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スキャンダラスな王女は異国の王の溺愛に甘くとろけて

すずね凜

序章 / 第一章 堕ちた王女は政略結婚をする (1)

序章



いんとうな王女」

「男好きの王女」

「スキャンダラス・プリンセス」

 そううわさされた、大国ゴッドハルトの第一王女クラウディアが、シュターゼン王国の若き王ツェーザレの妻となるべく輿こしれしてきた。

 春、シュターゼン王国の国花であるオレンジの花が咲き誇る季節のことであった──。


 ツェーザレ王があつらえた四頭立ての輿入れ馬車が、シュターゼン王国の街道を王宮のある首都目指して、ゆっくりと進んでいく。お供はごくわずかで、大国ゴッドハルトの王女の輿入れにしてはつつましい行列だ。

 深くカーテンを下ろした窓の向こうに、噂の王女が乗っている。

 シュターゼン国の民たちは、いったいどんな王女だろうと嫌悪と好奇心がないまぜで、街道の脇に大勢並んで輿入れ馬車を見送った。


「わあ、クラウディアさま、すごいですよ。街道沿いにいっぱい民が並んで、私たちの馬車を見送ってます」

 窓のカーテンを開けて外をのぞきこんだ世話係の侍女のリリーが、はしゃいだ声を出す。

 きようだいのリリーは、クラウディアと同い年の十八歳。紺の制服に白いエプロンがよく似合う、赤毛の陽気な娘だ。

 馬車の奥に、座席に深く凭れて座っていたクラウディアは冷ややかな声でリリーをたしなめる。

「リリー、カーテンを閉めてちょうだい。どうせ、スキャンダラスな王女がどんな顔をしているか、興味津々なだけなのでしょう」

 つややかなプラチナブロンドに、淡いすみれ色の瞳、透き通るような白い肌。お人形のように整った美貌に、深い紫色のドレスが素晴らしく華麗に映える。

 だが、その顔色は青ざめ、表情は硬い。

 リリーは不満げにカーテンを閉ざした。

「そんな──姫さまはなにも悪くないし、ぜったいあんな醜聞はうそっぱちなんですから!」

 クラウディアに心服しているリリーは、口をとがらせて抗議する。

「ありがとうリリー。そう言ってくれるのは、お前くらいだわ」

 クラウディアはわずかに口元を上げる。

 微笑ほほえむともろいガラス細工のような繊細な美貌に、ぱっと艶やかな色が浮かぶ。

 だが彼女はすぐに元の暗い表情に戻り、考えごとにふけった。

(それにしても──私のような国のやっかいものの女王をめとろうだなんて、どんな物好きな王なのかしら……きっと、ゴッドハルト国の権威をかさに着ようともくんでのことに違いないわ。それでなくては、こんな汚れた噂の王女を妻にしようなんてどの国の王も考えないもの。いずれにせよ、計算高いずる賢い王に違いない──とうてい、好きになれそうにないわ)

 クラウディアは深いため息をつく。

 花も盛りの十八歳になったばかりの彼女には、乙女らしい夢も希望もあった。

 けれど、今はその全ては失われ、クラウディアに残ったものは醜聞と政略結婚だけだった。

(共に未来を語り、国を豊かに幸福へと導いていく王と王妃──そんな夢を見ていたあの頃がなつかしい……)

