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「極」怖い話 謝肉災

加藤一

三ナンバー (2)

「……おかしいな。……何でだ。……畜生、何でだ」

「おまえんち爺さんの車なんだろ。何だよ、このポンコツ」

「ちげーよ、この車、最近車検通したばっかりだぞ。壊れてるとかあり得ねえぇえ」

 語尾がれて裏返った。規之君の焦りが車内に伝わる。

 ここから松山市内まで戻るとしても、軽く二十キロはある。そろそろ走ってきた険しい酷道、そこから更に延々続く国道を戻るのに、車でも軽く一時間は掛かる。他に何もないこの山中を歩くとなったら、数時間でふもとまで辿り着けるかどうか分からない。

 事態が予想以上に深刻であることは、心霊スポットで何も起きなかったことよりずっと大きく現実的な恐怖となって全員を覆った。

 この本格的に深い山中では、携帯の電波すら入らないのである。

「駄目だ、auもアンテナ立たねえ」

「私のドコモも無理みたい。規之君はどう?」

「auもドコモもアンテナ立たないような所で、ソフトバンクが通じるわけないだろ!」

 全員の視線が規之君に集まった。

「……歩くしかないだろ。車は置いてく。電波が通じるとこまで歩いて、助けを呼ぼう」

 酷道の小石に足を取られながら暫く来た道を下っていくと、漸く女の子の携帯にアンテナが立った。

 とはいえ、夜の夜中である。

 まさか、女の子の家に連絡を入れて迎えに来てもらう訳にはいかない。

 夜の夜中に嫁入り前の女子を連れ出して、男四人と女の子一人で何をしていたのか、と問い詰められでもしたら、やましいことが何もなかったとしても申し開きが難しい。

 結局、祖父の車のこともあるから、と、女の子の携帯を借りて規之君は実家の両親に迎えを頼むことにした。


 そして話は冒頭に戻る。

 磐城さんと旦那さんは、馬鹿息子の愚行に憤慨していた。

 地元の人間であるから、水ヶ峠トンネルの場所位分かっているが、そこから「峠に入る林道」などとなれば話は別だ。要領を得ない息子に早々に見切りを付け、友人である太田さんに概ねの見当を訊ねて、どうにか件の峠に続く酷道に辿り着いた。

「このバカが!」

 旦那さんの第一声がこれで、

「あんた、どういうつもりなの!」

 磐城さんの第一声がこちら。

 両親はカンカンに怒って、規之君を張り倒して叱った。

「ここがどういう場所だか、分かってんのか! おまえらだけならまだしも、よそ様の大事な娘さんまで連れてきやがって! おまえらの興味本位で首突っ込んで、ロクでもないことにでもなってたらどうするつもりなんだ!!

 両親の剣幕に押されて、規之君はしどろもどろに抗弁した。

「ち、違うんだ。ちょっとドライブして、様子だけ見てすぐ帰るつもりだったんだ! でも爺ちゃんの車、エンジン掛からなくて。整備不良なんじゃないの」

「そんなわけあるか! 口答えすんな!」

 規之君は再び張っ倒された。

 車検を通したばかりであることは、何より両親も承知の上である。

 磐城夫妻は乗ってきたハイエースに息子達全員を乗せ、〈爺ちゃんの三ナンバー〉が置きっ放しになっている酷道の突き当たりまで戻った。

 磐城さんも何度かセルを回してみたが、規之君の言う通り確かにウンともスンとも言わない。

らちが明かんな。車は後で取りに戻ろう。とにかく、娘さんを送り届けるのが先だ。その子の家はどこだ」

 結局、件の三ナンバーの回収は翌日に持ち越され、規之君は女の子を送り届けた後、朝まで正座で説教を食らった。


 そうして翌日。

 磐城さんは例の三ナンバーを回収するため、改めて現地へ向かった。

 この日は車のディーラーの営業にも同行してもらった。

「先日の車検のときには特に問題はなかったんですが……」

 車検を通しておきながら不具合が見つかったとあっては問題なので、現物の様子を見て実際に動かないようであれば工場入りを考えねばならない。ディーラーとしても責任問題である。

