憧れの聖騎士さまと結婚したらイジワルされつつ溺愛されてます
第一章 (3)
「姉さん、そんなに困った顔をしてどうしたの? ジョゼモルンが嫌なら、タキシアドへ行くかい?」
「っっ……いいえ! ジョゼモルンに、王立騎士団の式典に行かせてちょうだい」
その日の午後、エリザベスは両親から縁談についての話をされたばかりだった。年が明けたら、正式に結婚相手を決める。もしも希望があるようならば、前もって言っておくように、と父は言った。
とはいえ、エリザベスが口にすることを許されるのは、エランゼから近い国がいいだとか、温かい地域がいいだとか、その程度のこと。相手の男性を選り好みする権利は、王女には与えられていない。少なくとも、エリザベスはそう思っている。
「そう。だったら、来月の式典には姉さんが参加すると返事をしておくよ。それにしても、今日の姉さんはなんだか落ち着きがないね。何かあった?」
年子の弟が、肉を口に運びながらエリザベスに尋ねてくる。
幼いころは、よく姉のあとをついてきたパトリックも、もう十五歳。いずれはこの国を背負って立つ彼は、いつしか立派な王子になりつつある。
「何もないわ。ただ、ジョゼモルンへ行くのは久しぶりだから、少し……楽しみだと思ったの」
少しどころではなく楽しみなうえ、ただの公務とは違う。王室の行事というだけではなく、王立騎士団の式典だ。
──結婚の前に、神さまのご慈悲を賜ったのだわ。
エリザベスは、ぎゅっと指を握りしめて拳を作る。
千載一遇の機会。
夢にまで見た、彼との再会。
話をしたいだなんて多くを望んだりはしないから、ただあの人を見たかった。その姿を瞳に刻んで、エランゼ王国のためになる政略結婚に臨もう。
彼女は、心からそう思った。
◆ ◆ ◆
秋が近づくころ、エリザベス一行は隣国ジョゼモルンを訪れていた。
心地よい風が、彼女の美しい金髪を揺らす小春日和。何度も来訪した地ではあるが、今回は気持ちが違う。
いや。
いつだって、この国を訪れるときには、願っていた。クリスティアンとどこかですれ違いたい。それが無理なら、遠くから姿を見たい。だが、彼の名を耳にすることはあっても、騎士団の任務に就く彼と宮殿内で公務に勤しむエリザベスには、接点さえなかった。
──けれど、今回こそは。
隣国の貴族たちに会釈をしながら、エリザベスは自分のために準備された席へ向かう。王立騎士団の百五十周年式典とあって、その会場には多くの人々が集っていた。
円形の競技場と思しき会場は、中央前部に楽隊が整列している。駆けつけたジョゼモルン王国民たちは、周囲を取り囲む円周に沿った草地に腰を下ろしていた。
賓客用の席は、競技場中心部。
エリザベスは女性用の座部が広い椅子に座り、ドレスの裾の乱れを整える。
ジョゼモルンへ入るまでは、侍女のジュリエッタと同じ馬車でやってきたが、式典会場にまで侍女を連れてくることはできない。その代わりに、エリザベスを護衛するエランゼの騎士が二名、彼女の背後に控えていた。
エリザベスが席に案内されたのは、式典の直前となってからだった。それというのも、参列する賓客の身分が高いほどに、席につく順番はあとになる。もともとは、貴人が襲撃されるのを防ぐためだったと言われているが、その真偽については定かではない。
エランゼ王国を代表してこの場にいるエリザベスのあとには、ジョゼモルンの王太子夫妻と国王夫妻が会場に入り、それを見計らったように楽隊の前に指揮者が立つ。
青く澄み渡る空に、突き抜けるような鋭く美しい笛の音が響く。それが、本日の式典の鏑矢となった。
王国民たちが一斉に立ち上がり、歓声をあげる。エリザベスは、何が起こったのかと心のなかでうろたえた。
今まで、彼女が参列した公式の式典といえば、いつも厳かな空気に満ちていたからだ。
それが、今日は会場からして雰囲気が違う。屋外の競技場で、王国民たちも自由に入れる場所。そこに、騎兵を先頭にした騎士団員たちが、行進して入場してきた。
そろった動きに、一瞬で目が惹きつけられる。エランゼにも騎士団はあるが、エリザベスが接する機会のある者たちではない。一国の王女には、騎士団員とのかかわりなどあまりないものだ。彼らのなかから、王女の護衛兵が選ばれる。普段、騎士たちがどのような訓練をしているのか、どんな任務に就いているのかも、エリザベスは詳しく知らなかった。
円形競技場をぐるりと一周した騎士たちが、左右に分かれて整列すると、今度は白い騎士服の男性が三人、馬に乗って現れた。
──クリスティアンさま……!
ひと目で、エリザベスには彼がわかった。
初めて見たときよりも、距離が近い。それに、あのころより彼はひとまわり逞しくなったように思える。幼い日の記憶など、あてにならないとわかっていても、何度も何度も反芻した思い出の人だ。
彼は、今年二十八歳。
すらりとした長身に、馬を跨ぐ長い脚。白い聖衣にも似たデザインの騎士服は、襟と袖口に銀糸の刺繍がほどこされ、長靴だけが濃紫色。銀の直毛が、馬の鬣と同じ動きで風になびく姿は、さながら名だたる画家の描いた一枚の絵のようで。
エリザベスは、体が芯から震える思いがした。
その人を見ているだけで、心が騒ぐ。これでもなお、この想いを恋に恋しているだけだと片付けることができるだろうか。
まばたきすら惜しんで、彼を瞳に焼きつける。聖なる騎士は、ある意味で聖人のようにエリザベスの心に刻まれていった。
聖堂に寄ったのは、エリザベスが信心深い少女だからという理由ではない。
ジョゼモルンの宮殿近くにあるこの大聖堂は、以前から何度か訪れていた。
幼なじみであり、エランゼの大司祭の孫息子であるジョーイ・フェッセンデンが聖騎士になりたいと言って、国を出たのは一年前。自国でも、宗教学を学んでいればいずれはそれなりの立場になることを約束された血筋に生まれながら、ジョーイはジョゼモルンへ来ることを選んだ。
──今日は、たしかこちらに来る予定だと言っていたけれど……
両親同士が親しかったこともあり、ジョーイとエリザベスは兄と妹のように育った。幼少期、体の弱かったジョーイは祖父である大司祭のもとに預けられることが多く、宮殿から自由に外へ出られないエリザベスとパトリックの大切な、そしてほぼ唯一と言ってもいい同世代の友だちだったのである。
「ジョーイ? ジョーイ、もう来ているのかしら?」
約束をしていたわけではなく、偶然ジョーイからの手紙で式典当日にはのちに聖堂へ行く用事がある、と書かれていただけだった。なので、彼の予定が変わっていれば、会えない可能性も理解している。
聖なる場所、それも入り口は表のひとつしかない聖堂だからこそ、なかへ入るときは護衛をつけることもない。エリザベスは、王女という立場ではなく、友人としてジョーイの名を呼ぶ。
まっすぐに続く祭壇への道、その左右には参列席が並んでいる。
「ジョーイ……?」
エリザベスの視線は、その通路と同じく直線的に祭壇へ向かい、そこで彼女は息を呑んだ。
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