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女嫌いの国王は、花嫁が好きすぎて溺愛の仕方がわかりません。

藍井恵

第一章 (2)

 その国王に不審者扱いされた上に、国王の顔さえろくに覚えていないことがばれ、しかも挨拶もせずに逃げ去った。

 ──いえ、挨拶しなくてよかったのよ。

 このまま黙っていれば、木登り女が誰なのかわからないままで終わる。

 ──そうよ。一介の伯爵令嬢にすぎない私に国王様が気づくわけがないわ!



 ヴィヴィアンヌは男女の思惑入り乱れる舞踏会は嫌いだが、女友だちを招くお茶会は好んでよく開いた。

 今日もフォルジュ伯爵邸の中庭では、十代の淑女たちのかわいらしい笑い声が響く。男らしいヴィヴィアンヌは女性人気が高く、八人もの淑女がテーブルを囲んでいた。

 白いレースのテーブルクロスの上には、お菓子とお茶とともにピンクやオレンジのダリアが飾られていた。秋に入り、涼しくなってきたのでお茶会日和だ。

「ヴィヴィ様、今日は風が気持ちいいですわね」

 ヴィヴィアンヌは彼女を慕う淑女たちから憧れをこめて『ヴィヴィ様』と呼ばれていた。彼女を囲む会は通称『ヴィヴィ様会』だ。

「そうね。秋になって剣の稽古にせいが出ますわ」

「さ、さすがです~!」と、皆が目をくりくりとさせて見つめてくる。

 ヴィヴィアンヌは弟五人に囲まれて育ったので彼女たちがかわいらしくて仕方ない。

 ルジャンドル侯爵家のロゼールがカップをソーサーに置き、色っぽい瞳をヴィヴィアンヌに向けた。ヴィヴィ様会一の美人だ。

「そういえば皆様、来週、王宮舞踏会が開かれるってご存知?」

「え? 王宮? 一週間前に開かれたばかりでしょう?」

 ヴィヴィアンヌは木の上でのことを思い出して、冷や汗をかく。

「舞踏会嫌いの国王様としたことが珍しゅうございますわね」

 ある淑女の言葉に、ヴィヴィ様会唯一の既婚者であるディアヌが反応する。

「王太后様が、国王様が女性と出会う機会を増やそうとなさっているのではないかしら?」

 ディアヌは王太后ともゆかりのある名門マレシャル侯爵家に嫁いだので、いろいろ知っていることもあるのだろう。

「まるで私の母と同じですわね」

 ヴィヴィアンヌは深く溜息をついた。結婚相手が見つからないことについて毎日、母親から小言を言われているのだ。

「あら。テオフィル様がヴィヴィ様にご執心と、もつぱらのうわさですわよ?」

「まあ、そんな噂が? おさなじみで子分扱いしていたから、いまだに付いてくるだけですわよ」

 こんな噂で外堀を埋められてはかなわない。ヴィヴィアンヌが渋面になったというのに、皆の目の輝きが増した。「かっこいいですわ」と、口々に賞賛される。

「皆様、感謝申し上げますわ。皆様がいらしてくだされば私、結婚なんかしなくてもいいって思いますの」

 クスクスという小さな笑い声が起きる。小鳥のさえずりのようで耳に心地よい。

 そこに最近、声変わりをしたばかりの三男、コンスタンの低い声が重なった。

「お姉様、剣のお相手をしてくださいな」

 十三歳のコンスタンは練習用の短剣を持ってやる気満々だ。練習用といっても、刃部分を革袋で覆っているだけで重さは本物と変わらない。

「今はお茶の時間だからあとでね」

 ヴィヴィアンヌがそうさとしたところで、「剣のお稽古が見たいですわぁ」と淑女たちが沸いた。またしてもきらきらとした瞳を向けられ、ヴィヴィアンヌは披露しないわけにはいかなくなる。

「皆様のお茶の余興になるなら、私、お見せしますわ」

 ヴィヴィアンヌは立ち上がり、脇にある迷路庭園の、花壇と花壇の間にある空き地までコンスタンを連れて行く。勢いよく短剣をね上げて飛ぶことがあるのでテーブルと距離を置いた。

