼はジャンの親友でもある。お互いの屋敷を行き来する機会も多く、ローズにも優しく接してくれていた。

 ローズはアルフレッドのことが家族同様に大好きで、彼を『アルフレッドお兄様』と呼んでなついている。

 アルフレッドお兄様に見つかったら、ジャンお兄様にも泣いていることが知られちゃう。

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