ぼくの手を借りたい。
第一章 想い出を喰らう樹 (1)

第一章 想い出を喰らう樹
箱の中身は何でしょねぇぇぇ~
脳天気な掛け声の合唱が響き渡る。
心霊現象研究ゼミナール、略して心研ゼミの新歓コンパ名物が始まった。
ゼミナールとは名ばかり、実体は単なるサークルである。
主な活動は実話怪談の読書会と心霊スポット探訪と、世間的には胡散臭い物好きの集まりだ。ただし、顧問の後藤田虎二郎教授の熱心な指導と広報活動により、その内容は非常に濃いものであった。
夏ともなれば、テレビ局から心霊番組のゲストとして出演依頼が続くほどだ。
とはいえ、酒の場になると話は別。ちょっと心配になるぐらいのバカばかりである。
この新歓コンパ名物は、そのバカの証明であった。
一人ずつ前に出て、テーブル上の箱に手を突っ込む。
見事に中の物を当てれば、賞品として好きなメニューを注文できる。
外したら、罰ゲームとしてタバスコ入りの生ビール。
ありがちな展開だが、通常と異なる点が一つある。
目隠しをしない。箱自体も蓋が無い。要するに中の物が丸見えなのである。
だったら全員当たりじゃん、などと甘く見てはいけない。
見えていても当たらないのがこのゲームのみそである。
例えば、一人目の男子生徒に与えられた問題は、誰がどう見てもカニであった。
当然、男子生徒も自信を持って答えた。
「カニっ!!」
ぶ~♪
「ええっ!? だってカニじゃん」
後藤田教授が重々しく正解を告げた。
「正しくは、スベスベマンジュウガニだよ」
タバスコ入り生ビールは、大変に辛そうであった。
その後も、人を小馬鹿にした問題が続く。
正直、当たるはずのない内容ばかりである。
賞品を出す気がないのは明らかであった。
ところがそんな中、見事に正解する学生が現れるのが心研ゼミの凄いところだ。先程のカラオケ大会で、ジャイアンばりの音痴を披露していた女子だ。
「テディベア、一九七五のイギリス製。持ち主は当時六歳の女の子」
「当時とは?」
担当の後藤田教授の質問に、その子はあっさりと答えた。
「既に亡くなられていますから。七歳の誕生日を迎える前に、風邪をこじらせて。正解なら明太子コロッケを」
「素晴らしい。明太子コロッケ追加!」
教授が大きな音を立てて拍手した。
さて、ここに己の順番を暗い顔で待つ男がいた。
その名は岬健吾。
プロレスラーみたいだが、見るからに貧弱な体つきは、秒殺で名前負けだ。
本来なら、心霊現象を大の苦手とする男である。
祖母の命令でなければ、心研ゼミなどには一ミリたりとも近づきたくない。
「あんたみたいな臆病者は、ちぃっと後藤田先生に鍛えてもらいなはれ」
どうやら祖母は、後藤田教授と馴染みの仲らしい。
健吾の将来に何も注文をつけない祖母が、唯一こだわったのがこの心研ゼミであった。
「次は、ええと……一回生、岬君」
「……はい」
健吾は、重い足取りでテーブルに向かった。
正直、怖い。
その理由は少年時代に遡る。
そしてそれこそが、心霊現象を嫌いになった原因でもあった。
小学五年生のクラス会でこのゲームをやった時のことである。勿論普通の、中が見えないルールのほうだ。
ダンボールで作った箱に、生徒が順番に手を突っ込んでいく。
中身は当時流行ったスライムや、ゴム製のカエルなどだ。
普段いばっている男子が悲鳴をあげたり、クラスのアイドル的存在の女子が怖がる様がやたら可愛くて、男子全員がはにゃ~んとなったりと、会は結構盛り上がっていた。
いよいよ自分の番になり、健吾は目隠しをして利き手の左手を箱に入れた。
その瞬間、クラスがざわめいた。
イタズラ好きの男子が、中に入っていた猫のぬいぐるみを取り上げてしまったのだ。
そうとも知らず、健吾は恐々、手探りしている。
腰がひけ、まるでトイレを我慢しているように見える。大変に情けない姿だ。
皆の笑い声を聞いて、健吾は焦った。
くそう、どこだっ?
