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不埒な海竜王に怒濤の勢いで溺愛されています! スパダリ神に美味しくいただかれた生贄花嫁!?

上主沙夜

序章 海竜神の求婚 (2)

 そう言って、王家所有の迎賓艦ノルドリス号のことも古ぼけているだの釣り舟と大差ないだのと口汚く罵った。

 家臣たちは、洗濯板もそのうち成長するとか、もっと良いお相手が見つかったら乗り換えればいいとか、アズリル王太子に万が一のことがあればラドニアの王になれますとか、いろいろなことを言ってなだめていた。

 とりあえず押さえておきましょうと言われて、ファリスティーグはしぶしぶ頷いた。

 その後、パーティーに現れたファリスティーグは完璧に外面を取り繕っていて、とてもそんな暴言を吐く人物には見えなかった。両親にお愛想を言い、ノルドリス号のそうを褒め、にこやかにリリベルと踊った。

 だが、浮かれた気持ちがぺしゃんこになって冷静に観察してみると、ファリスティーグの目つきや口調はいつもどこか小馬鹿にしたようで、あざけりをふくんでいた。

 リリベルとのダンスも、つまらないというよりイライラしているようだった。まだ十歳のリリベルと踊るのは、身長差がありすぎてやりづらいのはわかる。そんなことは誰も気にしていないだろうに、身をかがめるのが屈辱だとでもいうのだろうか。やけに振り回され、引っ張られて、何度も転びそうになった。

 そのたびにこわい目つきでにらまれた。口許は微笑んでいても、目つきはけんのんで、いかにも腹立たしげだった。

 耐えられなくなって、曲が終わると早々にリリベルは両親に訴えようとしたが、ふたりとも来賓をもてなすのに忙しくて、後にしなさいとあしらわれた。兄は貴族の令嬢たちに取り囲まれていて近づけなかった。

 いたたまれなくなってリリベルはその場を離れた。そしてパーティー会場の灯も届かない船首でひっそり泣いていたところ、涙が海に落ちたせいなのか、ぬっと海竜が現れた──というわけだ。

「なるほどな」

 黙って話を聞いていた少年は、腕組みをしてしかつめらしく頷いた。少年がまじめに聞いてくれて、ホッとしたリリベルはふたたびじわりと浮かんだ涙を急いでぬぐった。

「……わたし、あんな人でなしと結婚するなんていやだわ」

 王女として、親の決めた相手と結婚しなければならないことは、わかっていたつもりだった。ずっとそう言い聞かされて育ったのだ。

 わかってはいたが、多少の夢は持っていた。まだ十歳のリリベルには実際の結婚生活には考えが及ばなかったけれど、できれば好きな相手、気に入った相手と結ばれたいと思っていた。

「ファリスティーグ王子は嫌いか」

「きらい。だってうそつきなんだもの。本当はわたしのこともラドニアのことも気に食わないのに、心にもないお世辞ばかり言って。そんなにいやなら断ればいい。わたしだって王女なのよ。とりあえず押さえておくとか、失礼じゃない。お兄様に何かあればいい……みたいなことまで言って。あんまりよ。そんな人、きらい」

