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スキャンダラスな王女は異国の王の溺愛に甘くとろけて

すずね凜

第一章 堕ちた王女は政略結婚をする (3)

 ブルーノとの結婚は王女としての義務だ。

 彼との間に波風を立てたくなかった。

 クラウディアは自分に言い聞かせた。

 心を殺して、なにも望まず、穏やかに──ブルーノの妻になるのだ、と。

 だが、胸の中にすうすうと冷たく寂しい風が吹き抜けるのを止めることはできなかった。



 こうして、このハレの婚約披露パーティーの席で、クラウディアは冷めた心とは裏腹なにこやかな表情を浮かべ続けていたのだ。

「そろそろ、主役の二人のダンスを披露したらどうだね?」

 父王は機嫌よくクラウディアとブルーノに声をかけた。

「かしこまりました、王よ」

 ブルーノはうやうやしく父王に一礼すると、クラウディアに顎で合図する。

「クラウディア、さあ」

 ブルーノに手を差し出され、クラウディアは無言で片手を預けて立ち上がった。

 階からブルーノとクラウディアが降りてくると、大広間で踊っていた貴族たちは、一斉に中央を大きくあけて迎え入れる。

 二人は向かい合わせになり、踊り始めた。

 ブルーノは昔からダンスがあまり得意ではない。きやしやなクラウディアは彼に無造作に振り回されるので、ダンスが楽しいと思ったことがなかった。

「とうとうこの日が来たね。婚約式が済んだら、来年早々には結婚式だ。我がジンメル家には最高の誉れだな」

 ブルーノは得意げにクラウディアに言う。

「そうね──」

 クラウディアはブルーノが腰を力任せにつかむのが不愉快で、冷ややかに答えた。

「なんだよ、君。さっきから少し無愛想じゃないか。僕らの輝かしい記念すべき日なんだから、もっとうれしそうにしろよ」

「あなたには、そうでしょうけれど」

 ブルーノは少しムッとした表情になる。

「君は昔から気取ったところが目に余る。僕と結婚したら、公爵夫人に降嫁することになるんだから、いつまでも王女気分では困るな」

 不意に彼が背中を引き寄せ、顔を寄せようとした。

 唇を奪われる──。

「なにするのっ?」

 クラウディアは本能的に身を引き、ブルーノを押しのけてしまった。

 ブルーノはかっと顔を赤くした。

「なにって、もうすぐ夫婦になるんだ、キスくらいいいだろう?」

 クラウディアは、背筋に生理的嫌悪感が走るのを感じた。

「そ、そういうことは、正式に結婚してからにして」

 ブルーノは口を尖らせた。

「お堅いな。君って美人だが、つまらない女だ」

 彼はそう言い捨てると、すっとクラウディアから離れた。

 ちょうど、次のダンス曲が始まったところで、ブルーノは壁に並んでいた淑女たちの中から、金髪で子鹿みたいなうるんだ瞳の、ほっそりとした愛らしい娘の前に進んでいった。

「お嬢さん、お名前は?一曲踊ってくださいませんか?」

 娘は頬を染めて可愛かわいらしい声で答える。

「フォルター男爵の長女、ベルタと申します。光栄です、公爵様」

 ブルーノはベルタとぴったり身体を寄せ、これ見よがしにクラウディアの前で踊り始めた。

 クラウディアは自尊心が傷つき、いたたまれない思いになる。

 屈辱感でこのまま大広間から逃げ出したいが、王女としての立場がそれを押しとどめた。

「リリー、わたし、中庭で少し涼んできます。しばらくひとりにしてちょうだい」

 クラウディアは、隅に控えていた自分の侍女のリリーに声をかけ、庭に面したバルコニーに悠然として出ていった。

 バルコニーから中庭に出ると、がっくり肩を落とす。

「疲れる……」

 大広間から流れてくる華麗な音楽や楽しげな会話から逃げるように、ドレスの裾を上げて庭の奥へ進んだ。

 少し行くと、小さな噴水の前に出る。

 クラウディアは円形の噴水の縁に腰を下ろすと、深いため息をついた。

「こんなまがい物の婚約披露パーティーなんか、消えてなくなればいいのに──王女だって女の子よ。女の子が夢見て、なにがいけないの?」

 思わず声に出していた。

「なにもいけないことはない」

 突然、響きのいいバリトンの声がした。

 クラウディアははっと身をこわらせる。

「どなた?」

 噴水を吹き上げる天使像の向こう側から、ゆっくり人影が現れた。

 折しも満月で、えとした月明かりがそのひとの姿を照らし出す。

「ぁ──」

 クラウディアは息を吞んだ。

 すらりと長身の青年だ。

 舞踏会用の白い礼装を身にまとっている。服装の上等さから察するに、高級貴族の子息らしい。

 さらさらした金髪、切れ長の青い目、高いりようと意志の強そうに引き締まった唇。ぞくりとするほど整った美貌だ。

 彼は穏やかに微笑み、深々と一礼した。流れるような美しい所作だ。

「クラウディア王女殿下、この度は御婚約の儀、おめでとうございます。お休みのところを失礼いたしました」

 青年はそのまま立ち去ろうとした。

「あ──待って、あなたはどなた?」

 クラウディアは思わず呼び止めていた。

 青年は足を止めて振り返った。彼は額にかかった前髪を掻き上げる。ふるいつきたいほど、その動作がわくてきで色っぽい。

「異国の留学生です。名乗るほどの者ではございません」

 クラウディアはひどく彼に心かれ、もう少しだけ話したいと思った。

「あの──今宵は無礼講です。よろしければ、もう少しだけ涼んでいかれませんか?」

 青年は目を瞬く。

「王女殿下がよろしければ──」

 彼は滑るように歩み寄り、クラウディアの傍に少し距離を置いて腰を下ろした。

 そばで見ると、ますます魅力的な青年だ。

 月明かりに照らされた青年の横顔が、憂いを帯びて夢のように美しい。

 クラウディアは心臓がどきどきし、息が苦しくなってくる。

 二人はしばらく無言でいた。

 やがて、青年は控えめに口を開いた。

「殿下、御婚約者をおひとりにさせて、よいのですか?」

 クラウディアは苦く笑う。

「いいのよ。あのひとは今、わたしなんかよりずっと可愛いげのある令嬢とダンスをしているわ」

 青年が気遣わしげな視線を投げてくる。

「失礼ですが──王女殿下以上に、お美しく可愛らしい女性がほかにいるとは、私には思えません」

 クラウディアは頬が焼け付くように熱くなるのを感じた。

「お世辞はけっこうよ。親同士の決めた結婚だし、わたし、ブルーノのこと、それほど興味がないのよ」

 青年が意外そうに目を見開く。

 その心まで読み取りそうな深いまなしに、胸がきゅんと甘くうずいた。

 クラウディアは自分の中にんできた本音が、彼の前だとあふれてしまうのを感じた。よその国の人間だという気安さもあったのだろうか。

「でも、だいじょうぶ。わたしは王女。きちんとブルーノと結婚するわ。それがゴッドハルトの利益のためですもの。わたしの気持ちなど、国の発展のためならいかほどのものでもないわ」

 青年はじっとクラウディアを見つめた。無礼なほどぐな視線なのに、まったく不快ではない。それどころか、ずっと見つめていてほしい、とすら思う。

「王女殿下、国を豊かに栄えさせるための政略結婚は、もはや時代遅れではないでしょうか」

 クラウディアは目を見開いた。

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