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不埒な海竜王に怒濤の勢いで溺愛されています! スパダリ神に美味しくいただかれた生贄花嫁!?

上主沙夜

序章 海竜神の求婚 (1)

序章 海竜神の求婚



 わたる満月の光が、はるかに続く海原をこうこうと照らしていた。げんそくでチャプチャプと波が戯れ、優美な船体が穏やかに揺れる。頭上では涼しい夜風を受けた帆がかすかにはためいている。

 南北の大陸に挟まれた地中海世界、ロズメール。

 大神殿島を中心に花びらのように点在する四つの大きな島国がある。そのひとつ、ラドニア王国の沿岸に、いつせきの美しい帆船が浮かんでいた。

 ラドニア王家所有のノルドリス号。げいひんかんとしてだけでなく、王族が他国を訪問する際にも使われる公式艦船だ。

 海竜神レヴイヤタンの信仰が根付くロズメールでは、どの王国でも陸でのもてなし以上に所有する船の上での歓待が好まれる。美しく豪華な帆船を所有することは富裕層や上流階級のステータスシンボルなのである。

 今夜はラドニアの王女リリベルの十歳の誕生日祝いと、リリベルの婚約者である隣国エキドニアの王子の歓迎会を兼ねたパーティーが開かれていた。甲板の上には小さなランタンが無数にともされ、花やリボンが飾りつけられている。

 ごそうとワインがふるまわれ、楽団が音楽を奏でるなか、人々は思い思いに飲んだり食べたり、あるいは踊りあるいは笑いさざめきながら社交にいそしむ。

 そんななか、主役のひとりであるはずのリリベルは、薄暗い船首でしくしく泣いていた。ふなべりつかまり、黒々とした海面を見下ろしながらすすり上げ、唇をみしめる。

 ほおを伝った涙が顎から滴り、波間に消えた。鼻をすするとまた涙が出た。熱いしずくたまになって宙を舞い、無限に広がる海に吸い込まれていった。

────何を泣いているのだ?』

 ふいに重々しい声が響き、リリベルはビクッと肩をこわばらせた。慌てて周囲を見回したが誰の姿もない。空耳か……とためいきをつきながらもとをぐいとこすると、遥か下の海面で、ざばんと大きな波音がした。

 なんだろうと顔を突きだしてのぞんだとたん、海面から勢いよく何かが飛び出してきてリリベルは反射的にのけぞった。

 一瞬、イルカかと思ったが全然違った。海水を滴らせる細長い大きな頭をリリベルに向け、頭上で輝く満月のような瞳でじっとこちらを見つめている。

 それは巨大な海竜だった。

 黒曜石のごときうろこが月光を反射して七色のりんこうを放つ。金色の瞳を縦に二分する、銀の瞳孔。もりのように鋭い牙が巨大な口の合わせ目からのぞいていた。リリベルみたいな小さな女の子など、ぺろりと丸飲みにされてしまいそうだ。

 いや、ちょっと頭を振っただけで、ノルドリス号は木っ端みじんに砕け散るに違いない。

 リリベルが晴れ渡るそうきゆうのような瞳をみはって見つめていると、巨大な海竜はふたたび尋ねた。

『何を泣いているのだ』

「……悲しくて」

 年長者が困惑まじりにたしなめるみたいな口調におずおずと答えると、竜はゆっくりとまばたきをして燐光を放つ鱗に包まれた巨大な顔を、ぬっと近づけた。

 リリベルはさらにいっぱいに目を見開いて竜を見つめた。黒光りする鱗に、驚く自分の顔がぼんやりと映っている。

 潮の香りがした。心地よい、海風の匂いだ。リリベルは手を伸ばし、くちもとうろこにそっと触れた。冷たくて、すべすべしていて、今まで触れたことのない手触りだ。

 竜はまたまばたきをした。今度は少し焦ったように。

『おまえ、我が怖くないのか?』

「こわいわ」

 答えてから、リリベルは竜の『声』が頭のなかに直接響いているのだと気付いた。そっと鱗をでながらささやく。

「こわいけど……、すごくきれい」

 どんな宝石よりも、この海竜の七色に光り輝く黒い鱗のほうがずっと美しい。

 竜は潮風の鼻息をつくと、すっと身を引いた。鱗の輝きが増し、逆巻く大波のように輪郭が揺れたかと思うと、なかから人の姿が現れた。

 とっ、と船縁を一蹴りして、リリベルの傍らに降り立ったのは、年の頃十二、三歳の少年だった。漆黒の髪と瞳をした、秀麗な顔立ちの美少年だ。着ているものは上等の上着ジユストコールにブリーチズ。どこかの王子様のようないでちだった。

