憧れの聖騎士さまと結婚したらイジワルされつつ溺愛されてます
第一章 (2)
エリザベスは、夢見がちなところのある少女だ。けれど、自制心を持ち合わせている。自分が国のために嫁がねばならぬことも重々承知しているからこそ、夢を見ていたかった。
この想いが真実の恋ではなく、恋に恋しているだけだと何度も言い聞かせてきた。憧れの聖騎士さまと、どうにかしてひと言でも話してみたい。そんな、少女らしい願望すら、彼女には口に出すことを許されなかった。
「……そうね。ジュリエッタ、心配をかけてごめんなさい。ほんの少し、夢を見てみたかったの。ほら、市井の娘ならばそういう恋をすることもあるのでしょう?」
「エリザベスさま……」
結婚相手は、国が決める。
エランゼという大国の王女として生まれたからには、エリザベスは国の未来の支えとなる婚姻をしなくてはいけない。
──そのために、わたしはこうして宮殿の奥深くで大切に育てられたのですもの。
小柄な少女は、しゅんと肩を落とす。細い両肩には、彼女ひとりでは支えきれない重圧がかかっていた。
◆ ◆ ◆
幼い日、あの聖騎士を見た日から、エリザベスは何度も同じ夢を繰り返し見てきた。
それは、白い騎士服を着た彼が、自分の足元に跪き、結婚を乞う物語だ。
「エリザベス王女、どうぞ私と結婚してください。あなたなしには、このクリスティアンは生きていけないのです」
「まあ、クリスティアンさま……!」
彼は、自分の手を取り、その指先に唇を寄せる。銀色の髪の美しさに、エリザベスは触れたくてたまらないのだが、王女としてそんな破廉恥な真似はできない。
「わたしも、ずっとあなたをお慕いしていたのです」
「ああ、なんという僥倖でしょうか。エリザベス王女、いいえ、エリザベス。あなたは今日から、我が妻となるのです」
そう言って、夢の中のクリスティアンはエリザベスを強く抱きしめてくれる。
目を覚ますと、いつもの白い天蓋布が広がっていて、王女は大きな寝台にひとり。
「…………また、同じ夢ね」
現実ではないと知りながら、それでもエリザベスは夢の余韻に浸るように目を閉じた。
──夫婦になったら、あの先には何があるのかしら。
互いの体を抱きしめ合い、唇を重ね、それから──
十六歳のエリザベスは、閨事の詳細を知らない。来るべきときが来たら、そのときには妻となるための教育を受けるらしいのだが、今のところ婚約もしていない王女に、夫婦の秘密は明かされていないのだ。
──夢は、不思議だわ。
現実に、エリザベスはクリスティアンの声を知らない。出会った七年前の姿しか知らない。今の彼がどうしているか──結婚こそしていないのは知っているものの、その姿を目で見たことはない。
当時、彼は二十歳の青年だった。
ジョゼモルン史上最年少にて聖騎士の称号を与えられた、白銀の騎士。
大陸内における神の誕生した国、ジョゼモルン。その王家には、神の血が入っていると言われていた。
聖騎士とは、由緒正しい血統と騎士たちの模範となる武術、そして神への忠誠心と信仰心を持つ者のみが与えられる称号だ。
エランゼには、聖騎士に類する称号は存在せず、初めてそれを知ったとき、エリザベスは尊さに心が震えるのを感じた。
エランゼの宮殿にも、礼拝堂はある。大司祭には、幼いころから説話を聞かせてもらってきた。狭い世界で暮らすエリザベスにとって、神のために戦う聖なる騎士は、まるで世界を救う勇者のごとき存在だった。
──クリスティアンさまは、現王の末の王子でいらっしゃるのだから、もしお望みくださればわたしが嫁いでいくのに問題のないご身分だけど……
そうは言っても、相手はおそらく自分という存在を知らない。もしも名を知っていたとしても、顔を見たことはないだろう。
初めてクリスティアンを見たあの日以来、エリザベスはジョゼモルンの公務があると聞けば、率先して出向いてきた。今では、ジョゼモルン宮殿の王宮執事とすら顔見知りである。
しかし、王族とはいえ騎士団に所属するクリスティアンは、ほかの騎士たちと同様に国を守るために働いている。
行事や催事に参列するだけのエリザベスが、彼と顔を合わせる機会は一度としてなかった。
「……偶然でいい。ほんの少し、遠くからお顔を見るだけでもいい」
何度願ったことだろう。
そんな彼女の本心を、父も母も、弟のパトリックも知らない。当時のナニーだったシーラと、その後侍女としてやってきたジュリエッタだけが、エリザベスの秘めた想いを聞いてくれた。
ただ一度でいい。彼と言葉を交わすことができたなら──いや、そんな贅沢は望むまい。もう一度だけ、彼を見ることができたなら、それで満足して国の決めた相手のもとへ嫁ぐことができる。
エリザベスは、心からそう思っていた。
自らを律して生きてきた彼女には、ほのかな初恋が引き起こす欲というものを理解できない。人間は、よくばりないきものだ。見るだけでいい、と思っていたとしても、その目に相手の姿を映せば、今度は話したい、触れたい、抱きしめられたい、と願いは加速する。
しかし、エリザベスにはそういった欲求というものがわからないのだ。
いつでも、すべてが与えられていた。そして、心から望んだただひとつ、ただひとりの存在だけは決して手を伸ばすことを許されなかったのだから。
はあ、と短いため息をひとつ。
寝台の上、エリザベスは目を閉じる。もう、彼の記憶はどこか曖昧になっていた。それでいて、鮮烈に目に焼きついて忘れられない銀の髪と、白い甲冑。
──どうして、クリスティアンさまにこんなに執着してしまうのかしら。あの方のことを、わたしは何も知らない。どんなお声なのか、どんなふうに話されるのか、どんな食べ物がお好きなのか、どんな女性を好まれるのか……
知りたいと思うことが恋なのだとしたら、これは間違いなく恋だ、とエリザベスは思う。同時に、何も知らないで勝手に思い込んでいる恋情など、恋と呼べるものではないと知っていて。
「……それでも、もう一度だけでいいからお姿を見たいの」
王女は、自分の体をぎゅっと抱きしめた。
◆ ◆ ◆
「えっ、わたしがジョゼモルンに……!?」
クリスティアンの夢を見た日の夕食の席で、エリザベスは弟のパトリックを前に目を瞠った。
「ほんとうは僕が行く予定だったんだけど、タキシアド帝国の祝祭と重なっているんだ。だから、よかったら姉さんに代わりに行ってもらいたい」
髪色こそ同じ母譲りの金髪だが、父に似た屈強な体格の弟が、肩をすくめる。
──それも、王立騎士団の記念式典だなんて、きっとクリスティアンさまもいらっしゃるに違いないわ。
ジョゼモルン王国には、現在聖騎士が三名いる。エリザベスの想い人である王子クリスティアン、そして先の王の甥であるマーカス、現王の弟であるザックだ。
記念式典ともなれば、聖騎士が団を率いるのは間違いない。長年、彼の姿を追い求めていたエリザベスは、ついにクリスティアンと再会する機会を得たのである。
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