 クラウディアは一年前の、自分の婚約披露パーティーの時のことをぼんやりと思い出す。



 こうこうと光る満月。

 降るような星空。

 夜の庭に心地よく響く噴水の音。

 そして──。

 月の王子かとまがうばかりにせいひつな美貌の青年貴族。

 つややかな金髪をかき上げながら、彼は澄んだ青い目でクラウディアを見つめてきた。

 あの時。

 心臓がとくとくと早鐘を打ち、ほおが燃えるように熱くなった。

 彼の呼吸、彼の身にまとう爽やかな香水の匂い、彼の低い声、彼の体温──なにもかもが胸を甘く締め付けた。

 ──柔らかく熱い唇の感触。

 一瞬で恋に落ちた。

 初恋だった。

 だが、初恋はあっという間に消え去った。

 今は空っぽ。

 で純情なクラウディアは、スキャンダルにちてしまった──。

第一章 堕ちた王女は政略結婚をする



 クラウディアのいつこうは、半日がかりで首都に入った。

 れいに石畳を敷き詰めた街の中央メイン通りストリートは、小高い丘の上に立つ灰色の王城にまっすぐ続いている。

 クラウディアはわずかにカーテンを引き、目だけ覗かせて街の様子を盗み見た。

 オレンジのレンガ造りの家々は簡素ながらきちんと区分けされて建てられ、産業の発達した祖国と比べるとこんじまりとしてひなびているが、暮らしやすそうだ。通りを行き交う人々は清潔な服装で栄養状態も良く、国が平和に統治されているように思えた。

 通りの向こうの王城は、小さいながらけんろうそうな石造りで、華美な装飾がなにもない実用的な感じが印象的だ。

 だが、クラウディアが顔を覗かせているのに気がついた街の人々が、

「あっ、ゴッドハルト国の『淫蕩王女』だ」

 と、足を止めて物見高い顔で集まりだしたので、さっとカーテンを閉めてしまった。

「無礼な! 姫さまは見世物ではありませんのに!」

 リリーが憤慨する。

 クラウディアは苦笑いした。

「似たようなものよ。わたしは動物園の珍獣といったところね」

 リリーがぐぅと喉を詰まらせる。彼女は泣き虫だ。

 リリーが鼻をすすりながら言う。

「おいたわしい姫様。ほんとうなら、宰相の息子のジンメル公爵様と、幸せなご結婚をなさっておられたはずなのに……こんな小さな田舎の国に嫁がされて──」

「リリー、ブルーノのことは言わないで!」

 クラウディアは声を荒くした。

 元婚約者のブルーノ・ジンメル公爵のことは、思い出したくもない。

「君がこんなに淫らで恥ずかしい女性とは、思ってもみなかった。婚約は解消だ!」

 顔を真っ赤にしてののしられたことは、昨日のことのように思い出され、クラウディアの心をきりきりと締め付ける。

(もうどうでもいいの──祖国のことも、この国のことも。わたしはただ、息苦しいゴッドハルト国から逃げ出したかっただけ。結婚する王が、どんな人だってかまわない。もうわたしは、一生誰かに恋することなんか、ないんだもの……)

 それが、この一年、あらぬ醜聞に苦しめられたクラウディアが決意したことだ。

 この先の長い人生を、諦めと無気力で生きていくという──。

 緩やかな上り坂をしばらく進むと、やがて馬車がピタリと止まった。

「あ、姫様。お城に到着したようですよ」

 リリーが素早くクラウディアの頭から薄いヴェールをかけた。

 未婚の女性はみだりに素顔をさらさないというのが、ゴッドハルト国のしきたりだ。

 馬車の扉が静かにノックされ、若い男の声がした。

「長旅難儀でございました。シュターゼン城に到着でございます。ゴッドハルト王国第一王女クラウディア殿、私は王付きの秘書官エッカルト・ヴァルザーでございます」

 クラウディアは気持ちを取り直し、威厳ある声で答える。

「お迎えご苦労です」

 扉が開き、ウエーブの掛かった濃い茶色の髪と褐色肌をした、利発そうな若者がうやうやしく一礼した。

「どうぞ。我が王ツェーザレ・シュターゼン三世陛下がお待ちです」

 エッカルトと名乗った王付きの秘書官が、馬車に天鵞絨ビロード張りの踏み台を掛け、クラウディアが降りるのに手を貸した。

「──」

 クラウディアは初めて見る王城をまじまじと見上げる。

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