 昼間の水ヶ峠は、深い緑の中にもちらちらと木漏れ日が漏れる明るい場所だった。

 昨晩の真夜中の風景とは大分風合いが異なる。

 三ナンバーは、昨日と同じ、酷道の突き当たりに鎮座していた。

「……それで、セルが回らなかったんですね?」

「そうそう、何度も試してみたんだけど、きゅるきゅる音もしなかったわね」

 なるほどなるほどと頷いて、ディーラーは運転席に腰掛けた。

 イグニッションキーを挿して、セルを回す。

 ──フォン。フォオォォォォォンンンン……。

「掛かりましたよ、これ」

 確かに一発でエンジンが掛かった。

 ディーラーが何度か試し磐城さんも同じように掛けてみたが、やはり何事もなくエンジンが回る。

「昨日は確かにウンともスンとも言わなかったのよ。変ねえ……」

「……うーん、バッテリーが上がっていたというわけではないようですし、念のため一度工場にお越しいただいたほうが良さそうですね」

 万一に備えてディーラーが三ナンバーのハンドルを握るが、エンジンにも足回りにも特に何の問題も起きる様子はない。


 松山市内のディーラーの工場に辿り着いたところ、丁度ディーラーの社長が帰社したようだった。

 社長は愛想笑いを浮かべながら挨拶してきた。

「磐城様、いつもお世話に──」

 が、挨拶の言葉が途中で途切れた。

「これ、お爺さまに納車した車ですよね」

「ええ、ちょっとウチの馬鹿息子が乗って歩いて。昨晩、出先でエンジン掛からなくなっちゃったんで、今、回収に行ってきたところなんですよ。そうしたら普通に動くし、もう何だか分からなくてやんなっちゃう」

 磐城さんが困惑の混ざった笑いを浮かべる。

 が、社長の愛想笑いは消えていた。三ナンバーを凝視したまま、言った。

「あー……この車、点検しましょ」

「え、あ、はい」

「早いほうがいいですよね。すぐにやりましょ。草野君、草野君、悪いんだけど神棚のアレ取ってきてくれるかな」

 ディーラーの営業は言われてピンときたのか、すぐに事務所の奥に飛んでいくと両手に社長の言う〈アレ〉を持って戻ってきた。

 右手には一升瓶に入った日本酒。

 左手には食塩の袋。

 社長は一升瓶の蓋を開けると、三ナンバーのタイヤにそれをざばざばと掛け始めた。

 一通り全てのタイヤに酒を掛け終えると、今度は食塩の袋を破って同じようにタイヤにまぶし始めた。相撲取りが力塩を撒くような要領で、やはり同様に全てのタイヤに塩を振り掛けた。

 まるで何かの儀式のようだった。

 後は、特にボンネットを開けてエンジンの様子を見るでもなく、ステー周りをウエスで拭って綺麗にした位だ。

 営業が社長に命じられて試走に出かけていったが、暫く工場の周囲を走り回った後、何事もなかったかのように戻ってきて報告した。

「エンジン、ハンドル、電装品類他、特に異常はありませんでした」

 そうでしょうそうでしょう、と社長は目を細めた。

「今日の〈点検〉はサービスで結構ですよ。部品交換も工賃も発生していませんしね。ただ……言いにくいんですが、タイヤは交換したほうがいいと思いますよ。いや、交換しないと駄目ですね」

 社長は厭に強い口調で言うので、磐城さんも気になった。

 腰は強いが、常連に売らんかなビジネスをする人物ではない。

「何故です?」

「うーん、説明が難しいんですが……行ってはいけない場所で、踏んではいけないものを踏んでいるからです。タイヤの交換、なさいます?」

 タイヤ交換は即断即決した。


「で……こないだの水ヶ峠の話はどうなったの」

 先日の磐城さんのただならぬ様子が気になった太田さんは、心配半分興味半分から事のてんまつを訊ねた。

「まあ、ね。結局、ディーラーに頼む工賃もったいないからって言って、うちの旦那としゅうとと二人掛かりでタイヤ交換してたわよ」

 タイヤ代は息子の規之君にツケ回しされることになった。

「バイト代から月々弁償しなさい」

 と申し渡され、素直に弁済に応じている。

「それでも何事も起きなくて良かったじゃない」

「まあ、ね。タイヤ替えてからは絶好調なんだけど……」

 磐城さんは、一つだけ気になっていることがある。

 タイヤ交換をするハメになったことについて、三ナンバーの持ち主である舅は件の三ナンバーが工場から戻ってきたその日のうちに、トランクにある工夫を施した。

「何だかね、トランクの中に小さな鏡を貼り付けてるのね」

〈お義父さんそれなんですか〉と何度問うても舅ははっきりした答を返さない。

「まあ、何ともないよ。何も憑いてきていないし。何でもないけど、まあ念のためな」

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