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運命の乙女を娶った王太子は新妻にご執心!

藍井恵

第一章 (2)

 あわあわとアリシアは焦って、身振りを多くしてしまう。『月桂樹の乙女』ではないとポイ捨てされるだけならまだしも、ほかの罪にも問われかねない。

「その月桂樹はみるみるうちに葉を茶から緑へと変化させたとか」

 ──しまった。

 アリシアは小さなころから、植物、特に月桂樹を元気にさせる奇妙な力があり、母親からは人前では使わないように言われてきたのだ。

 ──でも、枯れた植物って放っておけないのよね。

 ローズが身を乗り出す。

「それが侍従長の耳に入り、大騒ぎになったそうですわよ」

 ミレーヌがローズをいちべつした。とがめるような目つきだった。

 アリシアは首をかしげる。

「大騒ぎになったわりに、ここに来るまで半年かかったのですね?」

 侍女ふたりは顔を見合わせ、同時に手を左右に振った。

「ア、アリシア様を見つけるのに時間がかかったのですわ!」

 このふたりこそ、うそをつくのが下手そうだ。

 馬車で二時間ほど揺られると、にぎやかな王都に到着し、やがて黄金の柵ごしに、白い宮殿が目に入る。

 宮殿の前には道というには広すぎる空間があり、樹齢五百年をゆうに超える月桂樹が中央に鎮座している。この国の守り神とされる月桂樹だ。アリシアが抱き着いたのは、まさにこの幹だった。

 ──月桂樹、前より元気になってる……よかった。

 ついに馬車は正門前に着き、そびえ立つように高い黄金の柵が、近衛兵によって開けられる。扉の柵上には王家の紋章である月桂冠が黄金で模られていた。

 馬車はまっすぐに宮殿へと向かう。

 宮殿の大きな白い柱一本一本の前に、神話の世界を連想させるような白い彫像が飾られていて、皆、頭に月桂冠を冠っている。

 ──月桂樹尽くしね……。

 アリシアは苦笑した。

 中に入ると大きなエントランスホールは壁も床も白で統一されていた。とはいえ、装飾に黄金がふんだんに使われていて、天井には神話世界が描かれており、きらびやかである。

 その向こうに続く回廊は、幅が広く、天井が高く、まるで広間のようだ。

 案内された居室もこれまた豪華で、一定間隔で置かれた白い円柱の最上部には樹木を思わせる彫刻がなされ、白い壁には黄金の葉がう。

 円柱と円柱の間は採光のガラス窓になっているため、白を基調とした部屋は光に満ちている。

 ガラス窓から望む庭園は常緑の月桂樹の緑だけだが、春になれば、きっと花が咲き誇ることだろう。

 アリシアが窓辺で外を眺めていると、侍女ふたりに手を引かれる。連れて行かれた先は浴室だった。

「まずはお体を洗わせていただきます」

 いきなり服を脱がされる。お気に入りのオレンジ色のワンピースだった。

「あ、それ母の手作りだから、捨てないでくださいね」

 侍女ふたりは顔を見合わせて「では、洗っておきますね」と微笑ほほえんだ。

 ──やっぱり捨てる気だったんだわ。

 言ってよかったと思っていたら、ぬるい湯を張った浴槽に放り込まれた。

 ──ああ、温まる……。

 アリシアの家には浴槽などない。そもそも体を洗うために大量の湯を温めることができるのは、貴族か、よほど富裕な平民だけであろう。

「なんとか冷める前に間に合いましたわ」

 ミレーヌがほっとした様子で、スポンジを手に取った。

「アリシア様、にいれば、毎日お風呂に入れますからね」

 心を見透かされたようなことを言われる。

 浴室を出ると、肌触りのいい絹の下着、その上に白いネグリジェをかぶせられる。

「え? 昼間なのに?」

「これは、シュミーズドレスですわ。最近、流行っているんですの」

 そう言いながら、胸の下で薄桃色の帯を巻かれた。

「こんなのが……」

 アリシアがそんな貴族の流行りなんて知るよしもない。

 ──スースーする。

「あの、ドロワーズとか、ズボン的なものは?」

「貴族の女性は仕事をしないから、そんなものは必要ありませんわ」

 アリシアは尋ねるのをやめることにした。

 ──庶民丸出しだわ。

 次に、黄金で縁取られた大きな鏡台の前に座らせられる。くりいろの髪の毛をまとめあげられ、造花の付いたリボンをくるくると巻かれた。

「あら、まあ、素敵!」

「おきれいだからやりがいがありますわ」

 そんな賞賛を受けるのには不慣れなので、アリシアは消え入るような声で「あ、ありがとうございます」と答えることしかできない。

「そろそろ王太子様がいらっしゃるころですわ」

 アリシアは目を丸くする。

「えええ!? ここに!? ど、どんな方なんですの!?

 ふたりはそろって、うふふと忍び笑いだ。

「とにかく美形ですわ。背も高いし」

 ローズが言うと、ミレーヌが小さく頭を振る。

「それだけじゃありませんわ。剣や弓もお得意でいらっしゃるのですよ」

「まあ」

 アリシアが感心していると、今度はローズが負けじと身を乗り出した。

「実質、王太子様が国王様のお仕事をこなしてらっしゃるでしょう? 書類全てに目を通して、おかしいところを指摘されるので困ると、大臣がこぼしているそうですわよ」

「え、それはなぜ?」

 ミレーヌがこほんと咳をした。

「い、いえ、ただ、国王様が今、体調を崩してらっしゃるだけですわ」

「まあ、そうでしたか」

 ミレーヌが「では、そろそろ」と、ローズに目配せする。

 ふたりそろってお辞儀をして、そそくさと去って行った。

 ショックだったのは、ガチャリと外から施錠されたことだ。

 ──閉じ込められた?

 自分の背丈の二、三倍もあろうかという重厚な扉に近づいて、両手を突き、全身の力をこめて押すがびくともしない。

 ──王太子様が来るまでの間だけよね?

 ほかにも出口があるかもしれないと気を取り直して、隣の部屋に足を踏み入れる。

 広い部屋の真ん中にぽつんとテーブルがある。ぽつんといっても、十何人もが座れそうな大きなテーブルなのだが、部屋が広間のように大きいので、小さく感じられるだけだ。

 扉もテーブルも、木材はどれも最高級のブラックウッドだ。細かい花の装飾が施されている。

 ──壁の白とは対照的ね。

 テーブルの上にはパンやフルーツがあり、とりあえず、食料があることにあんする。

 再び前室に戻って、もう片方の木製扉をぎぎぎと開けると、中央に大きな白木のベッドがある。天蓋からカーテンのような布が垂れていて、その柄は月桂葉だ。

 ──王家の紋章になってるぐらいだもんね。

 バルコニーに出る。ここは三階なので、自力で下りられそうにない。

 ──やっぱり出口はあそこだけ?

 アリシアは再び回廊に面した扉の前に戻る。

 ──これじゃあ、まるで監禁だわ……。

 と、そのとき、扉の向こうから話し声が聞こえてきた。

 ──近い!

 ひとりはさっきの侍従長で、もうひとりは若い男の声だ。

「結婚なさらなくてもお子さえいらっしゃれば、王家は安泰にございます」

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