「ああ、そうだな」

 生真面目に頷いた少年は、鼻をすするリリベルをじっと見つめた。

「……だったら俺と結婚するか?」

「えっ」

 リリベルはびっくりして少年を見返した。彼の表情は至極まじめだ。

 少年は漆黒の瞳でリリベルをまっすぐに見つめた。

「さっきおまえが見たとおり、俺は人間ではない。真の意味での『人でなし』だ。しかし、妻は大切にするぞ。どんな妻おもいの人間にも負けないくらいに」

 生真面目な口調にリリベルは頬を染めた。

「……わたしのこと、大切にしてくれる?」

「もちろんだ」

「浮気しない?」

「しない。俺はおまえがすごく気に入った。おまえさえいればいい」

 きっぱりと言われてリリベルの頬はますます熱くなる。

「でも……、あなたは海竜神レヴイヤタンの王子様なんでしょう? 人間と結婚していいのかしら……」

「神の連れ合いはつねに人間だ。同族に異性がいないからな」

「えっ、そうなの?」

海竜神レヴイヤタンはオスばかりなのだ」

 憂鬱そうに、またどこか寂しそうに少年は言った。リリベルは思わず少年の手を両手で握りしめた。

「いいわ! わたし、あなたと結婚する」

「本当か」

 嬉しそうに少年はリリベルの手を握り返した。こくりと頷くと、少年は満面の笑みを浮かべてリリベルの手を唇に押し付けた。

「俺の妻になってくれるんだな?」

「ええ、あなたのお嫁さんになるわ」

 美しい少年にじっと見つめられて、ドキドキしながらリリベルは頷いた。

「約束のしるしにキスしてもいいか?」

「えっ……」

 びっくりしたリリベルは、頬を染めて頷いた。

「いいわ……」

 少年は微笑んで、リリベルの唇にそっと自分の唇を押し当てた。最初ひやりとした感触があって身をすくめたが、すぐに灯がともったように温かくなった。

 少年は顔を赤らめるリリベルに微笑みかけた。

「婚約のあかしとして、おまえにはこれをやる」

 言われて気付くと、いつのまにかリリベルの左腕に美しい真珠のブレスレットがまっていた。ひとつひとつがおとなの親指の爪ほどもある大粒の真珠を連ねたものだ。しかもそれぞれに異なる光沢を放つ珠が七つ。

「きれい……! 虹みたいだわ」

 まさしく虹の輝きだった。赤、だいだい、黄、緑、青、藍、紫。それ自体が発光しているかのように、月明かりの下で神秘的に輝いている。

「王女をもらうのだから結納品も弾まなければな。海産物も豊富に採れるようにしてやろう。おまえが一番好きな海産物はなんだ?」

「エビ」

 迷うことなくリリベルは答えた。ラドニアの領海ではエビはあまり採れないのでごちそうなのだ。今夜のパーティーはリリベルの誕生祝いでもあるので、好物のエビが出されていたが、食べようとするとお祝いを述べる人たちがやってきて、王女らしくお礼を述べているうちに、ファリスティーグ王子の一行に食べ尽くされてしまった。

 エキドニアでもエビはごちそうらしい。むろんリリベルはそのせいでますます王子が嫌いになった。

「よし。これからは特産品になるくらいいっぱいエビをしてやる。おまえが食べたいエビがいつでも網にかかるようにな」

「うれしい!」

 まだまだ花より団子のリリベルは目を輝かせた。少年はニコニコするリリベルを見て微笑んだ。

「おまえ、わいいな。今すぐ連れ去りたいくらいだが……、そうもいかないか。結婚の準備をして、おまえが年頃になったら迎えに来よう。いいな?」

「はい」

 素直にリリベルは頷いた。少年はリリベルの額にチュッとキスすると、ひらりと舷側を越えて海へ飛び込んだ。慌てて覗き込むと、目の前にぬーっと漆黒の竜が現れた。

 目を瞠るリリベルの頭のなかで、また不思議な『声』が響いた。

『待ってろよ。迎えにくるから』

 リリベルは頷き、手を伸ばした。海竜が顔を近づける。リリベルは竜の口許に唇を押し当てた。

「待ってるわ、海竜神レヴイヤタンの王子様」

 頭のなかで嬉しそうな笑い声が響いた。

 ざぶん、と踊るように竜は海に身を沈めた。一度だけ浮き上がり、金色の瞳でいとおしげにリリベルを見つめ、ふたたび海に沈んだ。海面が大きく盛り上がり、波がうねる。

 何か大きなものが、海面下を遠ざかっていくのを、リリベルはじっと見つめていた。

 やがて海が元通りに静まると、リリベルは自分の左手を目の前にかざした。そこには間違いなく大粒の七色真珠のブレスレットがあった。

 ブレスレットを撫で、唇に押し当てて微笑む。

「──あ」

 ふと、思い出してリリベルは目を丸くした。

「名前……聞きそびれちゃった」

 まぁ、いいわ。王子様だもの。

 海竜神レヴイヤタンの王子様。彼こそが本物の『王子様』だ。リリベルを大切にすると誓ってくれた。

「早く『年頃』にならないかしら……」

 ふふっと笑い、リリベルはすっかり上機嫌で月明かりに照らされる美しい海原をいつまでも眺めていた。

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