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女嫌いの国王は、花嫁が好きすぎて溺愛の仕方がわかりません。

藍井恵

プロローグ / 第一章 (1)



   プロローグ



 フォルジュ伯爵家の長女にして一人娘、ヴィヴィアンヌは蜂蜜のようにつややかな金髪、吸い込まれそうになるぐらいに透き通った大きな青い瞳、ぷっくりと小さくふくらんだ赤い唇のとても美しい少女だった。

 ただし、その眉はきゅっと左右に上がり、その唇はきゅっと左右に下がっている。

 彼女が十六歳で社交界デビューしたとき、紳士たちは我こそが彼女をほほ笑ませてみせると、色めき立ったものだ。

 だが、誰と踊っても彼女の口角は下がったまま。しかもヴィヴィアンヌに女らしさの欠片かけらもないことが知れ渡るにつれ、紳士たちの興味はデビューしたてのほかの娘へと移っていく。

『男勝りで男嫌いのヴィヴィ』

 相手にされなかった紳士たちの意趣返しもあり、いつしか彼女は陰でそう呼ばれることとなった。



   第一章 似た者同士



「ほら、見て。テオフィルが今日も踊りたそうにヴィヴィをじっと見つめているわ」

 華やかな王宮舞踏広間の片隅で、ムーレヴリエ伯爵家、嫡男のテオフィルが、淑女三人に囲まれているというのに、ヴィヴィアンヌのほうに物欲しげな視線を送ってきている。

「お母様、若い男性とみるとすぐに恋愛対象にするのはやめていただけませんこと? 幼いころ舎弟扱いをしていたから、いまだにテオフィルは子分気分が抜けなくて指示待ちの視線を送ってきているだけですわ」

 ヴィヴィアンヌの母、コランティーヌが深いためいきをついた。

「こんなことになるならムーレヴリエ伯爵夫人を訪問するときに、ヴィヴィを連れて行くんじゃなかったわ。今やしい青年に成長したのだからいいじゃないの」

「目の前にほかの女性がいるのに、こちらに視線を送るなんて不誠実ですわ」

 ヴィヴィアンヌより一歳年上なのに背が低かったテオフィルは、十三歳のときにヴィヴィアンヌの身長を抜き、今や長身の貴公子として社交界の若い女性の人気を集めている。

「ヴィヴィ、あなた、もう十八歳なのだから腹をくくりなさいな。テオフィルは見目麗しく、勉学にも馬術にも秀でているわ。男性から逃げてばかりいては駄目。ほら、近づいてきたわよ」

 コランティーヌがいらぬ気を利かせて離れていく。

 ──友だちとしてならいいのに、なんで急に色気づくのかしら……。

 問題はテオフィルにときめかないことだ。いくら真面目な顔をされても、鼻からちちを出していたころの間抜けづらが重なるのだ。

 ──こういうときは……。

 逃走だ。

 ──この広間さえ出れば、きっと諦めるわ。

 ヴィヴィアンヌは回廊に出て、広々とした大理石の階段を駆け下りる。階段の踊り場で振り返ったが、そこにテオフィルの姿はない。

 ヴィヴィアンヌはほっと息を吐いて一階に下りた。

 と、そのとき、頭上から声が降ってきた。

「逃げても無駄だ。今日は諦めないよ?」

 ──なんの決意をしているっていうの!?

「私、ちょっと急ぎの用を思い出したの。テオフィルは広間にお戻りになって」

 ヴィヴィアンヌは回廊を速足で抜けて中庭に出る。そこにはナナカマドの木があった。秋の夜風を受けて涼しげに葉を揺らしている。

 ヴィヴィアンヌは高木を見上げて、ごくりと唾を飲み込んだ。

 回廊からテオフィルの声が聞こえてくる。

「こんなひとのないところに私を連れ込んでどうしようっていうんだ?」

 テオフィルがホワイトブロンドをかき上げ、にやけながら足を踏み入れたとき、中庭には誰もいなかった。

 ヴィヴィアンヌはドレスをまくり上げ、ものすごい勢いで木に登ったのだ。

 テオフィルが不思議そうにきょろきょろしているのを、ヴィヴィアンヌは上から眺めてほっとひと息ついた。

 やがてテオフィルが中庭から出ていく。ヴィヴィアンヌはしばらくここに隠れていることにした。見上げると天上には大きな丸い月──。

 ──きれい。

 手を伸ばせば、つかめそうである。

 ヴィヴィアンヌが両手を掲げたその瞬間、男の低い声がした。

「動くな」

 ──誰?