何が置いてあるんだよ
震える指先が何かに触れた。
「あった!」
思い切ってつかむと、それは握り返してきた。
「どわぁぁぁっ!!」
恥ずかしくも悲鳴をあげてしまった健吾であるが、それを上回る悲鳴と喧噪が教室を包んでいた。
健吾の手がつかんだもの、それは〈人の手〉であった。
ダンボール箱の底には穴が開いていない。
箱が置かれている机にも開いていない。
というか、そもそも机の下に誰もいない。
それなのに、箱の底から手が生えているのだ。
手は、健吾の左手をつかんで離そうとしない。
健吾は立ったまま失神した。
悲しいことに、少しだけ漏らしていた。
さらにその出来事以来、健吾は霊が見えるようになっていた。
見えたからと言って、何かできるわけもない。
ほとんどの場合、霊は何の前触れもなく現れる。嫌だな、見たくないなと思い煩う毎日は、健吾を引っ込み思案の少年に変えていった。
健吾の住環境も良くなかった。
彼の家がある場所は、縁賀町という。正式には、ふちがまちなのだが、皆はエンガチョと呼んだ。
エンガチョの健吾。
それが小学時代ついて回ったあだ名であった。
あだ名は日常生活までも変えてしまう。
卒業するまで、誰も健吾と手を繫いでくれなかった。
六年生の運動会、たった一人のエアーフォークダンスは今でも想い出すたび、健吾の胸に砂嵐を吹かせる。
だが、あれはあの時だけのこと。
あれ以来、中高と通じて何事も起こらなかった。
まぁ、起こらないように細心の注意を払っていたとも言えるが。
相変わらず霊は見えていたが、何もできない相手には向こうも期待しないようで、接してこようとはしなかった。
だいじょうぶ、だいじょうぶ。
そう自分に言い聞かせ、健吾は箱に向かった。
第一、今回は最初から中身が見えているのだ。
安心安心。
箱の中身は何でしょねぇぇぇぇ~
そぅっと覗き込む。
「うっ」
ぬふふ、と後藤田教授は悪魔の笑みを見せた。
「断っとくけど、只のワラ人形じゃないよ。今朝採集したばかりの新鮮極まる一品だ」
「これ触って何を当てればいいんですか」
「どんな呪いを秘めたワラ人形か、だよ」
んなもん、わかるか。
よしんばわかったとしても、口に出したくない。
タバスコ入りビール決定だな。
それよりも、新鮮なワラ人形に触ったりして呪われないのだろうか。
イヤな汗をにじませた健吾は、目を背けたまま手をのばした。
次の瞬間、指先が妙な感触を受けた。
例えてみれば、そう、犬に舐められたような──
流し目ちらり。
ほら、やっぱり。
箱の中にあったのは、犬の生首であった。
頭の上に先程のワラ人形を乗せている。どうやら押しのけて出てきたらしい。
嬉しそうに健吾の手を舐めている。
これは怖いというよりは、すごく可愛い。
「どういう仕掛け?」
学生達は大喜びである。
「いや、仕掛けなんてないよ。あれはどうやら霊体だね」
後藤田教授がのほほんと分析した。
全員がどよめいた。先ほど、テディベアの詳細を言い当てた女子学生が、近づいて頭を撫でた。
「すごーいっ!! 可愛いー!」
「よし、みんなせぇ~の!」
箱の中身は何でっしょねぇぇ~
怖がる様子など微塵も無い。勢いに押され、健吾は答えた。
「柴犬」
ぶ~♪
「ええっ!? じ、じゃあスベスベマンジュウ柴」
「やな柴犬だね。正解は豆柴だよ」
タバスコビール決定。
一気に飲み干す健吾を見上げながら、豆柴は緩やかに消えていく。
ちなみに、豆柴が見上げる姿は本当に可愛らしかった。
最高に盛り上がる中、教授の目は笑っていなかった。
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