「花壇に足を入れないルールよ!」

 ヴィヴィアンヌが短剣を構えると、コンスタンは「はいっ」と答える。

「コンスタン様も頑張ってー」という黄色い声が届いて、コンスタンもまんざらでもない様子だ。

 コンスタンはヴィヴィアンヌより小柄なのに圧されることなく、ヴィヴィアンヌが振り下ろした短剣を刃部分で止め、また逆に隙あらば彼女の上体に突きつけてくる。

「上達したわね」

 しばらく革のカバーがぶつかり合う鈍い音が続いていた。

「隙あり!」

 ヴィヴィアンヌは弟の首の少し手前で剣先を止めた。

「うわっ」

 ヴィヴィアンヌが得意げな顔になったところで「降参です」と、コンスタンが短剣を腰ベルトに提げた。

 とたん、ぱちぱちと拍手が起こり、そこに「素敵ですわぁ」「ヴィヴィ様が男性だったらよかったのに」などといった感嘆の声がかぶさる。

 ──ある意味、男みたいなものなのよ。

 ヴィヴィアンヌの胸はかろうじて女子だとわかる程度のふくらみしかなかった。おかげで動きが男子並みに俊敏だが、ドレスが似合わないので、下乳部分に綿花を詰めている。

「私、女性に生まれてよかったですわ。男性だったらおひとりを選ばないといけませんでしょう? 皆様が素敵すぎて、私、ひとりを選べませんもの」

 ヴィヴィアンヌは淑女たちに凛々しい笑みを向けた。

 ──女友だちなら、いっしょに暮らしたら楽しいだろうと思えるのに……。

 なぜ人生をともにするのは男でなければいけないのか。恋を知らないヴィヴィアンヌには理解できなかった。



「ねえ、お母様。私、次回の王宮舞踏会は休みたいわ。この間、開催されたばかりでしょう?」

 ヴィヴィアンヌは王宮舞踏会をさぼりたくて、母親の部屋に頼みに来ていた。

 くるっとこちらを向いた母親の顔は、悪魔とまごうくらいに眉と目がり上がっている。

「え、いえ、ぜひ参加しとうございますわ。急にしたくなりましたわ」

 母、コランティーヌには頭が上がらないヴィヴィアンヌだ。

「ヴィヴィ、あなた、ご自分のとしのこと、おわかり?」

「は、はい。十八歳といえば、嫁き遅れと言われても仕方のない年齢でございます」

「今日もお嬢様たちを前に剣を振るって大立ち回り。そんな噂はすぐさま社交界中に広まるわ。せっかく美しく産んであげたのに、本当にお嫁に行く気があるの!?

 ──ない、そんなもの、あったことがない。

 だが、本音を言うと母親が本物の悪魔になってしまう。

「いえ、素敵な殿方がいらしたら、今すぐにでも結婚したく思っておりますわ」

 これだって本音だ。

 ヴィヴィアンヌは恋愛には興味はないが、恋愛小説は好んで読んでいた。きっかけは母親だ。

 母、コランティーヌは、娘のヴィヴィアンヌが五人の弟に囲まれて、どんどん男らしくなっていくことに危機感を持っていた。

 そこで目を付けたのが、娘の読書好きだ。ヴィヴィアンヌは父親所蔵の歴史書や算術、語学などのかわいげのない本を片っ端から読んでいた。

 コランティーヌは娘に恋への憧れを持ってもらおうと、恋愛小説を買い与えた。

 だが、得てして子というのは親の意図通りにいかないものだ。ヴィヴィアンヌは恋愛小説に夢中になったが、結果的には恋愛対象の許容範囲がいよいよ狭くなっただけだった。

 ヴィヴィアンヌは小説の中で真に〝素敵な殿方〟を知ってしまったのだ。

 最も大事なのは身分の高低ではなくいちさである。ヒロイン以外の淑女には目もくれず、ヒロインだけを大切にしてヒロインを一生愛してくれる男性だ。彼らは大抵、背が高くて美形で頭がよくて身体能力が高い裕福な紳士だった。

 だが、そんなヴィヴィアンヌの理想は、恋愛小説を買い与えた母によっていつしゆうされる。

「素敵な殿方? そんなものたくさんいらっしゃるわよ。結婚は恋愛とは違うの。お家柄が素敵な嫡男が素敵な殿方なのよ」

 コランティーヌはきっぱりと言い放った。

 浮気性な夫に悩まされている母親がそう言うとかえって説得力があるというものだ。母は父と結婚したのではない。伯爵家嫡男と結婚したのだ。

「……はい。わかっております」

 ──こうなったら仮病しかないわね。

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