 両手を上げたまま声のほうに視線を落とすと、バルコニーには、ダーツでもするみたいに短剣を構えた黒髪の男がいる。

 ──ええっ!?

 男は背後から広間の光を浴びていて表情がよく見えない。

 なぜ命を狙われるようなことになっているのか理解できないまま、ヴィヴィアンヌは万歳をして固まっていた。

 すると急に木が激しく揺れ、ヴィヴィアンヌは慌てて頭上にあった枝を掴む。

 信じられないことに、男がバルコニーの手すりから木に飛び移ってきたのだ。すぐに、ヴィヴィアンヌが座っている枝を掴んできた。

 ヴィヴィアンヌよりかなり下にある枝に立っているというのに、ヴィヴィアンヌと顔の位置が同じだ。

「ひ……」

 短剣を突きつけられ、ヴィヴィアンヌは声を失った。

「女か? こんなところで何をしている?」

 ヴィヴィアンヌは恐ろしくて手を掲げたまま、瞳だけ短剣のほうに向ける。

「なんで手を上げているんだ?」

 男があきれたようにそう告げ、短剣を腰のさやに戻した。

 ヴィヴィアンヌはようやく人心地を取り戻す。

「つ、月が丸々としてきれいで……掴めそうだなって……でも、動くなって……だから、手……上げたまま」

 そう口にしてから、ヴィヴィアンヌはなんて間抜けなことを言っているのだろうと自分が恥ずかしくなる。月が掴めるわけがない。

 ──これじゃ、余計不審に思われるわ……。

「月……?」

 男が顔を上げる。

 ──え? すごくきれいな瞳……。

 彼のりよくがんは月光を浴びて、澄んだ湖のような透明感があった。

「これは、確かに……掴めそうだ」

 同意してもらえるとは思ってもいなかったので、ヴィヴィアンヌは急にうれしくなる。さっきまで命を狙われていたのも忘れ、両手で輪を作って中に月を収めた。

「ほら、掴めたでしょう?」

 ヴィヴィアンヌが得意げに男のほうに顔を向けると、彼はその美しい瞳をわずかに見開いた。

「……本当だ」

 男も手を伸ばした。長い腕だ。両手の骨ばった人差し指と親指それぞれをくっつけ、円を作った。ヴィヴィアンヌより円がずいぶん大きいので月が小さく見える。

「私も捕まえたぞ」

 ヴィヴィアンヌは男に見つめられる。最初のような殺気は感じられない。

「あ、あなたどなたですの? なぜ私に刃を……?」

「私が誰かわからないのか?」

 ヴィヴィアンヌはそうぼうを細めて観察する。

 よくよく見ると、彼は整った顔をしていた。漆黒の眉がきりっと左右に伸び、鼻は高く、鼻筋がすっと通り、口元はしまっている。そして、肩幅が広く、黄金の肩章エポレツトからは肩帯サツシユが掛かっている。

 ──ん? 肩帯サツシユ

「もしかして……?」

「ヴィヴィアンヌ様、どちらにいらっしゃいます? 奥様がお捜しでございます」

 侍女の声が聞こえてきて、ヴィヴィアンヌは焦った。満月が真上にあるということは、もう夜更け。お開きの時間である。

「し、失礼いたします!」

 ヴィヴィアンヌはものすごい勢いで木からするすると下り、中庭から出た。

 一階の回廊で侍女が心配そうにしていて、ヴィヴィアンヌを見つけると、あんの表情を浮かべた。ヴィヴィアンヌはそのまま馬車の停車場に連れて行かれる。

 馬車の中では肩を怒らせた母親が待っていた。

「お母様、ご心配おかけして申し訳ございません」

「テオフィルが、ヴィヴィアンヌが急にいなくなったと心配なさっていたわよ」

 ──誰のせいだと!

 テオフィルへの怒りを隠して、ヴィヴィアンヌは曖昧な笑みを浮かべる。ついさっき、母親に知られたらまずい案件をこしらえたばかりだ。

 ──肩帯サツシユをするのは国王様ぐらいよね。

 遠巻きにしか見たことがないので気づくのが遅れたが、あれはまさしくこのノディエ王国の若き国王、ジェラルドである。彼は不愛想で、臣下のついしように、にこりともしないので皆から恐れられている。だから、ヴィヴィアンヌは近寄ることもなかった。

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