スキャンダラスな王女は異国の王の溺愛に甘くとろけて
第一章 堕ちた王女は政略結婚をする (2)
灰色の城壁に囲まれた小さな城は、四つの高い尖塔に囲まれ、すっきりとしたデザインだ。
遠くからの印象通り、簡素で堅牢だが重苦しくなく、ごてごてと金飾りのついた広大なゴッドハルト城より、好ましいとすら思う。
王城の玄関口まで赤い絨毯が敷かれ、両脇をオレンジ色の制服に身を包んだ護衛兵たちが槍を持って均等に立っていた。そこをエッカルトに先導され、しずしずと歩いていく。リリーは身の回り品を入れた鞄を抱え、後から付いてくる。
「姫様、おもったより歓迎してくれていますね、よかった」
同じ感想をクラウディアも持ったが、無言でいた。
高いドーム型の天井のある玄関ホールに入ると、大勢の侍従や侍女たちが最敬礼して待ち受けていた。彼らも護衛兵と同じオレンジ色の制服だ。どうやら、シュターゼン王国のシンボルカラーらしい。
明るく親しみやすい色で、それも好感がもてた。
「クラウディア殿、旅のお疲れがございましょうが、我が王はすぐにでもあなた様とご対面を希望で、朝からご到着を待っておられました。申し訳ございませんが、このまま謁見室へご案内してもよろしゅうございますか?」
エッカルトの言葉にクラウディアはうなずいた。
「かまいません」
噂のスキャンダル王女の顔を、一刻も早く拝みたいのだろう。
美しいステンドグラスの窓が並んでいる明るい廊下を抜け、屈強な護衛兵が守っている謁見室の扉の前まで来た。
「これより先は、お一人でお入りください。我が王の希望でございます」
リリーが抗議する。
「そんな、お付きの一人もなしなんて、失礼な──」
「リリー、控えなさい」
クラウディアは小さい声でリリーをたしなめる。
クラウディアは自分の目でじっくりと、醜聞まみれの王女を娶ろうという酔狂な王のことを確かめてやろうと思った。
エッカルトが頭を下げ、扉の向こうによく通る声をかける。
「クラウディア殿、ご到着でございます」
「入るがよい」
耳障りのいいバリトンの、深く低い声が中からした。
予想していたよりずっと若い男の声だった。
エッカルトが扉を開け、頭を下げてクラウディアを先に通す。
クラウディアはゆっくりと謁見室に入った。
こじんまりとした謁見室だが、天窓からの採光が玉座の上に落ちるように設計されている。
長い緋毛氈の先の階の上に、金の玉座が置かれ、そこにツェーザレ・シュターゼン三世が座している。
クラウディアは目線を階の一番下あたりに落とし、足音を忍ばせて前に進む。
視線を下げているので王の姿は見えないが、彼の醸し出す圧倒的なオーラがひしひしと感じられ、にわかに緊張し、脈動が速まってきた。
階の手前まで来ると、静かに膝を折りスカートの両端を摘んで挨拶した。
「お初にお目にかかります。クラウディア・ゴッドハルトでございます。王におかれましては、ご機嫌麗しく──」
「堅苦しい挨拶はよい」
いきなり言葉を遮り、ツェーザレが立ち上がって階を下りてくる靴音がする。
クラウディアはいっそう緊張に身を固くした。
磨き上げられた革のブーツのつま先が目に入る。
「立ちなさい」
有無をいわさぬ声で言われ、思わず立ち上がってしまう。
目の前のツェーザレは、長身ですらりとしていた。
白い軍服風の礼装が引き締まった身体をぴったりと包んでいる。
彼の胸のあたりに視線を止めていると、ふいに長い腕が伸ばされ、無造作にクラウディアのヴェールを捲り上げてしまう。
「あっ……」
ぱっと視界が開け、相手の顔がまともに飛び込んだ。
「っ──」
クラウディアは息を吞んだ。
年の頃はせいぜい二十代半ば。あまりにも若い王だ。
さらさらした金髪、知的な青い目、ギリシア彫刻のように整った容貌。
「久しぶりだな、王女殿下」
ツェーザレの長い指が、クラウディアの顔に垂れかかった前髪を掻き上げる。
その仕草は忘れもしない。
一年前に婚約披露パーティーで出会った、青年貴族──。
あんなにも胸をときめかせ、忘れられなかった一人の男性。
「あなたは……?」
ツェーザレが白い歯を見せた。
クラウディアの心臓がきゅうっと甘く締め付けられる。
その笑顔は、心の奥底にくっきりと焼きついていた。
──一年前。
ゴッドハルト城の大広間では、第一王女クラウディアと宰相の長男ブルーノ・ジンメルとの婚約披露パーティーが華やかにとり行われていた。
この日は、国中の主だった貴族たちが招待され、艶やかな礼装に身を包んだ紳士淑女が、賑やかにダンスやおしゃべりに興じている。
広間の一番奥の階には、金と宝石で飾られた玉座が据えられ、白貂のマントを羽織り、金糸銀糸縫いの豪奢な礼服に身を包んだ王と王妃が威風堂々と座っている。
王の右隣は、今年二十歳になる第一皇太子クラウド。
王妃の左隣には、第一王女クラウディアとその婚約者のブルーノが座している。
クラウディアは袖なしで襟元の深い真っ白なイブニングドレス姿で、初々しさの中に少し大人びた色気を漂わせ、今宵の主役らしくひときわ美麗だ。
彼女の傍にいるブルーノは、クラウディアより五つ年上で、茶色の髪に茶色の目のなかなかな美丈夫だ。真っ赤な軍服風の礼装に金のたすき掛けのサッシュを巻き、得意げに胸を張っている。
クラウディアは顔に張り付いたような笑顔を浮かべている。
このめでたい婚約の日、彼女の心は氷のように冷え切っていた。
ブルーノとの結婚は、まだクラウディアが赤ん坊の頃、すでに王と宰相との間で取り決められていた。
代々王家に仕える最高の地位である宰相を輩出してきたジンメル公爵家との婚姻は、王家には有益なものであった。
クラウディアはもの心ついたときから、ブルーノが将来の夫であると言い聞かされてきた。
ブルーノは特別に王宮の出入りを許され、クラウディアと頻繁に親交を温めた。
ブルーノは少し尊大で自分勝手なところがあったが、クラウディアへの態度は丁重であった。
幼いクラウディアは何もわからないまま、ブルーノを未来の夫として受け入れていった。
王女として、王家の役に立つ結婚こそが義務であると教え込まれていた。
しかし──。
成長し年頃になるにつれ、クラウディアの胸の中に虚ろな気持ちが湧き上がってきた。
書物や歌や芝居、特に侍女たちのおしゃべりなどから、男と女の間には心躍るような恋愛感情が生まれ、それを育む喜びはなにものにも代えがたい至福なのだと知った。
(恋愛感情って、なに?)
クラウディアは自分のことを省みる。
ブルーノに対して、クラウディアは馴染みのいい人だくらいの気持ちしか湧かなかった。
それどころか、月日を追うにつれ、ブルーノは自分の決められた栄光の未来に慢心しきったのか、傲慢でひとりよがりな性格が鼻に付くようになった。
クラウディアのことを、自分の所有物のように扱う振る舞いが目立ってきたのだ。
控えめで聡明なクラウディアは、ブルーノの態度を黙認するようにしてきた。
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