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運命の乙女を娶った王太子は新妻にご執心!

藍井恵

プロローグ / 第一章 (1)



   プロローグ



 神話上、カサヴェス王国の起こりは、今の王家の始祖であるクリストファーが聖なるげつけいじゆと契約したところから始まる。

 その契約は十七代続いた今も守られており、王太子がめとるのは必ず、げつけいようの刻印を持つ乙女だと決められていた。

 王太子が生を受けたそのときから、月桂樹は、王太子にふさわしい女児の誕生を待ち、生まれ落ちるときに彼女に刻印をもたらす。

 ふたりは出会うと、どうしようもなくかれ合う運命にあるという──。



   第一章 王太子にとらわれて



「おめでとうございます。王太子様からのお召しでございます」

 王家付き侍従長だという初老の男はアリシアに恭しくそう申し述べた。寒い朝のことで、彼の吐く息は白い。

「は?」

 アリシアは、はしばみ色の大きな瞳をぱちくりとさせて固まってしまう。

 ここは王都の郊外にある診療所兼自宅。十七歳のアリシアは、医師の父と薬師の母を手伝いながら、毎日、平凡ながらも楽しく暮らしてきた。

 それなのに今、石と木で造られた素朴な二階建ての前にあるあぜ道に、げつけいかんの紋章が付いた黄金の馬車がまっている。月桂冠といえば、このカサヴェス王家の象徴だ。

 しかも従者のものらしき馬車が後ろに五台、さらにそのあとには、騎馬の近衛このえへいの隊列が続いている。

 医師である父親の腕がいいとはいえ、まさか王太子までも診てほしがるとは、どこでそんな評判が立ったのか。

「あの、父母は今、赤い屋根の豪邸、アンドレウ家に往診に行っておりまして……」

 アリシアは腕をすっと斜め上に伸ばして丘の向こうを指差す。

 白髪交じりのあごひげを生やした侍従長はいんぎんに首を横に振る。

「私がお迎えに上がったのはお父様ではございません。アリシア様です」

「え? 私はまだ見習いでして、薬草の知識でしたら、母のほうが……」

「王太子様はすこぶるご健勝であられます。だからこそ『月桂樹の乙女』を早くお連れせねばなりません」

「は? こんなところに『月桂樹の乙女』なんかいるわけがないでしょう?」

 運命の乙女は王太子の居場所からそう遠くないところに現れるので、貴族の女性と決まっている。

「あまりしらばっくれると、ためになりませんぞ」

 侍従長が目配せすると、後ろに控えていた侍女ふたりが前に出てきて、「さ、こちらへどうぞ」と、うながされる。

 その先にあるのは黄金の馬車だ。

「え、えーと、もしかして私を誰かと間違えてはいませんか」

 アリシアは本気で心配になってきた。

 平民のアリシアだって知っている。

『月桂樹の乙女』とは、王太子の、たったひとりのつがいとなれる女性──。すなわち、いずれは国母となる女性を指す。

 王妃は他界しているが、侯爵家出身だったはずだ。

 ──もしかして、私、貴族の落としだね!?

 と、一瞬考えたが、そういえば父親に生き写しの顔だった。

「この村に、ほかにアリシア様がいらっしゃるとでも?」

「この村には私だけですが、多分、隣村あたりにいらっしゃるんですわ、きっと」

 と、そのとき、侍従長が目を見開いて眉をぐいっと上げた。怒る直前、といった表情だ。

「歴代最年少にして侍従長まで上り詰めてから二十年、来年には名誉侍従長の称号を与えられることが決まっているこのルキアノスが、村の名を間違えるとでも?」

 アリシアは恐ろしくなって首をぶんぶんと横に振る。

「あ、いえ、そんなわけない、ありませんよ、あるわけないです!」

 ──きっと王宮に行けば、誤解が解けるわ……。

 観念して侍女に手を引かれるまま、片足を馬車に踏み入れ、顔だけ振り返った。

「あの、急に私がいなくなったら、誘拐されたって父母がしん……」

 アリシアが言いかけたところで、侍従長はこほんと威厳をもったせきでさえぎる。

「こちらには侍従をふたり置いていきます。そして赤い屋根の邸宅には、近衛兵を伝令に出しましょう」

「そ、そうですか、ありがとうございます」

 心残りはまだまだてんこ盛りだが、アリシアはすごすごと馬車に乗り込んだ。

 とたん、ごうけんらんな内装に驚く。しかも広くてゆったりとしている。

 ──宝石箱みたい。

 天井は黄金の装飾でかたどられ、座面は赤いベルベット。座ると、ふわりとして気持ちいい。

 アリシアは慌ててエプロンを外した。薬草の汁で薄汚れているのが急に恥ずかしくなったのだ。

 お向かいに並んで座る侍女ふたりの口角がわずかに上がった気がする。

 ──このふたりも驚いていることでしょうね。

「あ、あの、どうして私が『月桂樹の乙女』ということになっているんでしょうか」

「ご挨拶が遅れました。私、アリシア様の筆頭侍女を申しつかったミレーヌと申します」

 二十代半ばだが、しっかり者の印象を与えるミレーヌが、となりのほんわかした雰囲気の侍女に目配せをした。

「侍女のローズと申します。なんなりとお申し付けください」

 ミレーヌの視線がアリシアに戻った。

「アリシア様、王太子様は今や二十歳におなりになりました。それなのに『月桂樹の乙女』が見つからない、つまり、お世継ぎができるあてがございません」

「それなら、王太子様が好きになった方を、運命の乙女だということにして結婚されたらよろしいんじゃありませんの」

 侍女ふたりが同時に首を横に振った。息が合いすぎていて怖い。

「我が王家は、『月桂樹の乙女』としか子がなせないのです」

「そ、それは大変ですね」

 ──悪い魔女に呪いでもかけられたのかしら。

「これまでは容易たやすく見つかっていたのですが、十八代目にして初めて難航しまして。ですが、アリシア様とわかり、皆、納得したものです」

「どうして?」

「平民でいらっしゃるから」

 アリシアの心がずきりと痛んだ。

 幼いころ、父親は貴族を診る医師だったのに、アリシアが、往診先の邸で貴族の子と遊んだだけでとがめられ、追われるようにこの村に来たそうだ。それほどかように、この国では貴族と平民が厳然と隔てられていた。

「そうです。平民です。平民の私がどうして、『月桂樹の乙女』だなんてお思いになったのです?」

「アリシア様、半年ほど前、建国記念日で王宮の庭園が開放されたときにお訪ねになりませんでしたか?」

「ええ、行きました。私、王宮の庭に生えている植物にとても興味がありまして」

「一本、ひときわ大きい、枯れかけた月桂樹があって、さわりませんでしたか?」

 ──まずい。

 触ってはいけないと書いてあったのだが、つい、かわいそうで、抱きしめてしまったのだ。

「え、べ、別に、ささ触ってなんか……ありません! おりませんわ!」

 侍女ふたりが同時に半眼となる。

「アリシア様が、うそをつけないお方だということはよくわかりました」

「え、うそ、ついてる、ついてたっけ? そんな、ついてませんよ!」

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