 少年はリリベルを見つめてニコッとした。

「おまえ、度胸があるな! 俺の本性を目にして気絶しなかった女は久しぶりだ」

 少年の声は頭のなかに響くのではなく、ふつうに耳から聞こえてきた。リリベルはぱちぱちと瞬きをして輝くばかりの美貌の少年を見つめた。

「……もしかしてあなた……、海竜神レヴイヤタンの王子様……?」

「まぁ、そんなようなものだ」

 少年は腰に手を当て、尊大にうなずいた。夜風に髪が揺れるとちらちらと燐光が舞う。

 彼は漆黒の瞳でじっとリリベルを見た。さっきの竜は縦に長い銀の瞳孔のある金色の瞳だったが、この少年は黒目がちの漆黒の瞳をしている。全然違うのに、なぜだか同じ気がした。少年が瞬きするたび、黒い瞳に七色の光が揺れるのだ。

「で、おまえは? これはラドニア王家の船だし、見たところ貴族の娘のようだが」

「わたし、王女のリリベルよ」

 リリベルはハッとしてドレスの裾を摘まみ、膝を折って挨拶した。

「……初めまして、海竜神レヴイヤタンの王子様。お目にかかれて光栄です」

「ほぅ、リリベル姫だったか。『洗礼式』以来だな。無事に成長して何よりだ。……うむ。そういえば赤子の頃から度胸があったな!」

 うれしそうに少年は頷いた。

 洗礼式というのは、生後一年くらいに行なわれる、赤子を海水にけて海竜神レヴイヤタンの加護を願う儀式である。昨今は頭に海水をかけるくらいで済ませることが多いが、ラドニア王家のやり方は昔ながらのもので、かなり荒っぽい。

 沖まできて小舟の上から足首を掴んでいきなりドボンと海に浸けられるのだ。赤子はびっくりして泣き出すのがふつうで、九歳上の兄はすさまじく泣きわめき、その泣き声の威勢のよさに『将来は大物になるに違いない』と両親は喜んだ。

 リリベルは兄とは真逆にキャッキャと喜んでばかりいるので、焦った父王が三回やりなおし、それ以上はもう、と慌てた神官に制止された。これはこれで『将来大物』の兆候ですと言われてやっと両親はあんした。

 もちろん自分では覚えていないが、逆さりで海に浸けられてはしゃぐ自分の姿を、この美しい王子様にも見られていたのかと思うと恥ずかしい。

 もじもじするリリベルを好ましそうに見やり、少年はほほんだ。

「それで?」

「はい?」

「何が一体、そんなに悲しかったのだ?」

「あ……」

 リリベルは言いよどんだ。

「おまえを悲しませるとは、よほどつらいことなのだろうな」

 真摯な瞳でじっと見つめられてドキドキしてしまう。相変わらず偉そうな口調だが、強い関心が窺えた。ためらいながらリリベルはつぶやいた。

「……許嫁いいなずけが、ひどいこと言ってるのを聞いてしまったの」

「婚約者がいるのか……」

 少年は何故かがっかりしたように眉を下げたが、すぐに気を取り直して続きを促した。

「誰と婚約しているのだ? そいつに何を言われた」

 口ごもりつつリリベルは打ち明けた。

 婚約者は西の王国エキドニアの第三王子ファリスティーグで、兄のアズリル王子と同い年の十九歳。初めて会ったときにはとても嬉しかった。美男子で優しそうだったからだ。身体を鍛えることが趣味の筋肉ムキムキ兄とは違って、体型はすらりとしており、物腰も上品で優雅だった。

 実際、挨拶を交わしたときには文句なく礼儀正しかった。リリベルに微笑みかけ、手にキスしてくれた。

 しかし、歓迎会の直前、自国から伴ってきた家臣たちになだめられているのを立ち聞きしてしまったのだ。ファリスティーグは不機嫌な顔で不満をあらわにした。

 どうして自分があんな洗濯板みたいな小娘と結婚しなくてはならないのかと。ラドニアの国力はロズメール四王国のなかでは最低だ。こんな貧乏国の王女と結婚したってなんにもならない。

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