憧れの聖騎士さまと結婚したらイジワルされつつ溺愛されてます

麻生ミカリ

第一章 (1)



   第一章 その求婚に、異議はなく



 金色の巻き毛が、ふわりふわりとそよ風に揺れる。毛先へいくほどカールした細くやわらかな髪は、薄紫色のドレスの背で天使の羽のように輝いていた。

 けれど、それよりも光を放つのは紫色のすみれの花を思わせる大きな瞳である。長い睫毛まつげに縁取られた愛らしい両目を、少女はこぼれんばかりに見開いて、銀髪の騎士を見つめていた。

 彼の名は、クリスティアン・レイ・ジョゼモルン。

 今日この日、最年少で聖騎士の称号を受けた二十歳の青年である。

「エリザベスさま、あまりバルコニーに乗り出すと危ないですよ」

 少女はナニーのシーラの言葉も耳に入らぬまま、白銀の騎士に目を奪われている。いや、目だけではなく、そのときエリザベスは心を奪われた。

 生まれて初めての公務に出かけた、八歳の春。

 大国エランゼの第一王女エリザベスは、生涯かけた恋に落ちたのである。


 ティレディア大陸で、もっとも豊かで強大な国。それこそが、エリザベスの生まれたエランゼ王国だ。

 大陸全土を統べるエランゼの騎士王こそが、エリザベスの父親ヒューバートで、その最愛の王妃が母親コーデリア。

 母によく似た面差しのエリザベスは、小柄で愛らしい少女だった。

 誰もがそのれんさを賞賛し、彼女の無邪気さを慈しむ。宮殿で大切に育てられた王女は、何不自由することなく、新春に十六歳の誕生日を迎え、そろそろ縁談についても前向きに検討する年頃に差し掛かっていた。

 エリザベスの母は、十七歳で父のもとに嫁いできたと聞いている。三十代も半ばになってなお、母コーデリアは美しい女性だ。自分もいずれは、母のようになれるだろうか。エリザベスは、母に似ていると言われるたび、そのことを考えた。

 外見の話ではない。エリザベスのなりたい『母のような女性』とは、愛する人に愛されて生きる人生を得られるかどうかにかかっている。

「ああ……、どうしたらクリスティアンさまの妻になれるのかしら」

 金糸の髪を背に垂らし、愛らしい王女は窓辺の椅子に座ってため息をついた。その横顔は、恋に恋する乙女にほかならない。

「エリザベスさま、そのようなことを口に出されては、誰に聞かれているかわかりません。どうぞお慎みくださいませ」

 エリザベス付きの侍女であるジュリエッタが、慌てた様子で声を潜める。本来、声を押し殺すべきはエリザベスのほうだ。

「だって、ジュリエッタ、知っている? わたしをきさきに迎えたいと言ってきたのは、フェレドニアの王子や、タキシアドの王子、それに海向こうのアザラベの王族に──」

 指を折る王女に、ジュリエッタがうなずいてみせる。

「はい、存じております。そのほかにも、国内の名だたる公爵家がご子息の妻にご降嫁をお望みでいらっしゃいます」

「……クリスティアンさまは?」

 初めて彼の姿を遠目に見たあの日から、七年。エリザベスは、ずっとクリスティアンにほのかな憧れを抱いて生きてきた。

「聖騎士さまは……その、ジョゼモルンの王族には違いありませんが、王位継承順位も低くあられますし、そもそも騎士道に生きる殿方ですから、国同士の縁談にはあまりご興味がないのかと……」

 憧れの聖騎士は、エリザベスの夫候補として名乗りをあげてはくれない。こちらがどれほどおもっていたとしても、彼とは話したことさえないのだから、当然と言えば当然だ。

 ──だけど、そういう理由でいうのなら、縁談を申し入れてきた殿方のほとんどが、わたしとは話したことなどないはずなのに。

 いかな大国の王女といえど、エリザベスのほうから他国の騎士を相手に縁談を持ち込むことはできない。王女の結婚とは、彼女の意思によって決まるものではなく、国の繁栄のためにされるものなのだから。

「いっそ、ジョゼモルンの王族のどなたかが、わたしを妻に望んではくれないかしら。そうしたら、ジョゼモルンへ行く理由がつけられるわ」

 幼さの残る王女は、ぽんと小さく手をたたく。

「あちらの王族には、エリザベスさまと歳の近い男性がおりません。たしか、聖騎士さまのすぐ上の兄王子でも、十一歳は離れているとか」

「……そう。クリスティアンさまは、末の王子さまですものね」

 隣国とはいえ、王女が勝手にジョゼモルンへ出かけることはできない。高貴な身分に生まれ、きらびやかなドレスと宝石に囲まれていても、エリザベスには宮殿を一歩外に出れば自由がないのだ。

「ですが、ジョゼモルンの王族とご結婚なされた場合、聖騎士さまとはご親戚となりましょう」

「そうなるわ」

 憧れの騎士の親戚だなんて、想像するだけでうれしくなる。エリザベスには、まだ結婚というものが身近ではなかった。

「遠くで憧れているだけならまだしも、近くで聖騎士さまがほかの女性とご結婚なさる姿を見ることになるのはお辛くないでしょうか……?」

 ジュリエッタの言うことはもっともである。

 エリザベスとて、自分の立場はわきまえていた。幼いころから、ナニーやガヴァネスにしっかりと王族の女性としての教育を受けてきた身ゆえ、彼女は自由に恋を楽しむことなどできないと知っている。

 けれど、想うだけは自由だ。

 その想いが成就したならば問題だが、エリザベスが一方的に焦がれるのは、彼女の唯一許される恋の方法だった。

「そんなの、辛いに決まっているわ。だけど、もしかしたらわたしがジョゼモルンのどなたかに望まれて赴けば、クリスティアンさまと接点ができるかもしれない。そして、クリスティアンさまが、わたしとの結婚を望んでくださるかも……!」

 あの美しい聖騎士を思い出すと、エリザベスの胸は鼓動が速くなる。

 たった一度、ただ一度、遠目に見ただけの男性。声を聞いたこともなければ、話したことさえない彼に、エリザベスは心を奪われてしまった。

「いいえ、なりません!」

 いつもはおとなしいジュリエッタが、珍しく強い口調で告げる。その声に、エリザベスはびくっと肩をすくめた。

「ジュリエッタ?」

「エリザベスさまは、男性に対する免疫がありません。そのせいで、きっと幼い日に見た美しい聖騎士さまに心奪われていると思いこんでいらっしゃるのです」

 そんなこと、言われずともわかっている。

 エリザベスは、心臓にとげが刺さるような痛みを覚えた。

「王女として立派にお役目を果たし、公務にも誠実な態度で参加され、多くの臣下たちからも慕われるエリザベスさまが、ご自身の願う結婚をできぬこと、このジュリエッタ、心よりご同情申しあげます。けれど、どうか、どうかそのようなことをお考えになるのはおやめくださいませ」

 侍女の言うことがわからないわけではない。

 ジュリエッタの言うとおり、エリザベスはこの数年、近隣諸国から賞賛されるほどに立派に務めを果たしてきた。その結果、彼女の可憐な外見だけではなく、その心根を買って縁談を申し込んでくる者たちが後を絶たないのである。

 ──わかっているわ。気のあるような素振りで、ジョゼモルンの王族のところへ顔を出し、隙あらばクリスティアンさまとお近づきになりたいだなんて、王女としてあるまじき妄想だということは……

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